第4話 訃報
「レイ様! 至急、エイデン様のお部屋までお越しください!」
王位継承の儀を終えて数日。執務室へ駈け込んできた使用人の言葉を聞いてすぐ、私はその意味を理解することができた。
「お父様……」
とっくに限界を超えていた。やせ細った体で辛そうにしていたのに、今では安らかな表情で眠っている。長く苦しませてしまった身としては、その様子に少し救われたような気がした。
「レイ様……」
お父様の話を聞きつけて、ライオットた宰相、その他多くの使用人が部屋を訪れた。この国の窮地を乗り越えるため、隣に立って古くから支えてくれた者。自分にも何かできることはないかと新たに志願してくれた者。
彼らの存在が、お父様が教えてくれた王家としての在り方を何よりも正しかったと証明してくれた。そしてその後を継ぐ私たちに、その道を導いてくれた。
「立派な方でした……。安らかにお眠りください」
静かに涙を流していた者も、私の言葉を聞いて声を抑えられなくなっていた。今この時、この部屋は世界で一番悲しい部屋となり、同時に一番の幸福を示す部屋となった。
「国民への公示はどうなっていますか?」
「順次行われております」
その死を看取って数時間と経っていない。気分の落ち着いた者から通常業務へと戻り、私は使用人たちに指示を出していた。
「追悼の機会の準備も、よろしくお願いいたします」
お父様が亡くなったことを悲しむのは、城に従事している者だけではない。彼が国民を愛していたように、国民も彼を愛していた。彼らにも、その死を悼む場が必要だった。
「レイ様……」
「国王様。いかがされましたか?」
眉尻を下げたまま、ライオットは私の元へやって来た。
「あとの業務は私が引き継ぎます。レイ様はお休みになられてください」
「いえ……」
ライオットの思いがけない提案に驚いて、私は少し言葉に詰まってしまった。
「私は大丈夫です。国王様もまだ業務を学ばれておられないでしょう? 私は手が離せないので、申し訳ありませんがほかの方に付いてもらってください」
幼少から国王になることが決まっていたわけでもなく、選ばれたのは数日前のこと。業務についてほぼ学んでいない彼に、この忙しい状況を任せることはできない。王女として生きてきた私が、この役目を果たすべきだった。
「確かに、私では力不足かもしれませんが……。しかし、レイ様のお父上が亡くなられたのです。あなたが無理をする必要はないでしょう?」
「お気遣いは感謝いたします。ですが私は無理などしておりません。それにこのような状況を何度も経験してきた王家の身として、人手の足りない今、私が抜けるわけにはいきませんから」
「それは……」
理想と現実は、必ずしも一致するわけではない。ライオットが私を休ませようとする気持ちは理解できても、それが実現できる状況ではなかった。
「国王様。女王様。お話のところ失礼いたします」
ライオットが何も言えなくなったところで、宰相が口を挟んだ。
「女王様。国王様には私共がついております。業務についてはご心配なさらず、今日はお休みになられて下さい」
「…………」
それまでライオットとの会話と告別式の業務に集中していたため、周りにいた人たちが私に注目していることに気づかなかった。誰もが自分の業務を手に、私の宰相への返事に耳を傾ける。
「ですが……」
どの瞳も不安そうに揺らいでいる。それはお父様が亡くなったことによるものだけではない。私に対しての信頼が、お父様に劣っているということなのだろう。
「レイ様。後は私たちにお任せください」
「……分かりました。お気遣い感謝いたします」
国王様にここまで言わせておいて、もう断ることはできなかった。ここで私が意地を張っても、状況は悪くなるだけだろう。
私はやりかけの仕事を引き継いで、自分の部屋へと戻った。
部屋に辿り着くまでに、私は何度も頭を下げて追悼の言葉への感謝を述べた。誰もが私のことを気の毒だと思い、立場上お父様の死を嘆くことができずにいると言う。それらの言葉に上辺だけの言葉でしか返せないことが、今の私の何よりも苦痛なことだった。
部屋で一人になったところで、私にやることはない。できることがあるとすれば、国民の前に立ったときのシミュレーションくらい。それをずっと考え続けることなどできるはずがなく、私は守護騎士の亡骸の隣に座ってぼーっと意識を惑わせた。
きっと私のことを思っての配慮だったのだろう。お父様の死に悲しむはずの私が、忙しさのせいで悲しむことができないのだと。だがそれは間違いでしかなかった。
「暇ね……」
お父様が近いうちに亡くなることは分かりきっていた。だから多くのことを話し、後悔の無いように毎日を過ごしてきた。
「恨んでいる相手に、返事なんてするはずがない……か……」
もう動くことのない鎧の山。たとえ彼が生きていたとしても、返事など聞けるはずがない。これまで一度だって、その声を聞いたことがなかったのだから。
「あなたを殺した日は泣けたのに、お父様が亡くなった日は泣けないだなんて。もしかして私は、相当薄情な人間だったのかしら」
あんなに泣きじゃくった過去が嘘であるのように、涙が出る気配は少しもない。こんな人間だから、国民の信頼を得られないのだろう。お父様のようになれない自分の未来から目を逸らすように、私は瞼をゆっくり下ろした。
忙しく使用人たちが動き回る中で、私は一人じっと動かず、時が過ぎ去っていくのを待った。
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