五話 その2 燃料切れと逆恨み
日の出から始まって数時間。
休憩も録に取ろうとせず、シグは体が動くままに目の前のアイラと特訓もとい扱きを受けていた。
金属の鈍い音が空を斬る。
そろそろ太陽が頂点を過ぎ、傾いてきだしたころから当たるかも知れない、と言う不安などとっくに消えていた。
当たらない。
最初こそ下らない不安が絡んで振りかざす刀身がぶれたりもしたが、次第にカスリもしない事実に自棄になり、形振り構わず目の前の相手に向かって突っ込んだ。
「やぁああッ!!」
上段、中段、下段に突き。奇襲。果ては拳や蹴りを織り混ぜ組み込み策を講じては試してを繰り返すが、それでも鈍く煌めく刀身は髪の毛一本だって斬ることはなかった。
「ここ」
「あぐっ!?」
大きな隙が生まれては知ってるかのように、全て的確に狙い打たれて木刀が全身の至るところを叩いていく。
その都度グラウが打撲を治し、傷を塞ぎ、血を止める。今日の彼はヒーラーだった。
「しかし、そのタフネスは気味が悪いね。ゾンビかな」
「全力を、出すなら、このぐらいはしないと!」
『……オイシグ。コレ以上ハ危ナイゾ』
「気を付ける!」
何やら不安を含んだ言い方でグラウが呟いた。
それでも攻防戦、いや殆どシグだけが消耗しているだけで、アイラは今なお涼しい顔でシグの攻撃を避けては体の何処かに木刀を打ち付けていた。
「もう一発」
「ウッ!?」
前進からの一撃をさらりとかわされ、すり抜け様背後から諸に重い一撃を受ける。
その勢いのまま、シグは石畳の地面に顔から落ち、滑る。
物陰。
自警団を自称する彼らは、目の前にいる商売敵もとい、自分達を多対一にも関わらず一方的に嬲り殺しにしてくれたシグとグラウの様子を窺っていた。
あの件以来、彼らの団の中での評価は地に落ち、分け前は最少額、アジトに戻れば難癖付けられて雑用やらサンドバッグやらをさせられる羽目になっていた。
そこで、八つ当たりも兼ねてシグとグラウが弱っているところを漬け込んで袋叩きにしたあと、家から金品をかっさらって行こうと言う算段だった。
「アイツ、動きませんね」
「なんか様子が変だ。もう少し見張っておくぞ」
「あい」
擦り傷など瞬きの間に治る、と思っていたのに、顔は熱をもって痛みが走り、妙だと心の中で首を傾げながら立ち上がろうとしたら、今度は全身から力が抜けた。
どうやって転ばしてやろうと躍起になっていた頭からは血液が引いて冷たくなり、視界は暗くなって点滅するようにチカチカと眩む。
手先や爪先から冷たくなり、痺れるように力めなくなり、手から武器がこぼれ落ちてしまいにはその場に崩れ落ちた。
目に写る空は赤みを増している。
何時間剣を振っていただろうか。
呼吸が深く、早くからなるが、体を巡る血液は動こうとしない気がしてくる。
立ち上がろうとしても手足は痙攣して力むことすらままならず、べしゃりと地に倒れる。
「どうしたの? 頑張りすぎた?」
「よく、わからない、ですけど、動けなくて」
やっとの思いで首をひねり、荒い息でなんとか返事をする。
違和感が凄い。
自分の意識が体から離れたような浮遊感すら覚えるほど、体と意識に疲労の差が出ていた。
妙だと思ったアイラはシグの脈と熱を診てみると、その異常さに気がついた。
「冷たい……?」
あれだけ動いてこんな状態にまで陥れば身体は高熱を帯びるはずなのに、シグの体はその逆、死体と思うほど冷たかった。
すると細い触手がシグの首から伸びて、大口を開いて怒鳴った。
『バカヤロウガ! 魔力限界ドコロカ生命力ノ限界マデ消費シヤガッテ!』
耳障りな声で悪態をつくが、その声は小さく、息が荒かった。
「ねぇ、グラウ。これどういう状況?」
『コノ馬鹿ガ滅茶苦茶ナヤリ方スルカラ魔力切レ起コシテ動ケネェンダヨ! シカモ蓄エテタ生命力モ切ラシヤガッタ! トットト補給シネェト枯レテ死ンジマウ!』
