Page 14 美丘すず、登場
美丘は高校でクラスメイトになった女子だ。バスケ部のマネージャーをやっていて、俺を部に誘ってくる。それはもう、かなりしつこい。スマホに連絡してくる(どうやって連絡先を知ったか不明)だけじゃなく、学校では日課のように顔を合わせるたび、毎回誘ってきた。
「おはよう」の代わりに「ねえ、部活見に来ない?」。「バイバイ」かと思えば、手を振って「ね、ちょっと参加してみてよ」と手招き。夏休みになって、やっと解放されたかと思えば、こうして家まで押しかけて来た。
「倉田くん、久しぶりね」
玄関先、美丘は上目づかいに小首をかしげ、恥じらいの素振り。控えめ女子を装っているが、行動に全然遠慮はない。こちらから、何もうながしてないのに、ちゃっかり靴を脱ごうとしている。
このまま背を押し、くるりと反転させて追い出したい気持ちだったが、クラスメイト、しかも美丘は男子に人気があるとくると、雑な対応をしたら、あとあと面倒なのだ。
「おとつい、会ったよな」
美丘は前もうちに来ていた。そのとき、「いま、親は留守で」と警戒するかと思って教えといたんだが、だからなんだってんだ、という押しの強さで美丘はこの日も玄関にいる。
「昨日も寄ろうかなって思ったんだけどね。あ、これ食べて」
てへっと照れ笑いしながら渡されたのは、手作りクッキーだった。
このくそ暑いときにクッキーなんか作ったのかと呆れ……いや、感心した。
「ありがとう」
リリスに食わそう。瞬時に浮かんだのは、そんなこと。
「おじゃましまーす」
美丘は一応の断り(といっても俺は許可してない)を入れて、ずかずかと廊下を進む。いつの間にか間取りを把握したようで、迷いなくリビングへ。俺はその行動力に圧倒されていたんだけど、「なーるほど」という笑い混じりの声に反応して、パッと上を見た。
階段上で、リリスがニヤニヤしていた。手すりに寄りかかり、こちらに身を乗り出している。
「恋人候補、はっけーん」
リリスの声が俺以外に聞こえないんだ、と痛感したのは、このときだ。
かなり大きな声でよく響いていたのに、「倉田くーん」と廊下に顔を突き出した美丘は、なにも疑問をもっちゃいない。手招きしながら、俺だけを見ていた。
美丘すずは、可愛い部類に入る女子で間違いないだろう。
サラサラのボブカットは活発な彼女に良く似合っていたし、小柄で、バンビを連想する大きな目と長いまつげは、「大切にしたい女の子」を想起させるには十分だ。女子よりも男子に人気がある子。それが美丘すず。
「倉田くん、勉強してたの?」
真夏に訪ねてきた人に水一滴与えないわけにもいかず、俺は麦茶を出したのだが、彼女はちびちびと遠慮がちに口をつけただけだった。リリスのぐいっとひと飲みに慣れていたので、まじまじと観察してしまい、「ん?」と目をパチパチして見つめられた時には、まごついてしまった。
「ああ、うん。さっさと宿題終わらせたくて」
ソファの向かいに座りながら、俺は答えていた。そうなんだよな、俺はさっさと宿題を終わらせたかったんだ。それがいまじゃ、この「記録」を書かなきゃってことで疲弊している。
「そっか。でもねぇ」
クネェという効果音がしそうなほど、美丘は身をくねらせると前屈みになり、俺の顔をのぞきこむようにして言った。
「倉田くんが部に来てくれたら、すず、とっても嬉しんだけどな」
自分のこと「すず」呼びしたときの美丘は危険らしい。
有名な話だ。女子では悪評として。男子の間ではサインとして。
彼女は俺を「落とし」に来ている。
「美丘、何度も言ってるけど」
「すずでいいよ」
「いや、美丘でいいんだけど。俺、バスケはやめたんだ」
「でもぉ」
くねくねと左右に身をよじる美丘。俺は口に力を入れて笑いをかみ殺した。美丘の仕草が蛇を連想させたからじゃない。俺が笑いそうになったのは、美丘のすぐ背後でリリスが彼女のモノマネを始めたからだ。
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