Page 8 書け、書け、書け
それでも、俺がこのノート、「記録」をなるべく上手く書きたいと思うのは、記憶がすべて消されることが関係してないともいえない。そりゃあ、リリスの役に立ちたいとは思う。彼女が試験に落ちて、どっかのじじいと無理やり結婚させられるのは気の毒じゃないか。
いい出来のものを書きたい。だから、リリスに相談したいんだけど、「ダメダメ。あなたが自分で書く必要があるんだって」とそればかりだ。ちょっとの相談も無理とは厳しすぎる。誰のために書いてると思って……
こんなんじゃ、いつまで経っても完成しないんじゃないかって。俺は最初、下書きのつもりで別のノート――自分が持っていた大学ノートに書き始めようとした。でも、それじゃ時間がなさすぎるし、リリスも「ちょっと、これに書いてってば」と、こちらの配慮も通じないで怒り出すんだから、直書きするしかないだろ。
これまでのだって、なんだか全部書き直したほうがいいようなんだけど、まさかページを破り捨てるわけにもいかず、かといって全部をいちいち消しゴムで消すのもまどろっこしい。リリスに魔法でちゃちゃっと消してくれって頼んだら「魔法は使わないんだって!」て。キレてやんの。
リリスは短気だ。それとも、俺がしつこいのか。そちらの世界ではだいたい全員沸点がこんなもんなのかもしれないが、俺の目にはリリスは多少……いや、だいぶ短気だ。それか感情の波が激しい。笑ったかと思えば怒っている。
癖を見つけたのだが、というか、そちらではよくある仕草なのかもしれないが、リリスは「もうっ」と言っては、ドンと右足を床にたたきつける。にぎりこぶしを振り上げて。「もうっ」ドンっ。て。ほら、あの……通じるか不明だが、お笑いであるんだ。ドンってやって、こっちがピョンって跳ぶやつ。わかるかな。
とりあえず、そんな感じで、よくドンドンやってるんだが、これも妹が帰ってきたとしても、「兄貴、うるさいっ」とはならないらしい。そうじゃなかったら、俺の情緒が疑われる。何も聞こえないという魔法の力を信じるしかない。
と、ここまで書いて、またふり返って読んだんだけど、やっぱり出来が悪い。もう悪いと認めるしかない。ああ、全部消したい。いつの間にか、僕で行こうと思っていたのに、俺に戻ってるし。
作文では「僕」書きで行くんだから、今回もそれでいけばいいんだけど。なんかこう……かしこまって書こうとすると手が止まる。はっきり言って、手を止めてる場合じゃない。何度も書くが時間がない。あーもう、なんで初日に渡さねーんだよ。リーリース!
こんなことばかりで残りの日々を使いたくないんだ。もっとリリスと楽しみたいことがある。部屋にこもってばかりなんていやだ。リリスが消える前に、俺だって思い出を作りたい。たとえ、全部消される思い出でも。
そう、それが関係してるんだ。全部消されるから。俺には何も残らないから。だからこそ、これだけは、「記録」だけはちゃんとしたものを完成させたいと思ったんだ。
リリスがこれを読むことはないかもしれない。読むのはあなた、試験官さまだけ。それでも、何か俺が形あるものが残せるとして、それはこの「記録」なんだ。
だから。だから、もっとちゃんと書きたい。
でも、迷っている時間はない。書け、書け、書け。出来なんて知るか。
それでも、俺は精一杯書いている。必死で。それもこれも、試験官さま。
リリスのためなんです!
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