焦燥感が滲み出る怪物の声に反してシグは立ち上がることすら困難になっていた。機械的に深い呼吸をするだけの身体に困惑し、どうやって起き上がろうかと考えるが、指の一本すら動かない自分の身体がいよいよ恐ろしく感じた。
「これ、どうしたらいいの?」
一先ず俯せで倒れるシグの身体を仰向きに起こし、羽織っていた上着を無造作に被せる。
『魔晶石ダ。アレサエアレバ何トカナル』
「でもそんなの普通持ち歩かないわよ」
『テメェガ乗ッテキタアレノ中身ハ喰エルト思ウガ?』
「起爆性に変わってるんだけどアレ」
『⋯⋯遠慮スル』
ふたりの問答にかすれた声でシグが割って入る。
「それなら、ボクの家に、魔晶石が、あります」
シグの言葉に振り向いた二人は振り向いた。
横になったままのシグにアイラは駆け寄り、大まかな家の場所を聞く。
シグは短い言葉を紡ぎながらアイラに家の場所と魔晶石の在処を伝えると一言「お願いします」と伝えて目を伏せる。
「すぐに戻るから、死なないでね」
「なるべく気を付けますー……」
魔動二輪車に跨がってエンジンを吹かし、あっという間にいなくなったアイラを出来る限り見送り、静かになった廃墟の広場にシグは空を見上げて呼吸を整える。
「ねぇグラウ」
『ナンダ。消費シタクネェカラアンマリ喋ルナ』
「なんでボク倒れちゃったの?」
『オ前、分カラナカッタノカ?』
「まぁ、うん。えへへ……」
苦笑いを浮かべるシグに対して、グラウは呆れて大きなため息を吐き出した。『何カラ話スカ……』とぶつぶつ言いながら、グラウは心底面倒くさそうにシグに説明をしてやる。
『マズ、オ前ガ死ニカケテタ時ニ、俺ガ オ前ノ中ニ入ッタロ?』
「うん」
『ソモソモ、俺ガ取リ憑ケルノハ死ンデイルモノカ、武器トカノ物ダケナンダヨ』
「うん、うん? おかしくない?」
グラウの説明に対してシグは疑問を浮かべた。
「それだと、ボクの中に、グラウが、いることに、説明がつかない……」
『アァ、ソレナンダガ』
一拍空けてグラウは声音を変えて続ける。
『今、オ前ノ体ハ死ンデイル状態ニ近イ』
「えぇ……」
その言葉に何も言えなくなる。
『今ノオ前ハ俺ガ居ルカラ生キテイルト言ッテモイイナ』
「ちょ、ちょっと待って。それはどういう……」
『落チ着ケ』
取り乱すシグを静止させ、ゆっくり話す。
『オ前ハアノ時、怪物ドモニ殺サレ掛ケテ死ヌトコダッタ。ソコニ俺ガ憑イタンダガ、タイミングガ悪カッタノカ、オ前ハ瀕死ノママダッタラシクテナ。俺ガ憑イタ後モシブトク生キテイタ。俺ノ魔力ヤ生命力ヲ吸ッテナ』
「なんか、ごめん」
まさか知らず知らずのうちにそんなことになっていたとは。
気付かなかったとは言え申し訳ない。
「それじゃあ、魔晶石を食べてたのは、それが原因?」
『マァ、ソレモアルガ』
「他にあるの?」
『マァナ』
聞いてもいいかと訊ねると、彼は面白くもないが別段嫌でもないと言う風につらつらと答える。
『俺タチ怪物ハ、オ前ラ人間ヲ喰ウダロ』
「うん」
『ソウヤッテ人間カラ生命力ヲ奪ウ、ソウシテ俺タチハ『生キテイル』ンダ』
「それ、他のものじゃダメなの?」
『アァ駄目ダ。煮タリ焼イタリシチマウト生命力ガ抜ケ落チテ駄目ニナッチマウ』
「へぇー……」
『ダカラ怪物ハ人ヲ喰ウンダガ、俺ハアンマリ人間ノ味ハ好キナレナクテナ』
「ふぅん。うん?」
語るグラウの言葉に小さな疑問を抱いたシグは、いつの間にか口を開くのも辛くなっているのに気がつき、どうしようと考えていると、周囲の物陰から見える範囲でも複数人の見たことのある人物が顔を出してきた。
「ようクソガキ。覚えてるか?」
「あなたたちは」
「この前はよくもまぁいたぶってくれたなァおい」
楽しそうに、ねばついた笑み浮かべた男達がこの前と同様、鈍器等の凶器を持って出てきた。
見える範囲で見渡しても、男達は四方八方に囲うように立っている。
シグは動かせない体を無理矢理動かし、アイラに被せてもらった上着を剥いで立ち上がる。
『オイシグ。動クンジャネェ』
「でも、このままじゃ、駄目でしょ……」
