8月10日(土)
Page 16 魔女のやり口
妹のテニス合宿は午前中で終わるはずだ。それからバスで戻り、自宅には一時ごろにつくだろう。いや、そのまま帰って来るとは限らない。あいつなら友達の家やどこかへ遊びに行く可能性だってある。
それでも今日、妹が戻って来るのだ。俺はリリスに「頼むから、大人してろよ」と言ったのだが、彼女は肩をすくめるだけだった。
「いいか。この前、美丘が来たときみたいに騒ぐなよ」
見えない、聞こえない。とはいえ、俺には見えるし、聞こえるのだ。周囲でうろちょろされ、あーだこーだと騒がしくされたんじゃ、たまらない。そう言って聞かせるのだが、リリスは「そうね」と言うだけで、まともにとりあわない。魔女とはこういうものなのだろうか。それとも彼女の性格だろうか。
昔、夢の中であっていた女の子はこうじゃなかった気がする。十歳ごろまで見ていた夢が現実(というのはおかしいのかもしれないが)のリリスで、それ以降が俺の創作だったとしても、もっと愛想がよく、にこやかで感じのいい女の子だったはずだ。
そりゃあ、いまも「にこやか」ではあるのかもしれない。よく笑う。ただ、その笑いにはパターンがあり、一番多いのが「にやり」だった。そして、さっきからテレビのチャンネルを押しまくっているリリスの口もとにある笑いも「にやり」なわけで。
「リリス!」
「うるさいわね」
リリスはテレビの電源を切ると、不機嫌なしかめっ面をして、俺とまともに目を合わせた。珍しい紫色の瞳が、ぎらっと光る。
「この間はちょっと場を盛り上げようとしただけよ。あなた達カップルを結び付けようと思って。でも、今日は妹でしょ。大人しくしてるって」
あれでどうカップル成就させるつもりだったのか理解できないが、妹相手なら大人しくするなら、ありがたい。ありがたいが素直に感謝する気にはなれないのが、このリリスという魔女だ。
「本当に、妹にも姿が見えないんだよな」
「言ってるじゃないの。あなた以外に姿は見えない、声も聞こえない。私はいるけど、いないと同じだって。大丈夫。隣でお茶飲んでたってバレないんだから」
そんなことがあり得るんだろうか。お茶なんか飲めば、リリスの姿は見えないとしても、コップだけ宙を浮くなんて光景を想像するのだが。妹は幽霊を怖がるようなタイプではない。むしろ、喜んで心霊特集やホラー映画を観るような奴だが、それでも、いざ、隣でコップが宙に浮いたりなんかすれば、叫び出すかもしれない。
「とにかく。今日の午後には帰って来るんだ。いままでと同じ調子じゃ困る」
「どういう意味よ。私を部屋に閉じ込めようっての」
べつにそうは言ってない。そうできたら、楽だろうとは思うけれど。
「夕飯は念のために部屋に運ぶ。お前はそっちで食べろよ」
どう妹に怪しまれずに運ぶか。これはまだ考えてないけれど、たぶん、なんとかなるだろう。そもそも、飯食うなよ、とは思うのだが。あまりにモリモリ食べるので、「太るぞ」と言ってやったことがあるのだが、「平気。意識だけだから、太らない」と言い返された。それよりも、本体は寝たきりだから、体力が落ちることが心配らしい。
さて、そんな俺の心配やら気苦労をよそに、リリスはでかい声で「い・やっ」と叫んだ。俺以外に聞こえない声とはいえ、ご近所迷惑だと思うほどの大音量で。
「あのなぁ」
「やだっ。私もナオとミクと一緒に食べる!」
「お前さぁ」と呆れたところで、俺ははたと気づいた。
「なんで妹の名前を知ってるんだ?」
話しただろうか。いや、言ってないはずだ。当惑する俺に、リリスは「だって知ってるもん」と、得意げにあごをあげる。
「あなたのお父さんはクラタ ケンジ。お母さんはクラタ サオリ。昔飼っていたペットの名前は」
「ま、待て!」俺の制止にリリスはペロッと舌を出す。
「お前、どこまで俺たちのこと知ってんだよ」
「べつに。簡単なデータだけ。大丈夫、悪いことにはつかわないから」
魔女に「悪いことにはつかわない」なんて言われてもな。ため息が出てしまう。いつも、こういうやり取りのたびに思うんだ。リリスは俺のことを知っている。それこそ、死んだペットの名前まで。もう三年前に死んだのに。
俺はというと、リリスのことはほとんど知らない。年齢が十六だというのも、もしかしたら嘘の可能性だってある。彼女は嘘やごまかしをきらうが、彼女自身が正直かというとやっぱり謎だ。素直で単純そうに見えるが、それも魔女のやり口かもって。
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