最終話 未来(あす)の光
高く澄んだ青空で、丸い太陽が微笑みを浮かべている。涼しい風に髪を撫でられると、秋の訪れと「今日で夏休みも終わりかぁ」という哀愁を感じる。今年の夏は短かった。いや、あっという間だったのか。目が回るほど、いろんなことがあったからな。本当に、いろんなことが。
「『明日から学校なんて嫌だ~!』って顔ね、俊ちゃん」
隣を歩く葵ねぇに、顔を覗かれる。
「え、俺そんな顔してた!?」
「のっぺりとした表情だったわ。ま、そんな俊ちゃんもカッコいいけどね♪」
「のっぺり」
って、なんだ?
「俊ちゃん、やっぱりお弁当重いでしょう? お姉ちゃんが持つの代わるよ」
「平気だよこれくらい。そのぶん、葵ねぇはレジャーシートをしっかり護衛してね」
「……わかった。お姉ちゃん、死力を尽くしてレジャーシートを運ぶね」
「覚悟が強い」
人の流れに乗って道を進む。目的地はすぐそこだ。
「おーい、センパーイ!!!」
人混みを物ともしない声が、俺を呼んだ。この光線のようにまっすぐな黄色い声の主は──
「センパイ、おはようございます!」
「おはよう香澄。相変わらず早いな」
「遊ぶの楽しみで、一番乗りで来ちゃいました」
敬礼する香澄。
「その服、よく似合ってるな」
「えへへ、センパイが選んでくれた服ですから、たくさん着てますよ」
香澄が水色のワンピースをはためかせる。先日、誕生日プレゼントとして買ってあげたものだ。
「こんにちは、久我さん」
葵ねぇが香澄に声をかけた。
「……」
香澄は無言のまま葵ねぇを直視している。マズい、一触即発の危機か!?
「……こん、にちは」
すると香澄が、目を逸らして小さな声で挨拶を返した。「人見知りの子どもかよ!」とツッコみたいところだったが、これは大きな進歩だ。この二人は特に仲が悪かったから不安だったけど、大丈夫そうだな。
「俊ちゃんから服をプレゼントしてもらえるなんて羨ましいわ。まあ私も、これまでに何度も俊ちゃんとプレゼントを交換してきたけどね」
「どんなプレゼントよりも、この服が一番センパイの愛が詰まってます。だからそんなに張り合わなくて平気ですよ、元会長」
……大丈夫だよな?
「すみません、遅くなってしまいましたっ」
そこへ、最後のメンバーが到着した。
「おはようみどりちゃん」
「お、おはようございます、俊くん。お待たせしてしまって、すみません」
「待ってないよ、俺もいま着いたところだから」
「そうでしたか。少し、ホッとしました」
胸を撫で下ろすみどりちゃん。彼女は純白のシャツに身を包み、健康的な肌を露出させていた。左手首の包帯も、もうない。そういえば、みどりちゃんと会うのはちょっと久々な気がする。
「久々に俊くんに会えて……う、嬉しいです」
「うん、俺もだよ」
同じことを思っていたようだ。
「よし、全員揃ったところで、早速中に入ろうか」
「いえーい!」
そう。俺たちが今日こうして集まったのは
「いやー、ボク動物園なんてはじめてです!」
「……私も、です」
入園券を手にしながら、香澄とみどりちゃんが言う。
「ごめんな、香澄。動物園だって、決して安くないのに」
「平気ですよ。ボクってば、もうすっかり大富豪ですから。アフリカゾウだって買えちゃいますよ!」
「石油王万歳\(^o^)/」
つい先日、香澄はアルバイトを始めた。生活費の確保と社会勉強のために、自ら進んで応募したそうだ。その自動車と肩を並べるほどの脚力と無尽蔵のスタミナから、早くもデリバリー業界をざわつかせているらしい。
「お姉ちゃんも楽しみだわ。にぎやかな一日になりそうで」
楽しみ──その一言が聞けただけで、俺は本望だ。
「うん、みんなで楽しもう!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うおー! キリンだ!」