立ち上がるだけでも息が上がる。体が重たい。目眩がする。腕は震えるし足腰に力が入らない。
やっとの思いで立ち上がったシグの前に、集団の一人が近づいてきて徐に殴る。
「ぐッ」
木偶人形のように倒れたシグはまた立とうとしたが、男は追い討ちをかけるように横っ腹に蹴りを入れる。
「お前のせいでよぉ、俺達は散々な目にあったんだ」
ぼやきながら、男達はシグに集まり、鬱憤を晴らしたいが為に、誰も彼も目の前の少年に向かって手を、足を鈍器を振るう。
「チーム内でも居場所がない。今まで積み上げてきた地位も無くなった。分け前も減った」
痣や出血が止まらない。
魔力切れのせいで傷が塞がらず、時折鈍い音が体内に響いては鈍痛がその箇所から頭に向かって突き刺さるが、それすらどうしようもなくシグはされるがままだった。
「てめぇが渋いからよぉ、俺達がこうやって苦労してんだよ」
「そんなの、じらない……」
「まだそんな口きいてんのか」
地に手を這わせ立ち上がろうとしたらまたも殴られて転げる。
それでも立とうと軋む全身に力を込めようとして、意識が身体の外側に出るような、空回りした感覚がした。
グラウに身体の主導権を奪われたようだった。
剥離した意識の向こうで全身にグラウの作る膜が、斑に覆うように張り付く。
『クソガ、傷ガ広ガルジャネェカヨ……』
この口調ぶりからして大分苛立っているようで、体表の膜が時折脈打っている。
その様子を幡多から見ていた男達は気味悪がって一度後退りをしたものの、リーダー各の男が一喝して取り持った。
「お前ら怯むんじゃねぇ! 今のコイツは手負いだ。今ここでこいつをぶち殺せば俺達はまたのしあがれる!」
その言葉に皆体を奮い起こし、殺意を孕ませた視線を一斉にグラウに向けて放つ。
『……ドイツモコイツモ死ニテェラシイナ』
しかしそれ以上にグラウは男達に向けて憤りをみせていた。
少しずつ蓄えていた魔力と生命力を底付くまでシグに消費され、そうして動けなくなったところに以前蹴散らした輩が叩きにきて、さらに消費を追い込まれてしまい、もう蓄えが無くなって後がない。
そこで、一つの提案をシグに訊ねた。
『ナァ、シグ』
「(何?)」
『コイツラ、喰ッテイイカ?』
グラウの質問にシグは一瞬迷った。
怪物が人を喰らう。
それはごくごく当たり前だと思っていたが、彼にとってはあまり望んで食べようとは思わないことらしい。
しかし嫌でもしなくてはならない。食べなくてはならないと言う状況で、今自分に聞いたと言う事はそれなりに躊躇っているのではないだろうか。
彼と出会ってまだ日も浅いし、知らないことの方が多い。もし今自分が抱いている言葉はもしかしたらただのエゴかも知れないが、それでも彼が嫌がることをしてほしくはなかった。
「(駄目)」
『……分カった』
彼の言葉を聞いたと同時に、遠くに感じていた意識が完全に離れ、体の主導権をグラウに奪われる。
シグの体は完全にグラウに飲まれ、漆黒の体表は前に比べて小柄で細身になり、節々を伝って延びていた白線は無くなり、胸部に存在感を持った真っ白な円が見えるだけだった。
目に見えて弱体化したと分かる程に小さくなったグラウだが、それでも変わらないのは明らかな敵意だった。
『お前の血、少しだけ貰うぞ』
「(いいよ。……ありがとう、グラウ)」
『うるせェ』
意識が離れて体がどうなっているかは分からないが、恐らく戻ったときには全身傷だらけで貧血になっていることだろう。
『さてお前ら、俺は今物凄く時間が惜しい。だからソッコーで片付けるからな』
「(ねぇグラウ、ちょっといいかな)」
『あー、なんだシグ』
シグは今にも走り出しそうだったグラウを引き留めて提案を告げてみる。
「(今この状態でボクとグラウが入れ替わることって出来るのかな?)」
『お前、何言って……』
「(ちょっとそこどいてみて!)」
『おま、やめろ、止めろォーーーッ!!』
