Page 18 生告白が見たい

 麦茶を用意して、本日はマドレーヌを持ってきた美丘と、ソファに向かい合って座った。リリスは、この間のように美丘の背後には陣取らず、俺のすぐ隣にぴたりを体を寄せて座る。この、無神経さがリリスだ。なぜ、くっつく。しかも、やや体重が俺の方にかかっているから重い。エアコンが効いているとはいえ、暑苦しくてかなわない。


「ごめんね、突然」


 美丘はしおらしい態度でうつむき、ちらりと上目づかいをする。


「ほら、ごめんねだって。『ぜんぜんあやまることなんてないよ、ハニー。俺は君みたいにキュートな女の子に会えて、ここはヘブンかと思ったぜ』って言えば?」


 言うか、アホ。耳元で気色悪いセリフを吹き込んでくる魔女を無視して、俺は「いや」とだけ短く答えた。リリスを突き飛ばし、美丘も家からほっぽり出したい衝動を抑えながら、麦茶を二口飲む。


 ぬるい。氷を入れればよかった、と思いつつ、美丘は手を付けていない。だったら、まあ、いいかと、そんなことに安堵すると、「あのさ」と、俺は切り出した。


「今日は妹が帰って来るんだよ。テニス合宿に行っててさ。それで」 

 俺は、わざとらしく壁時計に目をやる。

「三十分になったら迎えに行かないといけないんだ。国道に出るところに郵便局があってさ、そこまでバスが来るから」


「そうなんだ」と美丘はパッと顔をあげ、「ごめんなさい。やっぱりお邪魔だったよね。すず、本当に……」しょぼぼーんと、効果音を鳴らすかのように、見事な「しょんぼり」をする。


 一方、リリスは、俺の肩にあごを乗せ、「あんた、迎えに行くの?」と訊く。耳に息がかかり、つい肩を揺らした。


「ちっ、静かにしてろよ」

「え、ごめんなさい」


 お次は、うるるーんと涙目になる美丘。慌てて訂正する。


「や、違う違う。蚊がいて。耳元でうるさくてさ」

「蚊って、私?」とリリス。

「そう、なの?」と美丘。


「ああ。ごめん、紛らわしくて。それより、またお菓子もらって悪いね。ありがとう。でも、ほんと、俺、バスケは」


「ううん! バスケは関係ないの」


 ぐいとさっきまで泣きそうになっていたはずの美丘が、ソファから身を乗り出す。大きな黒目が、目の前に迫る。


「あのね。今日は」


 美丘は、まばたきひとつせず、じっと見ていたかと思うと、急に身を引いてソファに深く座り直した。それから頬を赤らめて、「あのね」と言いにくそうにする。それから、上目づかいで恥じらい、「あ、のね」と、さらに小声で言い添えた。


「お、なんだ、なんだ」


 興奮しているのはリリスだ。俺は嫌な予感しかない。


「あのね、倉田くん」

「なんだい、ハニー」

「やめろ、リリス」

「え?」

「い、いや、なんでもない」

「あ、あのね?」

「うん」


 俺は「黙っとけよ」という思いをかき集め、無言の圧力をリリスに注いだ。けど、リリスはルンルンと鼻歌交じりに体を左右に揺らしている。


「わ、たしね?」

「う、うん」


 ああ、来るな。これは、フラグが立った。まさか、とは思うが、予想しよう。

 次の言葉は「好きなの」。


「倉田くんのことが」

「あのさ、美丘」と割り込む。「二組の神田、知ってるか?」


「え、神田くん? う、うん、知ってるよ。バスケ部だもん」

「あいつさ。美丘の彼氏ってほんと?」

「え?」


 この「え?」は重なっていた。片方は目の前から。もう片方は隣から。


「え、ど、どうしてかな。すず、彼氏なんていないよ?」

「おいおい。こいつ、彼氏いんの?」

「そうなんだ。いや、前にコンビニで」


 コンビニで二人仲よくイチャついているのを目撃していた俺は、そのことをやんわり美丘に伝えた。美丘はさすがというべきか、ぼんやり天然風を装いながらも、反応は早く、「あ、え…と、別れたの」と言って、にこっと笑った。


「ふうん。でも、仲良さそうだったけど」

「別れたんならいいじゃない。」とリリス。

「次は俺だぜ。俺たちは別れないぜ、ベイビー。永遠のかなたへ、いざパーーラダーーイス』」


 ふわぁと飛ぶように立ち上がり、演劇スターのようにポーズを決める魔女をスルーして、美丘ばかりを凝視する。ちょっとでも視線を外すと、バカが目に入る。


「う、うん。あのね」と美丘は、はにかむ。

「ちょっと合わなかったの。いい人だと思ったんだけど」


 眉を下げてほほ笑む。次は「浮気」とか「暴力」なんて言い出しそうな気配に、すかさず会話をつないだ。


「そうか。じゃ、いまは誰と付き合ってるんだ?」

「え、ううん。すず、誰とも付き合ってないよ。そ、それでね」

「ああ、そうなんだ。まぁ、美丘ならすぐ、彼氏できるだろうな」

「あ、ど、どうかな?」


 いつの間にか動きを止めていたリリスが、「ちょっと。早く告白してよ。こーくはくっ。こーくはくっ」と手拍子。それを、聞き流し、俺はにっこりスマイルで美丘に釘を刺した。


「俺は恋愛興味ないけど。美丘はモテるから、すぐ彼氏できるよ」

「あー…、そんことないよ」


 そんなことないよ。と、二度、美丘は繰り返すと、壁時計に視線をやる。「もう時間がないね。あの……、また来るね?」


 来ないでください。無言の笑顔にたっぷり想いを詰め込んだけれど、伝わったかどうか。伝わったとして、受け取ってもらえるかどうかは、それこそ怪しい。


「こーくはくっ。こーくはくっ。ねぇ、してよー。お願い、ナオ。生告白見たいぃぃ。リリスちゃんに見せておくれよぉ」


「じゃ、角まで一緒に行くよ。もう出たほうがいいから」

「なら、郵便局まで……」

「暑いから、いいよ。駅に行くなら反対の通りだし」

「そうなの? じゃあ、角まで」


「ええ、こくはーく。好き好きしてよー」


「じゃ、行こう」

「うん」

「こうはーーーく」

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