園内に声が響く。
「香澄、ハイテンションだな」
「だってボク、キリンなんてはじめましてですもん!」
「たしかに、普段お目に掛かれない子たちばかりだから、お姉ちゃんもワクワクするわ」
「私も、です」
「いいなー。ボクもあれだけスタイル抜群だったら、ファッションショーとか楽勝なのに」
「あの体格のモデルが登場したら逆にちょっと怖いぞ」
「あ、あっちはアフリカゾウよ」
「ボクのペット候補ですね」
「動物園でそういう楽しみ方をするな! ていうか、ゾウを飼うとか無理だから」
「アフリカゾウってかなり凶暴ですしね」
「水蓮寺さん、詳しいのね」
「家が所有していましたから」
「所有!?」
談笑を交えながら、順調に園内を回る俺たち。
「お、サル山だ」
「ウキー、ウキキキー!」
「こら香澄、鳴き声で対抗するな!」
「あそこにいるサル、ちょっと俊くんに似てます」
「え、どれかしら?」
「あの、頂上でロボットダンスしてる子です」
「ホントだ! あの腕の角度、センパイのフォームそっくりです!」
「キリっとした目付きとか、俊ちゃんほどじゃないけど勇ましいわ♪」
「お尻にホクロがあるのも、俊くんと一緒ですよね」
「「うんうん」」
「俺とサルを重ね合わせるな! ていうか、なんでみんな俺のホクロの位置なんか知ってんだよ!?」
こんな感じで振り回されっぱなしな一日。それでも、3人が言葉を交わしていることがなによりも嬉しかった。
「お姉ちゃん、ちょっと喉渇いたから、飲み物でも買ってこようかな」
「あ、私も」
「じゃあ二人で買いに行きましょうか。俊ちゃんたちは?」
「俺はここで待ってるよ」
「ボクも」
ということで、葵ねぇとみどりちゃんが買い物へ。
「センパーイ、楽しいですね動物園」
香澄がにこにこ笑顔で言う。
「それはよかった。誘った甲斐があったってもんだ」
「夏休みの後半は部活漬けでしたから、息抜きになりました」
あの日──正確に言えば香澄の誕生日だ──以降、俺と香澄は欠かさず部活に出席している。香澄との約束だし、彼女と触れ合える貴重な機会だからな。
「最近、部活頑張ってるな、香澄」
「失敬な。ボクは太古の昔から部活とセンパイ一筋ですよプンプン」
「いやそれ一筋じゃないじゃん。って、そうじゃなくて、さらに熱心に取り組むようになったなって」
「まあ、ボク世界一になる予定なんで、それくらいはねえ」
「え」
「?」
「え、世界一って、世界一?」
「そうですよ」
「なんの世界一? 格闘技とか?」
「陸上に決まってるじゃないですか!」
「えええええええええええええええ!!!???」
俺の声に、動物たちが一斉に振り返った。
「おいそんなの初耳だぞ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうだよ。ったく、驚愕で変な汗が出たぜ」
動物たちに心の中で「ごめんなさい」と両手を合わせる。
「……で、なんだって急に、そんなことを?」
「そりゃあ、センパイにフられたからです」
「ぐはっ……!」
「っていうのは半分ジョークです」
「半分はマジなんじゃねぇか」
「ボクって、思えば陸上以外に取り得ないじゃないですか。そもそも、陸上以外に熱を向けられるものもないですし」
「香澄なら、スポーツ全般いけそうだけどな」
「で、ふと思いました。ボクたぶん、普通の生き方できないなって。社会に出て働く能力なんて、ボクにありません。だったら、好きなこと、得意なことで生活しようって。そういう感じのストーリーです」
「そうだったのか……」
驚いた。香澄が陸上で世界を目指すということに対してもだが、彼女がそこまで自分を
「全力で応援するよ、香澄の夢。ま、俺がでしゃばるヒマもなく、あっという間に世界を制覇してそうだけどな」
「そんなことないですよぅ。ボクの動力源はセンパイなんですから」
