第9話 この世界の現状と

「では、行ってまいります」


「頼みます」


「お気をつけて」


 新たに結成された国外警備騎士団。今日は彼らが出立する日だった。


「必ずや、この国を守って見せます。我々騎士は誇りを胸に!」


「誇りを胸に!」


 ティムの合図に、三十人の騎士が声を揃えた。国外警備騎士団は、団長のティムを筆頭にこの国でも腕利きの人物が揃えられていた。統率の取れた動きに隙のない所作が、彼らの力と誇りを示す。その引き締まった顔つきを一人として忘れないよう、私は静かに彼らを見送った。


 国外警備騎士団が設立され、出立の日程を知ったのが昨日のこと。これまでの経緯を尋ねた私に、ライオットはあっさり全てを話してくれたが、その内容は決して軽いものではなかった。


「この日が来ることは、ずっと前から分かっていましたから。ただその役割を担うのが私たちになっただけです」


 彼らが相手をするのは人ではない。それは世界共通の脅威。この世界の全ての生命が滅びへ向かう、そのきっかけであり産物だった。


 気というものがある。それはこの世界を満たす目に見えないものであり、その性質によって様々な名前を与えられていた。

 幸せな人の周りには祝福の気が溢れ、悲しみにくれる人には悲哀の気が寄り添っている。快活の気に満ちた場所では、普段以上の力を発揮することができると知られ、静寂の気に満ちた場所では誰もが自然と眠くなってしまうといわれている。


 それらの中に数十年前に加わったものが、魔の気だった。


 魔の気は生き物を狂わせる。長期間、魔の気に晒された生き物は理性を失い、何段階にも進化した体は簡単に命を奪うことができた。

 その生き物について分かっていることは、それらは本能として魔の気に染まっていない生き物への狩りを行うということ。そしてその狩りで失われた命は、彼らの生きるための糧となるわけではないということ。総称として魔獣と呼んでいるが、その生態はほとんど解明できていないということ。


「多くの人が亡くなりました。人だけではなく様々な生き物が、その住処を奪われ絶滅へと追いやられました。それも魔獣が現れて、たった数年のうちの出来事です」


「その魔獣たちが、国の周りで見かけられるようになったということですか? ですが彼らの姿を見た者は、誰一人として生きて帰ることはできないと――」


 魔獣を見たことがないからこそ、私たちは今も生きていられる。魔獣の情報が少ないのも、その圧倒的な力に為す術が無かったから。

 そんな情報がどこから回ってきたのか。情報が回ってくるほどに、既にこの国の周りは――。


「考えている通りの状況でしょう」


 ライオットの言葉に、私は息を飲んだ。その状況を考えたくなどない。しかし思い浮かぶのはその一つの結果だけ。ほかの可能性など想像できないほどに、その運命の道は盤石に補強されているようだった。


「すでに何人もの行方不明者が出ています。元の形を判別することのできない亡骸も見つかっています。私たちは……彼らに後手に回るしかないようです」


「それは……」


 仕方がないことだと、ここで割り切ってしまっていいものだろうか。ほとんど城の中にしかいない、戦いもろくにできない私のような人間が、最前線で戦ってきた彼にそのような言葉で慰める資格などあるのだろうか。


「ですがこれは、私たちに与えられた使命なのかもしれません」


「使命……ですか?」


「はい。今まで虐げられてきたからこそ、これ以上を許してはならない。私たちには、平穏な世界を取り戻す責任があると」


 ライオットの瞳は明るい未来を捉え、決して諦めてなどいなかった。私に慰める資格などない。彼は誰かに慰められるほど弱くもなければ、逆に未来を見失った人々に導きの光を掲げられるほどに輝く人物だった。私のように目の当たりにした現実に光を見失い、己の立場の責任も忘れてしまうような人間が口を出せる人ではなかった。


「残念ながら私が行くことは反対されましたが、ティムならばきっといい報告を持ち帰ってくれるでしょう」


「はい。……私も、彼を信じております」


 信じることしかできない。ライオットが示す未来を。彼の後ろに続く騎士たちの力を。


 魔獣の力は圧倒的で、これまで人間は一度として勝てた試しがない。過去の人々が辿った運命を、今回も辿ることになるのかもしれない。もうこの国が最期を迎えるまで、そう時間は残されていないのかもしれない。


 払拭することのできない考えから目をそらすために、私が行っているのは信仰に近いものではないだろうか。ライオットという人物を万能な人間としてまつり上げ、ただその恩恵を受け取るだけ。

 女王として彼と同じような立場でいなければならないはずなのに、私にはそれができなかった。自分にもその正しい在り方が分からなくなってしまった。

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