Page 3 結婚はイヤだ
たった二週間。されど二週間。
もう半分は過ぎちまったが、俺はリリスという魔女の、人生がかかった試験の最終段階に参加させられている。この合否でリリスは五十以上年の離れているおっさんと結婚するか、上級魔女になるための学校に進学できるかが決まるらしい。
「いやなのか」
「いやよ」
リリスの希望は結婚ではなく、進学だ。ま、そりゃそうなんだろう。
俺だって、五十上の伴侶はいらない。そんなチャレンジ精神はない。
でも、相手の男は大金持ちで、親はそっちに賛成。リリスの味方はゼロ。
だから、必死にもなるってわけ。
「クラタ ナオ。あなたは私のホストだ。あなたの保護の元、私は研修を終える必要がある」
これが、リリスの第一声。
堅苦しい態度に重々しい口調。まるで、自分は苦労ばかりしてきたんですって、頑固ばばあみたいで。襟足で小さくまとめた黒髪に白髪が一本もないのが不思議なくらい、老いた雰囲気を漂わせていた。肌はつるんとして健康的だし、もちろんしわなんてない。すらりとしたモデル体型で、ピンと背筋を伸ばしている姿は若々しいはずなのに、どっかの寄宿学校の校長みたいな人だと思った。
防虫剤の匂いがぷんぷんしそうな、だっさい黒のワンピースを着て、スカート丈はひざ下というより、足首の上。のぞく黒タイツの足首は片手で握れそうなほど細い。いまから葬式なんだけど喪服なくって、祖母のを借りました、みたいな。で、ひも靴。なぜが、これだけ黒じゃなく茶色だった。いや、それより。ここ、部屋だっての。脱げ、って思ったけど言えなかった。
八月二日だ。時刻は昼ちょい前。前の晩、気になっていたゾンビドラマを連続で観まくって寝落ちした俺は、やっと起き出し、遅い朝食を食べたばかりだった。朝食っていっても、菓子パンと牛乳だけど。誰もいない家は静かでいい、なんて思いながら、午後の予定を立てつつ階段をいく。
違和感なんてなかった。でも、自室のドアを開けた瞬間。
ぶわって風が吹いて、目が開けていられなくなった。
気味の悪い風じゃなかった。生暖かいとか、そういうんじゃなくて、爽やか。
イメージはアルプスの草原を抜けていった初夏の風、みたいな。
完全にイメージのみだけど。アルプスどこか、知らんし。日本アルプスじゃなくて、「クララが立った」ほうのアルプスね。ま、どっちでもいいけど。
それで、「風、つえーな」って目を開けた。
そこに、リリスがいたわけ。で、あの一声だ。
その次に言ったセリフがこちら。
「ここの時間軸で二週間。八月十五日まで世話になる。あなたに危害を加えることはないし、あなた以外に私の姿が見えることはない。あなたは普段通りの生活をしてくれればよい。私はただここに滞在し、この世界を知るだけでいいのだ」
そうして始まった、僕と魔女の奇妙な同居生活。
都合よく両親は不在。二つ下で中二の妹もテニス合宿に行っていて、十日まで帰ってこない。
「よろしく。クラタ ナオ」
リリスは唇をほんのすこしだけ上げて笑うと、黒い布に包まれた腕を伸ばした。
「握手をしよう。握手と言うのだろう? 手を握り合うことを」
僕はドキドキする胸を押さえ、おずおずと手を……なんてことはなく、俺はバタンと部屋のドアを閉めた。だってそうだろ。不審者だ。完全に猛暑で狂った若い女がいる。そこそこ美人だとは思うし、年齢も、十六の俺と似たようなもんだろうが、危険人物には変わりない。
警察を呼ぶか。それとも自分で追い出すか。
判断は早かった。俺はもう一度ドアを開け、言い放った。
「出てけ。窓から投げ落とすぞ、変態」
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