香澄が頬を膨らます。なんだかリスみたいだ。
「……センパイが応援してくれるって聞いて、嬉しいです。ボク、本気で世界一になるんで、見守っていてくださいね」
「ああ。“センパイ”としてな」
「お待たせ、二人とも」
香澄との話が一段落したところで、葵ねぇとみどりちゃんが戻ってきた。
「はいこれ、俊ちゃんのぶん」
「え、俺のぶんも買ってきてくれたの?」
「それから……はい、久我さんのぶん」
葵ねぇがペットボトルを差し出す。
「ぼ、ボクのぶんまで……?」
葵ねぇがうなずく。香澄が、おずおずと手を伸ばす。
「ありがとう、ございます」
香澄がそのペットボトルを、大事そうに抱えた。
「さてと、じゃあ次に行こうか」
「……はい!」
「へー。この動物園、ペンギンもいるのね」
葵ねぇが看板を見て言った。そこには「ペンギンコーナー」の文字が。
「でもこれ、別にチケットを購入する必要があるみたいですね」
香澄が言う。
「せっかくだし、みんなで入ろうか。俺、チケット買ってくる」
「あ、俊くん。私も、ご一緒しますっ」
「みどりちゃん……わかった、じゃあ一緒に行こう」
「お願いね、二人とも」
「は、はい」
俺とみどりちゃんはその場を離れ、チケットの売り場に向かった。
「おー、結構人気なんだな」
「これは、少し待ちそうですね」
みどりちゃんと列に並ぶ──ネオ・アキバランドでの一幕を思い出す。
「だ、大丈夫ですよ。もう変なことしませんからっ」
「え、あ、いや、そんなつもりはなかったんだけど」
もしかして、顔に出てたのだろうか。
みどりちゃんと二人きりで話すのは、水蓮寺家に殴り込んだ日以来だ。今も我が家の隣に住んでいるから、姿を見る機会は何度かあったが。
「……えっと」
みどりちゃんも、久々の会話で距離感がつかめずにいるのだろうか。
「最近はどう?」
行き詰った末、俺はクソみたいな質問を繰り出してしまった。これじゃあみどりちゃんを困らせてしまうじゃないか。
「そのっ、ちょっとずつ、頑張ってます」
「そうなんだ」
ほら、あっさりと会話が終わってしまった。なにか手頃な話題は……
「……実は私、アルバイトを始めたんです」
頭を悩ませていた刹那、みどりちゃんが切り出した。
「ほ、本当に?」
「はい」
びっくりした。あまりに意外だったから。
「私、家と縁を切ったので、金銭面も自分で工面しなくちゃいけなくて」
「おこづかいとか、生活費も?」
「もちろんです」
思わず顔をしかめた。それはあまりにも過酷じゃないか? 親がいない香澄と違って、みどりちゃんには
「自分で決めたことですから、後悔なんてまったくありません。いずれは社会人になって一人で暮らすんです、それが早まったと考えれば受け入れるのも簡単です。……だから俊くん、そんなに鼻水を垂らさないでください」
「ご、ごめん」
「一人暮らしは大変ですが、マイペースに時間を使えるので、私は好きなんです」
「そっか。なにか困ったことがあれば、遠慮なく言ってね。お隣さんなんだから」
「はい、ありがとうございます」
みどりちゃんが微笑む。お互い、やっと前の感覚を取り戻せたようだ。
「それで、あの……バイト先で、お友達もできたんです」
「……!」
はにかんだ仕草で、彼女はそう言った。
「いつまでも
「そっか……そっかそっかそっか!」
みどりちゃんの変化が、自分のことのように嬉しかった。
「俊くんに教わったことが、たくさん私を助けてくれました」
「俺、なにか教えたっけ?」
「うふふ。俊くんとの交流は、全部私の財産です。俊くんだけが、私と真正面から向き合ってくれた方ですから。私は、俊くんと接しながら、他人との付き合い方を覚えていったんです」
「自覚はないけど、お役に立てたようで光栄だ」
「そ、それで、ですね。夏休みが明けたら、クラスメイトにも積極的に声をかけてみようかなって思ってるんですけど……私、できるでしょうか?」
