Page 2 魔法で解決
何から書くことが正解なんだ。それを考え続けて昨日から寝不足。まだ高校の宿題もあほみたいに残ってんのに、こっちにかかりきりで、しかも全然進んでいない。シャーペン片手に停止して、三十分は経ちそうだ。だから言ったんだ。俺に――僕には無理だって。
「なんだっていいのよ。とにかく書いてくれさえしたら」
リリスは簡単に言う。でも「自由」とか「好きに」とかって丸投げされ、なおかつ、この「記録」が重要な課題の一つなんだって頼まれたんじゃ、ほんと、荷が重すぎて投げ出したい。まだ半ページも埋まってないなんて、マジで泣きたくなる。
俺は、じゃなくて。僕、僕僕僕!
僕はこのノートを意味もなく何回もめくった。そんなことしているくらいなら、さっさと文字を書けよって思うけどさ。自分でも意味不明だけど、そうしていると、多少、やり遂げた感はあるんだ。
残りのページ数が減るわけじゃないのはわかってる。でも、ページをめくることで書いた気になるっていうか……あれ、俺、もしかして、末期?
わからないが、とにかく。
こういうことでも書いて文字を埋めないことには終わりそうにない。
全然。いま、頭ン中、真っ白だし。
ほら、言わんこっちゃない。リリスには言ったんだ、何度も。でも、俺じゃないとダメだって。あぁ、もう。僕。僕じゃないといけないと言われたのです。
って文章は変なのか? 作文の作法から学び直さないといけないんじゃないかと思うけど、あいにく時間がない。あと六日。六日で全ページ埋めなきゃいけない。なんだって初日に渡さないんだ、リリスめ。
「うっかりしてたのよ」
じゃ、すまされない。いくらあの異質さ全開の紫色の目を真ん丸にして、「あっ」なんて叫び、大慌てでノートを出そうが。そのとき、ベッドの角で小指ぶつけて半泣きしてようが。
両手合わせて、「ごめんね」して「私、バカね」なんてへりくだって「てへぺろりん」なんておどけて見せたとしても。
俺は、腹が立つ。ふざけんなって話。ま、じ、で。
だいたい、本当にうっかりなのか?
もしかしたら、そういう決まりなのかもしれない。
あいつの口癖だ。「決まりなのよ」「そういう風になってるの」「悪いけど説明できない。そういう決まりなの」。
うっとうしい。決まり決まりばかり言うけど、最後には俺の記憶、消されるんだ。覚えてない。なんにも。だったら、全部、全部、ちゃんと話してくれりゃいいのに。
でも、バカらしいことに、そういう簡単な問題でもないらしく。
リリスはぜったいに譲らない。「無理」。こればっか。
ルールを守れるかどうか、ってのも、あいつの試験のひとつなのかもしれない。
人間にというか、リリスたちの言葉で言うのなら「第六世界のなんちゃらかんたら」という覚えられないが、ざっくり言うとこっちの世界の人間には、秘密にしておかなくちゃいけないことが、たくさんあるってわけだ。
でも、リリスは帰還するとき、俺の記憶を消していくことになっているんだったら、すべて話してくれたほうが、すっきりするのにと思わずにはいられない。
キレイさっぱり忘れるなんて。俺がひいひい言いながら書いているこの「記録」についても忘れるとはね。あんまりじゃないですか。
リリスの滞在期間である二週間が、帰還後、俺にとっちゃ、ぽっかり空白になるらしい。いや、空白ではないんだっけ。それなりの記憶が埋め込まれるだかなんだかして、俺はべつに違和感なく過ごすとか。
二週間の記憶を消されて、それで違和感なくって、俺をどんだけ鈍い奴だと思ってるんだと腹立たしいのだが、偽の記憶を刷り込むことで、全部どうにかなるものらしい。美丘や妹に怪しまれるんじゃ、っていう俺の主張も、リリスはあっさり却下した。
「大丈夫だって」
だ、そうだ。
「なに、気にしてんの」って、呆れ顔。質問したこっちが変みたいに。
魔法ってやつで、すべて解決ってわけか?
だったら、このノートも魔法で全部書いてくれと思う。
無理な話だそうですけどね。わかってますよ!
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