Page 15 悪ノリ、リリス
「でもでもぉ」
これはリリス。どうやら悪ノリしているらしい。オーバーに体をくねくねして、「でもでもぉ」を連呼している。見えないからって調子に乗り過ぎだ。美丘は女子に嫌われるタイプだが、異世界の魔女にも不評ってことだろうか。
「すず、知ってるよ」と美丘。
俺はリリスのスネーク踊りを見まいと、彼女に注目する。
「倉田くん、とってもバスケ上手なんでしょ。理大付属から推薦来てたって聞いたよ。あ、もちろん、うちの高校に来てくれて、ずずはハッピーなんだけどね」
理大付属はバスケの強豪校だ。美丘の指摘するように、俺には声がかかっていた。中学時代、何度か高校生に混ざり、練習に参加したこともある。でも、過去だ。俺はもうバスケはしない。
「それに、倉田くん。中学ではキャプテンでエースだったんでしょぉ。もったいないよ。すず、倉田くんがシュート打つとこみたいもん」
「だってよ、クラタクン」
ちらっと視線を上げる。ひひひとリリスの笑い顔。恋人候補発見と言ったのは誰だったろうか。それとも、あれはナシになったのか。リリスは「クラタク~ンっ」と語尾にハートが付きそうなほど甘ったるい声を出しては、ひとり爆笑している。
それに無反応でいなきゃいけない俺の苦労なんて、こいつにゃわからんのだろうか。視線をあちこちに飛ばし、ひたすら耐える俺に、さすがの美丘も不思議に思ったのか、「倉田くん?」と困り顔だ。
「いや、なんでもない」
なんでもアリアリだが、浮かれ魔女は無視しないといけない。
リリスは、「ク、ラ、タ、く~~~ん」と目をパチパチさせている。うざい。
「うちまで来てもらって悪いけど。美丘、俺はバスケやめたんだ。はっきり言って、きらいになった。だから見学もいかないし、いくら誘いに来ても無理。美丘が疲れるだけだから」
「すずのことは気にしなくていいよ。倉田くんに会うの、楽しいもん」
ちょっと顔を赤らめる美丘。エアコンの効きが悪いからではないだろう。
「俺は困る」
ガーーーーン。とエビぞりしているのは美丘ではなくリリスだ。
体やわらけーなと感心している場合ではない。
美丘はというと、しゅんとして肩を丸めている。
よくみると目が潤んでいるから、危険信号かもしれない。
演技の可能性もアリアリだが、この際、演技でも何でも関係ないのだ。
泣きはらした目で部活に戻り「倉田くんが」なんて部員の前で言った日にゃ、俺はつるし上げの刑に処されるだけではすまないだろう。怯える小鹿は美丘ではなく、俺だ。
「ごめん、美丘」
俺は頭を下げると、ちょっと考えてから席を移動した。美丘の隣に腰を下ろすと、首のすぐ間近でリリスが「お、お?」と合いの手を入れてくる。
「申し訳ないって思ってるよ。でも……」
と、俺は目を伏せた。美丘が「倉田くん」とつぶやく。
で、リリスが「来た、泣き落としか!」と飛び跳ねて叫ぶ。うるさい。
「そうだ、美丘。さっきのクッキー食べてもいいか?」
俺は「無理して笑っている」感じの笑顔で美丘に言った。
美丘は真っ赤になって、「う、うん!」と首をコクコク上下に振る。
リリスが「残しといてよ!」という中、俺は全部のクッキーを食べ、褒め、感謝して、なんとか美丘を家から追い出した。とてつもない疲労感に襲われ、俺はソファに伸びる。見上げる天井を、リリスの意地悪な顔がさえぎった。
「あの子がセフレの一人?」
「バッ」
――カじゃねーのと飛び起きた。リリスは「違うのかな?」と、どこまでわかっているのか、首を左右にコテンコテンと傾げている。
「お前、性悪だな」
魔女にこの言葉は褒め言葉になるのかもしれない。リリスは「あの子、可愛いじゃん」と言って「倉田くーん♡」と身をくねらせた。
「うるせーな。昼抜きにするぞ」
「なんでよーっ」
「うるせーからだろ」
クッキーも全部食べたくせにっ、と怒る魔女。
リリスはあのお得意のドンっと二発かました。ほら、あの床どんどん。
「床が抜ける!」
「どんどんどんどんどん」
――これで、俺の恋愛話は終わったかと思ったけど。
美丘はしつこかったし、そのたびにリリスもしつこかった。まだあと六日。
これに妹が加わったとして、俺の夏休みに休息があるんだろうかと悲しくなる。
試験官さまが、男性か女性か存じませんが。少しは俺に同情してくれますか?
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