「絶対にできるさ。みどりちゃんはもう、昔のみどりちゃんじゃないから。それに、なにかあれば、俺もサポートする」
「俊くん……ありがとうございます」
そこでちょうど、前に並んでいた親子がチケットを買い終え、俺たちの番が来た。4人分のチケットを購入し、葵ねぇたちの元へ向かう。
「でも俊くん、これだけは忘れないでいてくださいね」
「うん?」
来た道を引き返していると、不意にみどりちゃんが開口した。
「この先どんなにお友達が増えても、私の一番のお友達は、永遠に俊くんですよ」
「……ああ、末永くよろしく!」
「おかえりなさい、二人とも」
「お待たせ、葵ねぇ、香澄。はいこれチケット」
「ありがとうございまーす!」
「それじゃあ、お楽しみのペンギンコーナーといこうか」
「あ、待ってください俊くん。これ、二人ずつ入る決まりみたいです」
「え、そうなの? うーん、どうしようか」
「なら、センパイたち二人で見て回ってください」
香澄が、俺と葵ねぇに向かって言った。
「そうですね、姉弟水入らずです」
みどりちゃんも続く。
「あっと……じゃあ、そうする?」
「ここはお言葉に甘えちゃいましょうか、俊ちゃん」
葵ねぇと一緒に、ペンギンコーナーに足を踏み入れる。建物の中はなかなか涼しかった。
「あ、俊ちゃん、ペンギンさんよ!」
「ホントだ。かゎぃぃな」
「癒されるわね。お姉ちゃん、はじめて生でペンギン見た」
「あれ、そうだっけ?」
「うん。子どもの頃、俊ちゃんから動物園に遊びに行ったときの話を聞いて、いろいろ妄想してたわ。意外と大きいのね」
「じゃあ今日はペンギン記念日だ」
「カバ記念日でもゴリラ記念日でもあるわね」
俺たちは、他愛もない会話を楽しんでいた。普段から家でたくさんしゃべっているのに、話が弾む。姉弟とは不思議な関係だ。
「夏休み最終日に素敵な思い出ができて、嬉しいな」
葵ねぇがぽつりとこぼす。
「気持ちはわかるけど、なんかしみじみとしてるね」
「だって、お姉ちゃんは今日が学園生活最後の夏休みよ」
「あ、そっか」
「もう、忘れてたの? お姉ちゃん、あと半年ちょっとで卒業よ」
「なんか、全然実感ないな」
でもそうか、葵ねぇとこうして外で遊べる時間も、限られてるってことか。
「そういえば葵ねぇ、進路は決まったの?」
何気なく質問すると、葵ねぇはペンギンのほうへ視線を移した。
「お姉ちゃんね、地方の大学で、天文学を勉強したいなって」
「え……」
驚きからか、それともショックからか。俺はうまく言葉を返すことができなかった。
「は、初耳なんだけど」
「ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど、お姉ちゃん自身もまだ、漠然としていて。それで、言い出せなかったの」
「そう、なんだ……」
いきなりの告白に気持ちが慌ただしい。なにより一番衝撃的だったのは──
「地方ってことは……家を出る、んだよね?」
「そうね。天文学部のある大学って、少ないのよ」
「そっか……」
いつかはお互い家を離れるときが来る──わかってはいたけど、まさかその瞬間が、こんなに早く訪れるなんて。
「俊ちゃん、暗い顔してる」
「え? あ、ごめんっ」
「寂しいって、思ってくれてるのかな?」
「そりゃあそうだよ。あまりに突然だったから……」
「うん、お姉ちゃんも寂しい。でも、俊ちゃんに
「う……叱るってのは」
「ふふっ、ごめんなさい、ちょっと意地悪だったかしら。でも、考えが改まったというのは本当よ。お姉ちゃんにとっても、この決断は簡単じゃなかったけど……でも、俊ちゃんが言ってくれた。『離れていても、俺たちは姉弟だぜ』って」
「そこまでカッコつけてない」
「だったら、お姉ちゃんも好きな道を進んでみようかなって」
「葵ねぇ……」
そうだ。これは葵ねぇが自分で選択した、前向きな道だ。だったら俺は、弟として彼女の歩みを見守ろう。
「まあ、すぐに家を出るわけじゃないし、大学を卒業したら戻ってくるだろうし、そもそも大学に合格しなくちゃいけないからね」
「葵ねぇなら900%合格する」
「だから俊ちゃん……お姉ちゃんが学園を卒業するまで、たくさん思い出作ろうね」
「うん、葵ねぇ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お腹、空きました」
ペンギンコーナーを抜けた一秒後、香澄が言った。
「なんでちょっと不機嫌そうなんだ」
「空腹だからです」
「子どもか!」
「私も、少し小腹が減ったかもです」
「そうね。ちょうど12時だし、お昼にしましょうか」
「やったー!」
「そういえば俊くん、昼食を用意する必要ないっておっしゃってましたけど……」
「ああ、俺と葵ねぇで弁当を作ったんだ。それをみんなでシェアしよう」
「ピクニックみたいですね! うおー、燃えてきた!」
「腹減ってたんじゃないのかよ」
「さ、移動しましょうか」
それから数分歩いて、俺たちは園内の広場に到着した。
「レジャーシート敷くの、手伝います」
「センパイ、お皿と箸、並べちゃいますね」
皆で協力しながら、準備を進める。
「それじゃあセンパイ、乾杯の音頭をお願いします」
「KAMPAAAAAI!」
「あ、もっと普通で大丈夫です」
「それじゃあ両手を合わせて、いただきます」
「「「いただきます!!!」」」
穏やかな緑の中、動物たちの声をBGMに、のどかな時間を過ごす。たまに吹くそよ風が背の低い草を揺らすと、なぜか春に戻ったような気分になった。
「この唐揚げ、めちゃうまです」
「こっちの卵焼きも美味です」
「それは俊ちゃんが朝から20分かけて作った渾身の力作よ」
「う、うるさいっ。俺は絶賛成長期なんだ」
皆の笑い声が共鳴する。まさか本当にこんな日が訪れるとは、夢にも思わなかった。
「……私たち、最初からこうすることができていれば、よかったのにね」
唐突に、葵ねぇがぽつりとつぶやいた。
「っと、ごめんなさい、変なこと言って。さあみんな、食べて食べて」
少しだけぎこちない空気が流れた。これは、無理にでも話題を変えるべきか。
「……私も、そう思います。こんなに楽しいなら、もっと早くに気づくべきだったって」
「みどりちゃん……」
「そうですね。ボクもいま、楽しいです」
3人が遠い目を浮かべる。それは、悲しみや後悔というよりは、慈悲のような色をしていた。過ちを犯した過去の自分を、憐れむような瞳。
「俺はそれでも、よかったと思う。お互いたくさん間違えてきたけど、こうして笑い合える日が来たんだから」
「俊ちゃん……」
「なんだか、傷つけ合っていた日々がバカみたいです」
みどりちゃんが言う。
「これからやり直せばいいんです」
「そうね。失敗を乗り越えて、ここから始めましょう。私たち3人で」
彼女たちが一斉に笑顔になった。うん、もう大丈夫そうだ。
「それを私たちに気づかせてくれた俊くんには、感謝してもしきれません」
「そうね。これからたくさん、俊ちゃんにありがとうしなきゃね」
「ということでセンパイ、唐揚げどうぞ!」
「むががががが! 喉に詰まるから一気に押し込むな!」
再び笑い声が響く。本当に、本当によかった。彼女たちが仲直りできて。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、楽しかったですね!」
「はい。動物園、たくさん堪能できました」
薄い青に染まった道を、
「さてと」
香澄が歩みを止める。
「ボクはここでお別れです」
その一言が、妙に心に残った。明日もまた会えるのに、どういうわけか名残惜しい。