人の形をしたグラウの体が硬直し、痙攣したかと思ったら胸部中央の白円が新月のように輪を成して、シグの全身を覆っていたグラウの膜が部分的に剥がれ、少年の目元が露出した。
「なんか出来たみたい」
『(オ前、無茶サセルンジャネェヨ……)』
自分の体の中から声がする感覚に擽ったさを覚えつつ、神経の剥離した感覚は残るものの、人並み以上に動くようになった体に頼もしさを感じた。
「なんか、いける気がする」
「何をほざいて……」
シグは落ちていた武器を一つ拾い上げ、空に軽く放って直剣だと確認すると刃を持ち、集団の一人に向けて投擲した。
「あだっ!?」
すると見事に柄が当たり、そのまま後ろに倒れる。
だが、以前の通りにはいかないとばかりに男達は少年を包囲して、二人が正面から、左右に一人ずつが挟むように殴りかかる。
シグはまず目の前の二人に向かって走り、挙動がずれたところでダブルラリアットを喰らわしてこかし、彼らが持っていたパイプを右からきた男に投げ、止まった隙にこかした男を左からきた男に投げ飛ばし、倒れたところに乗っかり顎を蹴り抜く。
「凄い、凄く動くよこれ!」
目視で確認出来るだけであと十人前後。
行動は最小限に、しかし迅速に処理しなければならない。
状況、瓦礫に紛れてくノ一女が持ってきた武器の類いがゴロゴロ転がっている。
敵は一定感覚を保って近づかないが、そんなもの迫ればいい。
シグは長槍を足で踏みつけ跳ね上がったそれを掴み、右側に居た一人に向かい走りながら凪ぎ払う。
「あがっ!」
横腹に槍の刀身を横に向けて張り倒し、相手がよろめいたところに鳩尾に膝蹴りを入れる。
長槍を捨てて、今度は鎖鎌を掴混んで引っ張ると金属音を叩き鳴らして片手鎌が飛んでくる。それを振り回して目の前に居た二人に向かって投げ、鎖を巻き付けて引きずり、更に巻いて無力化させる。
「そらっ!」
今度は短刀。軽く扱いやすいが、リーチが短い。
それを近くに居た相手に向かって適当に投げ、怯んだ隙に懐に潜り込み、アッパーカットで意識を刈り取る。
「後は何、にん……?」
突然シグが膝を折って倒れる。
グラウが吸収した血液の力が切れたらしい
シグの殻だに纏わり付いていたグラウの膜が縮むように剥がれて、人の生身が半分以上露出する。
あと半分、どうしてやれなかった。
流石に無理があったか。
「な、なんだ……もうこねぇのか……?」
「散々やってくれたな……」
仕留め損ねた輩がまだ諦めていなかったようで、残った人数で集まってきた。
『(懲リネェ奴等ダナ……)』
どうする。
もう力が出ない。
なんならはったりでもかましてやろうか。
万事休す、どうやって抜け出すかと思考していたシグの頭に、一つの拳大ほどの魔晶石が落ちてきた。
『ナンダ……?』
「ただいま。何がどうしてこうなったの」
振り向くと、いつの間に戻ってきたのか、アイラが麻袋を担いでたっていた。どうやって近づいた。
「な、なんだお前!」
突如として現れた女の姿に、その場にいた全員が驚いていた。
「あいつらは何?」
「ア、アイラさん。どうやってここまで……」
「気配遮断は忍者の基本よ」
『限度ッテモンガアルダロ!』
グラウは受け取った魔晶石を飲み込みながら要領を得ない事を言うアイラに吠えるが、アイラは気にしない風に取り持ってシグに麻袋を投げ渡す。
「それ、あなたの家にあったものと、一応、私が持ってきた物も入ってるから」
「あ、ありがたう、ございます……!」
「早くしてね」
『言ワレナクテモヤッテラァ!』
再度シグに纏われてグラウは大口を開け麻袋の中身を一度に全て飲み込む。短い咀嚼をした末に喉を通り、袋一杯分の魔晶石を飲み込んだグラウの体はそれまで以上に強靭なものに変わった。
背丈が僅かに伸びて筋肉が盛り上がり、節を伝う白線は三本に増える。胸部中央にあった真っ白な円は二重になり、中央に紫色に煌めく結晶が生えた。
『アァー……、生き返った……』
「なんか気持ち悪いのね」
『うるせぇ』
万全以上の状態に戻ったグラウは骨を鳴らしていきり立つ。
