Page 12 都合がいい相手

 だから、あの日。


 目の前にリリスが現れた時も、「誰だ?」じゃなく「うそだ」のほうが本音だ。信じられなかった。リリスがいる。俺の部屋に。夢か。また見始めたんだろうか。いつもは花畑だったのに、なんだって俺の部屋に設定してあるんだろう、どういう妄想だってくらいには動揺した。


 それから、あの言葉だ。『クラタ ナオ。あなたは私のホストだ。あなたの保護の元――』リリスは冷静で他人行儀だった。


 そりゃあ、他人なのかもしれないが。でも、俺にとっちゃ、あの「リリス」だったから。試験だ研修だ、ほんと意味不明でも。俺がすんなりこの状況を受け入れたわけは、「夢で逢っていた子」だったから、だ。


 リリスが説明するには、あの夢は、やっぱり普通の夢ではなかったそうだ。

 十歳以降は俺の見た夢だったかもしれないが、その前は、実際に俺たちは会っていたらしい。リリスも俺を知っていたんだ。


「あのね、魔力があると、見る夢も普通とは違ってくるの。私の魔力は強大だから、やっぱり、世界を越えるような夢を見るわけ。といっても、無差別じゃないの。ちょっとはつながりがある人と意識を共有させるってかんじかな。ここまで、ついていけてる?」


 リリスが「当然、ついていけてるでしょう」という顔で、問うもんだから、俺は「なんとか」って答えた。他に選択肢はない雰囲気にのまれて。リリスは満足そうに大きくうなずくと、続けた。


「だから、小さいころから私はあなたを見つけて、どういう人か確認していたの。いずれ研修先を選ぶときに、メンバーから誰か選ぼうと思ったから。ずっと前から慎重に見極める必要があって」


 と、ここで俺は口を出す。

 ちょっと聞き捨てならなくて。


「メンバーから選ぶ? 俺以外にも候補がいたってことか」


 というか、夢で会っていた奴がいるということか。

 ……これは、あんまり知りたくなかったが、リリスには通じない。


「そうそう。五人くらいかな、最終的には。始めは二十人くらい試したの。試したのって言うのは夢に会いに行ってみたってことだけど」


「へえ」


「いろんな人がいたな。人じゃないのもいたけど。その……なんだ、カエルみたいなのとか、毛の塊みたいなのとか。言葉でコミュニケーションとれないタイプもたくさんいたし。でも、ま。結局は自分に似たタイプを選んだわね。私、ちょっと保守的らしいから。つまらないだろうけど」



「そう」


「うん。で、あなたになったわけだけど。ほら、この世界は魔法がないけど知識はあるでしょ。それにスケジュール的にあなた、余裕がありそうだったし」


 それは夏休みだった、ということだろうか。余裕といえば余裕だろうが、なんだか癪に障る言い方だ。もういっそ「運命のパートナーよ」くらい持ち上げてくれた方がいいのに、と思いながら、そう考える自分が浅ましくてうんざりなんだけど。


 でも、リリスの言わんとすることはわかる。たしかに俺のいまの状況は都合がいい。リリスにとって、というより、俺にとって。たとえ、リリスの姿や声、何から何まで存在しないことになるとしても、俺に見えて、家族には見えない女の子が同居しているなんて落ち着かない。


 いまは両親不在で、妹も合宿中だ。明日、帰宅するがそれでもこの状況になれるまでの猶予が一週間あったわけだ。まぁ、この一週間、なんの苦労もなかったわけじゃないが、それでも基本、二人で過ごしていたから、やりやすいことはやりやすかった。


 父さんは四月から一年間、東京にある本社に出向いていて不在。いよいよ出世かと一瞬盛り上がったが、なにか法改正の影響で資格を取る必要が出て、その研修やらなにやらで本社に行くことになったらしい。


 リリスに説明すると「おお、私と似てる」と笑ったが、一年と二週間じゃ、だいぶ違う。まあ、一年もリリスがいたら困る。あと、偽りの記憶が一年分も勘弁してほしい。


 母さんは、じいさんが入院することになり、そのドタバタで実家に行っている。七月末から行っていて、盆が過ぎた頃には戻ってくる予定らしい。じいさんは転んで足を骨折したが、リハビリをすれば寝たきりにならずにすむそうで、母さんはホッとしていた。


 と、まあ。そんな具合で両親不在。リリスが帰還するのがちょうど盆過ぎになるから、あとは妹が帰ってきた時にどうやり過ごすか考えるだけでいい。


 そうだ。俺はリリスの研修先として都合がいいんだ。めちゃくちゃ。

 でも。それでも、だ。

「他に沢山候補がいて」は、言わなくてもよかったのにって思う。


 あのさ、試験官さま。もし、次の受験生に伝えられることがあるなら、このことは気にとめておいて損はないよ。俺と似たような奴がいて、そいつがショック受けると気の毒だからね。

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