「それじゃあみなさん、バイバーイ!」
「「さようなら」」
「またな、香澄」
「明日の部活で会いましょう、センパイ!」
「ああ」
香澄がその場から走り去る。時々振り返って手を振る彼女を、俺たち3人は最後まで見届けた。
「元気ですね、久我さんは」
「あの若さが羨ましいぜ」
「あら、それだとお姉ちゃんはすっかりおばさんね」
「そういう意味で言ってないから!」
3人でとりとめのない言葉を交わしていると、ほどなくして我が家の前に着いた。みどりちゃんとも、ここでお別れだ。
「今日は楽しかったです。誘っていただき、ありがとうございました」
「そんなに
「……はい。また、遊びましょうっ」
「それじゃあ、またね」
「さようなら、水蓮寺さん」
「はい、また明日!」
みどりちゃんは一礼すると、家の中へ姿を消した。
「さあ、お姉ちゃんたちも帰ろうか……あら?」
葵ねぇが足を止める。
「どうしたの、葵ねぇ?」
彼女の視線の先をたどる。
「おう、紅じゃねぇか」
そこには、こちらを向いて
「……お姉ちゃん、先に帰ってるね」
「え? あ、葵ねぇ?」
「美味しいご飯作って待ってるから、今日も一緒に食べようね、俊ちゃん」
「う、うん」
そう言い残すと、葵ねぇはあっさりと帰ってしまった。なんだなんだ?
「全部終わったのね、俊」
紅がようやく口を開いた。「ようやく」と感じるほどに、どこか改まった態度だった。
「終わったって、なにが?」
「彼女たちとのこと」
「あぁ……」
紅の言わんとしていることが、なんとなく伝わった。
そうか。すべて終わったのか。彼女たちに傷つけられる日々も、彼女たちが傷つけ合う日々も、全部終わったのか。
そんな実感、まったくなかった。がむしゃらに夜の中を突っ走ってたら、いつの間にか日が昇っていたみたいだ。
「全部、終わった」
「……そう」
黒く染まりかけた空を見上げて、ふと思う。これはきっと、ハッピーエンドだ。
恋愛とはなにか。正しい人の愛し方とはなにか。その答えはわからない。けど少なくとも、彼女たちは間違っていた。あんな
でも、間違えたから終わりじゃない。人は誰しも、間違えながら成長する生き物だ。自分の過ちを認め、反省し、変わろうと踏み出した彼女たちは、きっと明るい未来を手に入れるだろう。
そういう意味では、これはハッピーエンドであると同時に、新しいスタートの始まりでもあるのかもしれない。
「……やっと、終わったのね」
紅が、こちらに歩み寄ってくる。一歩一歩を、踏みしめるみたいに。
「やっと、やっとやっとやっと」
「……紅?」
彼女が、俺の目の前で停止した。前髪に隠れて、表情がうまく見て取れない。
「この瞬間を、どれだけ待ち侘びたことか」
その声は低かった。
「ようやく、アタシが──」
その手は震えていた。
「くれな──」
彼女の名前を言い切ることができなかった。
どうしてだろう。どうして声が出ないのだろう。
どうして。どうして空がこんなに暗いのだろう。
どうして。どうして腹がこんなに熱いのだろう。
どうして。どうして俺の身体は、真っ赤になっているんだろう。
「──アタシが俊を独り占め♡」
鈍い風が、紅の前髪を揺らす。
その瞳は、真っ暗だった──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
晩夏──。
冷房の無味乾燥な風が、少女の金髪を撫でる。
「やっと手に入れた……」
彼女の視線の先には、少年の姿。黒い髪と、永遠に真ん丸な瞳を兼ね備えたそれは、くたくたの肢体でぴくりともせずに少女に微笑みかけている。
「やっと手に入れた、愛しの……」
「愛しの俊」
ハイライトが行方不明です。 あーる @initialR0514
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