「くそ、化け物が復活しやがった……」
「どうする、逃げるか?」
「……まだだ、今逃げるわけにはいかない」
男達は焦っていた様子だったが、リーダー各の男が懐から何かを取り出した。
それは手のひらに乗るぐらいの、小さな魔晶石たった。
「(何する気だろう?)」
「まさか……」
『おいお前、止めろ!』
男は怪しく光る石を躊躇いと一緒に頬張る。
「なぁ、お前ら、人間が魔晶石を摂取すれば何が起きると思う?」
何かを知っているらしいグラウが制止するが、男は止まらない。
その男は躊躇いながらもその魔晶石を先程グラウがやったように口に含み、噛み砕き飲み込んだ。
「魔晶石に含まれているものは何も魔力だけじゃない。怪物が人を喰らって得た生命力が混じっている。元は人間に含まれていたそれを喰らえば、人の体はどうなると思う?」
男の体に異変が起こる。
元々体格のよかった男の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がり、血流の増した血管が浮き出る。それに収まることなく筋は数を増して、体内に渦巻くエネルギーに耐えられるよう、体の構造を加速度的に変えていった。
「これで、お、俺、ハ、モッド、つつ、強グ……!」
体の変化に連れてどんどんと呂律が回らなくなり、目には生気が失われていく。
「何あれ……」
「……怪物は人間の生命力を喰らう。けどね、その生気を取り込んでいるのは怪物じゃなくてその核、石の方」
血走った眼、元の二倍ほどに膨れた巨体。離れているのに鼓動の音が聞こえてきそうな程熱を放ち、肩で息をするその姿にシグは迷宮の怪物を重ねた。
「魔晶石は生命力を糧にして肥大化する。生命力が吸われれば人間は死ぬ、そして体を手に入れる為に石は人間の体を使う」
目の前の人間だったものは、知性のない動物のように暴れ狂い、生気を失った目は虚空を睨んで怪物は吼える。
『あれはもう人間じゃねぇ。人の皮を被った怪物だ。文字通りな』
人の形をした怪物に、シグは哀れみすら感じる。
「(あれってもう人間には戻らないの?)」
『あぁ、もう完全に呑まれてる。助ける義理なんざ無かったが、どっちみちこりゃあ手遅れだ』
「そっか……」
相手は名前も知らない男で、自分を利用しようとして来た輩。助ける義理なんて無い。確かにその通りだ。
だが、怪物に堕ちてしまった以上、ここで倒さねばならない。
「(ねぇ、グラウ。最後までボクにやらせて)」
『どうした』
シグの頼みにグラウは意識を傾けて尋ねる。
「(君に頼りっきりなのはなんか嫌だから)」
『そりゃあ俺が頼りないからか?』
「(ううん、自分の不始末は自分でしたいんだ。いいかな)」
『……よし分かった。じゃあ交代だ』
グラウの膜が全て体の内側に収まり、シグの生身の体が露になる。
足元に転がっていた長柄の直剣を拾って、切先を目の前の巨漢に向けて構える。
「ゥゥウウォォォオオオオオーーーーーッッッ!!!」
雄叫びを上げながら巨漢が突進してくる。
斜め後方に避けて衝突を避けようとするが、あまりの速度と体格の幅でそれでも間一髪なほどだった。
「大きすぎでしょ!?」
『魔力モ体ニ流レテルンダ、人間ヲ相手ニシテルトハ思ワナイ方ガイイゾ』
「滅茶苦茶、だ、ね!」
瓦礫に突っ込んだのに何事もなく這い出てきて視線を向けてくる姿は中々に恐ろしい。
また突撃してくるかと思ったら、今度は助走をつけて跳躍してきた。膨れた筋肉は見た目通りの瞬発力を魅せ、数Mを易々と飛んで上から落ちてきた。
『避ケロッ!』
「うわぁあああっっ!!」
直ぐ様横に飛び退くが、少しかすりそうになった。
重みで多少は傷がついたかと晴れる煙幕から見える巨体を観察するが、傷一つ見当たらなかった。
「ごめんグラウ。あれどうやって倒そう!?」
『知ラネェヨ!』
息巻いて出てきたものの、策もなければ頭もない。
早速行き詰まったので触手の彼に聞いてみると即答で匙を投げられた。
