Page 11 夢の話
俺には繰り返し見つづけていた夢がある。小さいころから、何歳頃からかは正確には覚えていないが、それでも幼稚園のとき、あの絵を描いたんだから、その頃にはもう、その夢を見て久しかったと思う。
あの絵、というのは女の子と俺がお花畑で遊んでいる絵だ。
この絵をリリスに見つけられて、「もしかして、これ私?」って。
俺は「違う。アニメのキャラだ」って答えたけど、嘘だ。
あれは、リリスだ。
黒い髪に黒い服。そして、紫色の瞳。
それに、ご丁寧にも俺は彼女の絵の横に名前を書いていたから、決定的だろう。
あまりに下手くそな字でリリスは「文字」と認識しなかったようだからバレなかったけれど。
べつに隠すこともないけど。夢を覚えているかって話の時に、つい反射的に「知らない」と答えてしまったから、その嘘を守らなくちゃいけなくなった。
どうやらリリスは嘘がきらいのようだ。嘘が好きなのもどうかと思うが、リリスは誤魔化しもいやがる。本人は誤魔化しだらけで嘘のベールに包まれているんじゃ、と思うんだが、とにかく、俺が言い逃れようとすると怒り出す。「はっきりして」だって。秘密ばかりなのは、どちらさまで?
でも、じゃあ、リリスがちゃんと嘘を見抜けているかっていうと怪しい。
もちろん、わかっていて気づかないふりをしている可能性もある。
魔女だし。もうこの一言に尽きる。「魔」がついていて信頼できるとは思えない。信じることはできるけど。騙されることは覚悟の上で。
俺はリリスを信じた。別世界から来たことも、魔女だということも。試験に人生賭けているってことも。全部、信じて、自分も協力しようとしている。
普通、信じない。いきなり現れた女の子が魔女で、自分にしか見えなくて、二週間部屋に居座るって言ってきて、「はい、そうですか」なんて。抵抗しているうちに、数日過ぎるはずだ。
それなのに、あっさり信じた俺を、リリスはどう思っているんだろうか。自分の才能だとでも? もしかしたら、試験では魔法をここで使うのかもしれない。魔法で信じ込ませる。
となると、俺も、もしかしたら魔法にかかってるんだろうか。
いつから。そして、どこまで魔法の影響が?
俺は俺自身をコントロール出来ているんだろうか。
そんなこと、考え出したらキリがないけど。
とにかく、俺は小さいころから見ていた夢。同い年くらいの女の子が出てきて、彼女は自分のことを魔女見習いだと言っていた。
将来は「ゆーめいな、だいまほうつかい」になると自信満々で。
会うのは、というか、見るのはいつも花畑にいる夢だった。
二人で花を摘んで王冠を作ったり、蝶を追いかけたり。
ただぺちゃくちゃ喋っていたこともある。
彼女は、髪の色は同じだけど、瞳の色だけが自分と違った。紫色。まるで宝石みたいだと思った。図鑑で調べて、アメジストに似ているって嬉しくなった。いつか、大人になったら、この宝石を買おうと決めて、ワクワクした。
夢の長さは短いものだった。すぐに別の夢に切り替わることもある。
でもリアルで目が覚めてもよく覚えていた。
夢の中で逢える子。それがリリスだった。
俺は友達がいない子ではなかった。どちらかと言えば人気者。
常に周りには誰かいた。でも、いつも自分がしたい遊びではなく、相手がしたい遊びばかりを選んでは、これであっていたんだろうかと、顔色をうかがうようなところがあった。
みんなと仲よくしないと、大人に怒られるって意識があった。べつに親が厳しかったとか、そういうんじゃない。どちらかと言えば、放任主義だから。ただ、誰もがそうしていると思ってたんだ。仲良くケンカしないで、相手を重んじて。まさか、大半が適当にふざけて生きてるなんて思いもしなかった。根っからの真面目野郎なんだ、俺は。
だからだろうか。夢の中で会うリリスとは気楽に話せた。夢だという意識から解放感があったのかもしれないし、大人の存在をかんじなかったのもあるだろう。いつも周りには誰もおらず、俺たちふたりで遊んでいたから。
それに、リリスは自己主張が強いから、こちらが気をつかう必要はなかった。はっきりしていたし、ベラベラ話すのは向こう、こちらは聞き役で「ふんふん」相づちを打っていればよかった。怒らせたこともあるが、それで仲が悪くことはなく、ニコニコして再会していた。
十歳くらいまでは、そんな夢を繰り返し、日を開けずに見ていた気がする。
その後は、忘れた頃、思い出すように夢を見た。記憶から作られる夢だったのかもしれない。
夢の中で、俺と同じようにリリスも成長していたけれど、十歳を過ぎたあたりからは、差が生じていた。どちらも幼い場合もあるし、俺は成長しているんだけど、リリスだけ幼いままか、成長していても、どこかぼんやりしたイメージで記憶に残らなかった。
中学になる頃には、その夢は見なくなっていたと思う。
それでも夢自体は覚えていて、リリスのことは現実にいるかのようにはっきりと記憶していた。たとえるなら、引っ越して行った幼なじみってかんじだろうか。
現実には存在しない子ではなく、たしかに「いる」と思えた。口に出しては言えないようなことだったし、実際、この夢の話は誰にもしたことがない。
幼稚園で絵を描いたときですら、「夢の中で遊んでいる子」とは言わなかったはずだ。それこそ「アニメのキャラ」なんて、当時ですら答えていた気がする。それくらい、隠していたい出来事だった。大切すぎたのだと思う。誰かに知られて、奪われたり、汚されたりするのを恐れていた。
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