Page 19 予言なのか
外。陽ざしを浴びると、すぐに汗ばみ、喉や鼻の奥まで暑くなる。こんな猛暑に何度も訪ねてくる美丘の根性は、どこから来るんだろうか。尊敬する。マジで。
初めは、本気でバスケ部に誘ってるんだと思ったんだが、夏休みが近くなったあたりから、徐々に雲行きが怪しい。まさかとは思うが、一通りの男子を物色しつくしてしまったのやも。
俺に順番が回って来るとは、よほど周りの男子レベルが低いんだ。顔面偏差値なら、先輩たちを入れると、まだまだ残っていそうなものだが。それとも、すでに彼らは屍なんだろうか。恐るべし、美丘すず。
おっとりした足取りの美丘に合わせ、いい加減熱中症になりそうなほど日に茹でられたころで、やっと目的の角まで到着した。
「じゃあ、また新学期に」
美丘が口を開く前に、俺は手を振った。美丘はパカッと口を開いたがなにも言わず、ただ手を振り返すと、さっきよりもきびきびした足取りで通りを抜けていく。
しばらくはその後ろ姿見ていたが、住宅の陰に消えたと同時に俺は向きを変え、自宅へと戻るため歩き出した。リリスが「郵便局」と反対側を指さしているが、首を振る。
「まだ早いだろ。それに迎えにはいかない」
「えーっ」
うそつきっ。ドンとアスファルトを踏みつけるリリス。それから何を思ったのか「ミクを迎えに行くことに賛成。きっと大荷物だよ。お兄ちゃん、荷物もってあげると喜ぶと思うなぁ」と、顔をのぞきこんできた。
「やだよ。暑いのに。それに、そのまま遊びに行くかもしれないだろ。迎えになんていったら、ウザがられるだけ」
「そんなことない。ミクは喜ぶ。ミクは、ああ見えてお兄ちゃんが自慢。だからテニス仲間に自慢したいと思ってるんだ」
「は?」
怪訝な俺に、リリスはやけにはっきり、ひとりうなずき、
「なんだっけ、す、すまほ? あの機械の絵を見せてる。ナオはかっこいいんだって。だから、ミクは迎えに行ったら感激する。もしかしたら……いや、かならずこう言う。『兄貴、なんでいんのよ』って。それにナオはこう答える。『お帰り』。それから何も言わずにミクの大きなカバンを手に取って、ミクのテニス仲間に爽やかにスマイル。きらーん。きゃーっと騒ぐ女子ども。ミクはニヤリ。ふふふ」
細かい計画だな。そう思ったんだが、リリスの一点を見つめている表情がいつもとは違う気がした。
「おい、もしかして予言じゃないだろうな。お前、なにか視えんのかよ」
リリスはパッと表情を変えた。それまでの堅い表情から、普段の人を小ばかにした笑いを浮かべた顔に。そして、「魔法は使わない」とだけ言うと、「これは魔法ではない。魔法はもっと訓練して習得するもの。うん、魔法ではない」とぶつぶつ独り言をしながら先を行く。
で、試験官さま。俺はいま帰宅して、これを書いてるんだけど、リリスは規則を破ったのだろうか。そちらの決まりを厳格には知らない。魔法とは何かという定義も。だから、こんなことを書いてしまって、リリスが不利になるなら、この箇所は消したほうがいいのかも。
でも、あなたたちには、すべて見えている気がするんだ。リリスへの監視の目は、ここにも届いてるんじゃないかって。水晶だか鏡だか。あと、思いついたのは井戸や噴水。そんなのものを使って、別の場所の様子をのぞくってのを、漫画やアニメで見たことがある。
実際はどうなっているのかわからないけれど、リリスの予言は予言というよりは「こうしなさい」って意味の方が強そうだった。時刻はいま十二時半。リリスはずるずると素麺を食っているのだが、彼女の言うように、俺は妹を迎えにいくべきだろうか。
誰を喜ばすために? 妹? それとも、リリスか。
俺はもう、飽きてしまった素麺を、リリスはつるつると上手に食べている。箸の使い方も俺よりきれいだ。どこで習得したんだろう。彼女は薬味にもこだわりだしたんだ。ショウガはチューブでいいけれど、ねぎは毎回刻むってさ。誰が刻むって、俺が、だけど。
そんな、細かいところに目がいき、そんな些細なことを問いかけたいと思いながら、俺はこうしてノートを埋めるべくシャーペンを動かしている。受験勉強中でもつるつるしていた指先に、ペンだこが出来てしまった。
「ナオ、ゴマ、食べたい」
「ゴマ?」
「栄養があるって、テレビで言ってた」
「もう、テレビ、観んなよ」
試験官さま。彼女は勉強熱心だ。いまは健康番組が好きだってさ。録画機能も覚えたらしく、どんどん録画しては知識を吸収している。向こうの世界で役に立つのか謎な知識ばかりだけど。あと、ウエスト痩せストレッチも日課だ。帰ったら、見せてもらってよ。あのポーズ、すごいから。
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