大男は瓦礫を払い除けながらその太い腕を伸ばしてきた。
瞬時に腕の外側に逃げ、すり抜け様に一撃お見舞いしてやる。
「グゥゥッ!」
大男は右手を引っ込め斬られたところを押さえるが、数秒せずに苦痛の表情は消えて正面向いて走ってくる。
『痛ミハ有ルヨウダナ!』
「すぐ治ったけどね!」
生半可な攻撃など意味が無いと悟る。
しかし下手に近づけばあの怪力で捕まり、逃げれば巨体が迫ってくる。止まることのない大男にどうやって切り抜けようと逃げながら考える。
『俺ガ出タ方ガイインジャナイカ?』
「もうちょっと考えさせて!」
助けが欲しいのはそれはもう心の底から願っているが、今の状況を一人で切り抜けられないなら、迷宮の奥に行くことは出来ない。
考えろ。
策を練ろ。
頭を使え。
アイツを倒すことを考えろ。
「ッうぅ!」
シグは逃げる足を止めて反転し、大男に向かって走り出した。
『何スル気ダ!?』
「死んだらごめん、その時はよろしく!」
『ハァッ!?』
剣を握り直す。走りつつ脇に振り絞り、一撃を決めることだけを考える。
瞬間的な速さで距離が縮まり、大男の影を踏む。
大男が走ってくる此方を蹴ろうと踏ん張った瞬間、シグは一瞬立ち止まって大男のタイミングをずらして小さな隙を作る。
「ッ!?」
「今だっ!」
自分を蹴ろうと無理矢理振り抜いた蹴りをシグはいなすようにかわす。
長柄を最大限まで使って幅をとって薙刀を持つように握り、地に付いているもう片方の足の腱を深く斬る。
バツン、と硬い弾性の物が切れる音がした。
「アアアァァァァアアーーーーーーッッ!!」
大男は瓦礫が崩れそうな程の悲鳴を上げて倒れる。
怪物の弱点は魔晶石。
それはどんな怪物だって例外じゃない。
そして魔晶石は共通して胸にある。
いつの間にかシグの体には黒い斑模様が全身に走ったいた。
倒れた男の上にに畳み掛けるように飛び乗り、男の胸部に両手で握りしめた剣を振り上げ、そのまま勢いに任せて振り下ろす。
肉の張り裂ける感触の向こうで、硬い金属音が耳の奥に響いた。
「ガァッ! ア……ァ……」
大男は喉を詰まらせて痙攣し、濁った目が虚ろを向いて力なく大の字に倒れた。
魔晶石は尚も男から命を吸い上げ、男はどんどんと干からびていった。しかしもうこの体が動かない事を悟ったのか、骨と皮のみで震えていた体が止まり、胸部中央が不自然に膨れた。
『アソコニ魔晶石ガアル。取リ出シテヤレ』
「……うん」
静かな声に促され、言われた通りに人だったモノに剣を当てて中を切り裂く。干からびた体は存外簡単に切れて、中から肉と管に絡まった、手に平に乗る程の魔晶石が妖しい光彩を放っていた。
『コレガ魔晶石ダ、コレ怪物ダ。人ヲ喰ウ、命ヲ奪ウ。ドンナ理由ガアッテモ絶対ニ石ヲ食オウトスルナヨ』
「うん、わかった……」
一連の惨劇を物陰から覗き見ていた連中が静かになったところで頭を出してきた。
恐る恐る自分達のリーダーを観察している。
「あ、兄貴、起きてくださいよ……」
「しっかりしてぐたさい!」
各々が声を掛けるが、ミイラになったそれはもうなんの反応も示さなかった。
『ヤイテメェラ。ソレハモウ動カネェゾ。持ッテ帰るルナラ早クシロ。ソウジャネェナラ今スグ失セロ』
「っ、くそ……」
小さく一人が毒づいて、丁重に数人で男を抱え、皆何も言うことなく、重たい空気を漂わせて去っていった。
「……」
『馬鹿ガ馬鹿ヤッタダケダ。気ニスンナ』
「でも、いや、うん……」
自分は悪くない。そんな一言で簡単に片付けてしまっていいのだろうか。
初めて人が死ぬところを目の当たりにしたシグは、後味の悪さと複雑な心境をどうしようもなく抱えていた。
自分探しの迷宮 屍モドキ @sikabane463
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。自分探しの迷宮の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます