Page 9 ゴブブーンはトマト味
ちょっとリリスと出かけていた。いま、戻ったところだ。リリスが「散歩してくる」って窓から飛び降りたから――これはいまだになれない行動だ。ヒヤッとする――俺は慌てて窓から顔を突き出して「俺も出る。夜、買わねーといけないから」って呼びとめた。
夜ってのは、晩飯のことだけど。リリスにはこれで通じるようになった。最初、「昼、食うの?」と訊ねたら、ぎょっとされた。「あなたたち、何食べてるのっ」て。ヤレヤレ。
リリスは初日こそ、うちの中を見て回るだけで外に出ようとはしなかった。次の日からは、さっきみたいにひらりと窓から飛び降りると着地して、外を見て回ってばかりいる。ひとりで大丈夫なのか、道に迷うんじゃないかと、彼女のことを心配したが、べつに何でもない顔をして、いつも戻ってくる。
でも、さすがに三日目、早朝から出かけて夕方になっても帰ってこなかったときには、外に探しに出た。「おーい、リリス」なんて呼んで探したわけじゃないが、汗かくくらいには走って探した。
まぁ、この猛暑というか酷暑というか、最高記録更新中の真夏なら、息してるだけでも汗が噴き出るんだが。それでも……、俺は心配して……嘘はなしだから正直に書くが、かなり焦った。心配で心配で、ハラハラドキドキじゃすまねーての。
俺以外に、リリスの姿は見えない。だから、どっかのチャラついた奴にナンパされて連れ去られたってことはないだろうが、それでもあのときは、本当に俺以外に姿が見えないのか半信半疑だったから、最悪のことは考えてしまった。
俺はこの世界では、リリスのホストで保護者だそうだ。
いつの間にそんなことに、とは思うものの、彼女を守らないといけない。
この世界では、俺だけに見えるから。他には頼れないんだって。
だから……、探した。必死で。
で、リリスは公園にいた。そう遠くにいたわけじゃない。家から十分もかからない。昔、よく遊んだ小さな公園。すべり台とジャングルジム、砂場や鉄ぼうとか、そんなもんがちょこちょこっとある。その中でも一番人気の遊具、ブランコにリリスは乗っていた。
他に誰もいなかった。夕焼け。
どの遊具の影も長く伸びて太陽に照らされていた。
あのブランコは、ひとりでに揺れていたことになるんだろうか。それとも俺の目にはリリスがこいでいるように見えたが、風にそよぐ程度も揺れていないことになるんだろうか。
魔法の作用はどこまで効くのか。「魔法は使わない」。リリスは何度も何度もそう言うけれど、それでも魔法の影響が俺の周りでは起こっている。その範囲がどこまでなのか、教えてもらいたいのだがリリスは「言えない」、そればかりだ。
「おい」
俺はリリスに声をかけた。キツイ声が出た。まぁ、この状況で優しくまったりした声なんて出てこない。少なくとも、俺には無理。リリスは悪びれる様子なんてこれっぽっちも見せず、「なに?」だってさ。
なに、じゃねーし。心配したんだぞ。……なんてことは言わなかった。
俺が勝手に心配しただけだ。走って、めっちゃ探したけど。汗ダラダラ。
「帰るぞ。夜食わねーんなら、そのまま遊んでればいいけどさ」
「食う!」
よっと勢いつけてブランコから降りるリリス。
パタパタと駆けてきて隣に並ぶ。
「まさか、またソーメンとやらじゃないでしょうね?」
「そのまさかだけど、何か?」
料理は苦手だ。いまは母さんがいないし、毎食コンビニや冷凍だと味気ないから作ってるが、せいぜい素麺ゆでるか、たまご焼くくらいだ。あとは近所の人がどっさりくれたトマトやキュウリを切って、サラダってことにする。
リリスが魔法で料理してくれりゃいいんだが。でも、「魔法は使わない」から無理。それに魔法なしでも料理をする気はないらしい。食べる専門。皿も洗わない。「ごちそうさま」は覚えたけど。あと、「いただきます」も。
リリスは、料理や食材に興味があるようで、なんでもパクパク食べている。好き嫌いはいまのところナシ。ま、ちょっとこっちが食欲減退するようなことは言うが、本人に悪気はない。
たとえば、「これ、ゴブブーンの脳みそみたいね」って。トマトのことだ。ゴブブーンは、「虫みたいな人間みたいなもの」らしい。もう、わからんって。虫と人間は全然、違うだろ。
そちらとこちらとでは、やっぱり、ずいぶん食糧事情は違ったりするのだろうか。リリスに聞いても「だいたい、似てる」って答えしか帰ってこない。つまらん奴だ、ほんと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます