Page 10 魔女はジャージ愛用中

 ――ああ、そうだ。これも書いてあった方がいいのかな。


 リリスはこっちに来てから、ずっと俺の服を着ている。Tシャツにジャージ。

 これで外をうろついている。まぁ、誰にも見えないんだからいいんだろうが。

 それでも、オシャレとか興味ないんですかって気分。


 リリスは、初日にさっそく俺に部屋を遠慮なく荒らしまわった。あちこち探って、クローゼットなんか全部の服を引っ張り出した。それで勝手に着がえ始めた。俺の白Tと短パンを手に、「ちょっと出てってくれる。着替えるから」って。


 どう、この図々しさ。そちらの世界では、これが礼儀なんだろうか。俺は面食らって「誰の部屋だと」と怒鳴りそうになった。結局は、大人しくしてたんだけど。相手は魔女だし。呪われたら怖いから。というか、まぁ……好きなようにさせた。俺の服でいいんなら、どうぞって。


 リリスは、一八〇近い身長がある俺と、さほど背が変わらない。俺のあごくらいの位置に、頭があるかな。そんなに見下げないで話せるのは楽。俺はそうガタイがいいわけじゃないから、服のサイズはどうしようもないほど大きすぎやしない。ぶかぶかはしているが、見られないほどじゃない。


 としても、ね。同じ年頃の女子が自分の服を遠慮なく着あさっている姿は、微妙な気持ちにはなる。気恥ずかしいような……なんともいえない気分だ。妹が俺のおさがりを着ているのとは、やっぱり違う。


 妹の服を貸してやればいいんだろうが、それはそれで彼女には小さそうだし、母さんのは年代的にどうなんだろうって。サイズ、ウエストは余裕そうだが、手足が短いかもな。だから、つんつるてんより、長めの方がいいかってんで、俺のを着ている。


 本人に不満はないらしい。でも、なんか……こう、似合うのを着ればいいのにとは思う。買ってやってもいいけど、そう何枚も買えるほど金持ってないし、買いに行くとして、試着とかどうなるんだろうかって。


 その辺がわからなくて、魔法がどう作用するか試してみても面白いだろうけど、いまのところは、俺の服でいいんなら、それでって。放置ぎみ。まだ、二人で街まで出かけたことはない。リリスはひとりでぶらついてるし、俺は部屋にこもるか、リリスがいないときに、買い物に出かけているから。


 リリスと会話をしていて、それは周囲には俺の独り言のように見えるのか、それとも魔法の作用でそんな不審人物みたいにはならないのか、結構重要な部分なのだが、リリスは「さぁ」と肩をすくめるばかりで詳しくは教えてくれない。


 本人にもわかってないのかもしれない。リリスは別世界に来たのは今回が初めてで、そうそうある経験ではないらしいから。貴重な灰が必要なんだって。アスレイ、だったかな。そいつが死んだときに出来る灰が、世界を越える魔法に必要らしい。


「貴重なの、すっごく」


 いつだったか説明してくれた。アスレイっていう水辺に棲む動物みたいなもので、寿病で死ぬと体が灰になるらしい。寿命ってのが重要。じゃないと死んでも灰にはならないって。


「いま、アスレイは数が減っているの。保護してるんだけど、増えなくて」


 それで、世界を越える魔法も制限が出来た。

 特別な許可がないと無理だって。

 今回は「試験」に必要だから、特別。


「試験って具体的には何をするんだ? テストとかあんの」

「研修とかよ」

「だから、他に」

「いいでしょ、べつに」


 と、ここまで書いて、リリスは本当に秘密主義だなって思う。

 決まりのせいなのかもしれないけれど。どうなんだろう。

 本人の性格もあるんじゃないだろうか。とにかく秘密主義なんだ。


 だから俺は何も知らない。ほとんど、何も。

 リリスがどんなところで暮らしていて、どんな奴らに囲まれているのかも。

 家族の話もあまりしない。聞いたのは、うんと年上の奴と結婚させたがっている、ってことくらいだ。まぁ、これだけで、どういう親なのか想像できそうだが。


 こちらでの文化というか仕組みと、そちらではずいぶん違うのかもしれないけれど、それでもリリスが「この試験に賭けている」「失敗できない」「結婚したくない」って気持ちは理解した。だから、助けてやりたいと思った。


 試験に落ちたら、五十以上年の離れた男と結婚する。

 相手は三度目の結婚だ。成人した子供もいる。

 金持ちだ。親は喜んでいる。


 これでなんとなくイメージするのは、そう……あまり良いものじゃない。


 魔法がある世界らしいから、年の差があるからといって見た目にどうこうはないのかもしれないし、相手はいい奴なのかもしれないが、リリス本人がいやがってるんだから、気の毒だ。


 たとえ、どんな完璧な王子さまで、周りがどんなに羨ましがっても。本人がいやなら断る権利があるはずだ。俺はそう思う。


 だから、試験に合格できるように、協力する。

 この決意は、割と早かった。

 出会って……そんなに時間はかからなかった。


 俺はすぐにリリスの言葉を信じたし、リリスのために協力しようと思った。

 やっぱり、あの夢のことが関係してくる。ずっと見ていた夢。


 やっと、このことについて書けるかな。

 よし、書いてみよう。それで、いろいろバレると困るが。


 ……いや、もう全部知られているのかもしれないんだよな、試験官さま。

 逃げているのは俺なんだ。隠したいって思うのはなぜだろう。

 よくわからないけれど、もしかしたら、俺はまだ、この現実を受け入れてないからかもしれない。


 記憶が消される、だけじゃなくて。

 リリスがいなくなるってことを含めて、だけど。

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