Page 20 かき氷はレモン味
妹を迎えに行くことが決定事項になってしまった。これがリリスの予言じみた行為のせいなのか、それとも俺の涙ぐましい思いやりからくるものなのかわからないが、迎えに行った妹は、リリスが言ったとおりの台詞を吐き、俺も結局は無意識に近い形でリリスの示した通りの行動をとっていた。
妹のシールがべたべた貼ってあるキャリーバックをつかみ、ゴロゴロと引きずる。面白がったリリスが「おぉ、貸して」とバカなことを言うのを無視して、スタスタ歩いた。
ああ、きらりーんスマイルだけはやらなかったけれど。窓に張り付くテニス仲間たちに、視線はいやでも向いてしまったが、愛想はナシだ。
「兄貴、なんか変だよ」
自宅につき、リリスが「かき氷食べたい」と騒ぐので用意していたところ、妹が不気味な物でもみるような目で、そう言った。もちろん、俺とリリス、ふたつ分を用意するわけじゃなく、三つかき氷を作るわけだが、その行動を怪しまれたわけではない。
どうやら、俺の様子、すべてが変らしい。迎えに行ったことも変だとウザそうに言い(内心は嬉しいんだよ、とリリスがクスクス笑っている)、あれこれ世話するように話しかけ(これは、リリスがいるぎこちなさからくる俺の奇行によるもの)、さらには「かき氷食べるか?」とテキパキと作り出すというのが、ちょっと猛暑の影響ですか、病院行きますか、と心配になるというのだ。
「なんだよ。ハマってんだよ、かき氷に。ついでに作ってやろうと思ったのに、いらねーんなら食うな」
かき氷にハマっているのは俺ではなく、リリスだ。俺は作らされているだけ。べつに食いたくないわけじゃないが、連日素麺&かき氷で過ごすのはテンションのあがる食事事情ではない。
「食べるけど。でも、そのペンギン、まだあったんだね。捨てたのかと思った」
妹が指さすペンギンとやらは、かき氷機のこと。水色のペンギンの形をしていて、腹の部分に空洞がある。自動ではなく手で頭についてあるハンドルをぐるぐる回すタイプのやつだ。
リリスが初日に家中を見学(というより、まるで泥棒みたいな荒らしようだったが)したときに、発見した。俺も捨てたと思っていた懐かしのかき氷機。妹が低学年くらいまでは、夏になると毎年、母さんがこれを使って、かき氷を作ってくれた。ぶっ壊れたのかと思っていたのだが、こいつが、なぜか台所ではなく、廊下沿いにある収納棚の奥にしまってあった。
「なに、これ?」
電気ストープや昔流行ったダイエットマシンをどかすと、いびつに膨らむスーパーの白いビニール袋がお目見えした。リリスは、ガシャガシャと開けて、確認する。ペンギン。
「ね、なに、これ?」
なんだと訊かれれば説明するしかなく、説明したら「食べたい」ということで、久しぶりに、かき氷を作った、という展開。
急にかき氷づくりに挑んでも、氷はなんとかなるとして、シロップはない。買いに行くのか、と外の日差しにげんなりしたのだが、リリスがかき氷の正解を知っているわけじゃない。俺は冷蔵庫にあった炭酸飲料を削った氷にぶっかけた。
「おうぅ、冷たい。しゅわわーってする」
「そうかい」
リリスはこの炭酸かき氷が気に入ったらしい。炭酸の刺激もめずらしそうにしていたが(そちらの世界にはないのか?)、氷を食べる発想が面白いという。
「わざわざ、氷削って何してんのかと思ったけど。うまい。よし、毎日食べよう」
凛々しい決意の先にあるのは、俺の労働なわけだが、それから本当に毎日かき氷をリリスは食べている。俺も食べている。
炭酸がなくなったので、スーパーでいちご味のシロップを買ったのだが、「東トロッツのバン・ドラゴンの血みたいな味」という、いやな感想を漏らしたので、一度だけ使い、あとは冷蔵庫にしまったままだった。炭酸も、色々試した結果、レモンスカッシュがお気に入りのようで、いまでは浮気せずに、常備している。
「なんで炭酸かけるの?」
どぼどぼと氷に炭酸をかけている俺に、ますます怪訝な顔をする妹。冷蔵庫を開け、イチゴのシロップを見つけると、「あるじゃん」と言って、自分はそちらをかけ始める。
「ミクはドラゴンが好きなのね」
「あれ、イチゴだっつの」
本当に果汁が入っているのか、ただ赤いだけなのか確認してないが、イチゴ味はイチゴ味なのだ。ドラゴンの血味ではない。というか、この発言うんぬんで、リリスの世界ではドラゴンが存在するだけじゃなく、血を飲む習慣があると知り、さすが魔女というべきか、詳しく聴きたいようで、遠慮したい複雑な気持ちになる。
「に、しても」
俺はリリスに顔を近づける。リリスも、なんだ、というように身を寄せた。
「こうして三つのかき氷が並んでて、お前がシャクシャク食べてても、ミクは、本当に無反応なんだな。この……会話はどうなるんだ。ミクには聞こえてるのか?」
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