五話 練習と意地
翌日、東の廃墟町。
シグはいつもの探索用の格好に身を包み、町の噴水の前で待機していた。
「あふ……」
寝起きですぐに、身支度を済ませ念のために直剣を携えてきた。
手入れも儘ならないまま使い続けてきたためか、最近切れ味が悪い。今度研がなければ。
『……ヤット朝カヨ』
「うん、おはよ。グラウ」
もぞもぞと伸びてきた触手から目と口が開き、独特な声をした怪物の声でグラウが話しかけてきた。
『腹ァ減ッタ。ナンカ食ウモノ無ェノカ?』
「何かあったかな……」
小さくぼやきながらアイテムポーチの中をまさぐってみると、昨日買っておいた携帯食料の残りが一つ出てきたので、二人で分けて食べた。
『ナンダコレ、味ガ無ェジャネーカ』
「食べてお腹に貯めるだけのものだから……」
苦笑いを浮かべて愚痴るグラウに対して言い訳がましい言葉を並べてみるが、彼は不貞腐れる様に乾燥している携帯食料を齧って飲み込んでいた。
『ハァ⋯⋯、懲リネェナァ』
グラウは食料を齧りつつ、小さく独り言ちた。
物陰からこちらを覗く視線に向けて。
食料を数分と経たずに飲み込んで、昨日約束を交わした相手を待つ。
「(まだかな)」
何もない時間、どうやって暇を潰そうかと上の空で考えていると、グラウが残っていた欠片を飲み込んで此方に小声で話しかけてきた。
『オイ、見ラレテルゾ』
「見られてるって、誰に?」
『コノ前ノ連中ダ』
そう言われて、目を上に向けて数日前までを振り返る。
そうして出てきたのは以前我が家に群がってきた族の人たち。
「あの、家に襲ってきた人たち?」
『アァ、多分ソイツラダナ』
見渡すと物陰からチラつく人の団体が、視線が合いそうになる度隠れて行った。
あまりに露骨だったそれを見て閉口してしまうが、攻撃してくる様子は無いし、放っておいても今のところは何もなさそうなので、今にも一蹴してやらんと意気込んでいるグラウを半ば抑える様に宥める。
「向こうが何もしてこないならまだ何もしなくていいでしょ」
『ソンナ楽観的デイイノカヨ?』
「大丈夫だから、ね?」
『⋯⋯アァワカッタ。後出シナラ何モ問題ハネェナ』
そう言いながらグラウは大人しく触手を縮めて体の中に納まった。
グラウとの会話が終ったところで遠くの方から荒々しい駆動音がだんだんと大きくなりながら響いてきた。
見てみると前後に車輪を取り付け間に機械的な塊を挟み、それらを覆うような外装と座席部分に跨り、前輪の中心を貫く様にして生えた軸を支える棒から生えるグリップを繰って此方に向かってくる人の姿が見えた。
『ナァンダアリャア⋯⋯』
「いや、え、わかんない⋯⋯」
あまりの光景に呆けてしまう。
フルフェイスのヘルメットを被っているせいで顔は分からない。
もの凄い速度で迫ってきているのに、見たことのない目の前の刑は衝撃的過ぎて動けなかった。
爆音が耳につんざくぐらいまできてようやく危険な事を察知して、目の前まで走ってきていた物体に対して横に飛び退きなんとか回避した。
「な、な、なん、なん……」
『落チ着ケェ』
吹き出る冷や汗と高鳴る心臓が目の前の出来事が危機的状況だったと叫んでいる。
ついさっきシグが立っていた場所に滑り込むように止まったそれに股がった人物は、爆音を鳴らす股下の何かを止めて被っていたヘルメットを脱ぐ。
ばさりとなびかせて垂れる艶やかな黒い長髪。
ヘルメットで隠されていたのは流麗な女性の顔。
そしてその人物はつい昨日会ったばかりの人物だった。
「アイラさん!」
「おはよう、シグ」
まるで何事もないかのような態度で話しかけてきたアイラに向かってまず何から話せばいいのか頭を悩ませるシグに対して、グラウは食い気味にアイラに怒鳴った。
『テメェ、危ネェジャネェカ!』
「避けれると践んでやったのだけれど」
『確信犯カヨ! 質悪リィナ!』
あまりに豪快な物言いにあや閉口するしかなくなったシグを気にも留めず、二輪車の荷台から大きな荷物をうの前に向かって投げたアイラ。顎をしゃくらせ無言で開けろと指示を飛ばしてきたので、シグはそれに従ってバッグの中を見ると、中には多種多様な武器がぎっしりと詰まっていた。
その中から一本の木刀を抜き取ったアイラは、間隔を開けてシグの前に立ち、木刀を構える。
「戦い方を教えてほしいって言ってたけど、私教えるのってあまり得意じゃないのよね。だから、手始めに実戦形式でどれだけやれるか試してみるから」
「は、はぁ」
言われた通りカバンの中を漁ってみると、どれもこれも本物の武器で、今彼女が持っているな練習用の物あh一本たりとも無かった。
「あの、これ全部本物の武器類んですが⋯⋯」
「そうだけど。なにか問題?」
「いやあの、間違って怪我をさせてしまうといけませんし⋯⋯」
「あら、そんな心配してくれたの?」
思いもよらない発言だったようで、彼女くすりと笑い飛ばした後、不敵に会いながら目を細めて木刀の切先を軽やかに向けて言い放つ。
「大丈夫。今の君に私は斬れないよ」
「⋯⋯やってみないとわかりませんよ」
自分の力量の差は分かっている。
しかし、昨日今日で会ったばかりの人に、遠回しに弱いと言われてしまうと面白くないと感じるのは当たり前おう。
シグはカバンをひっくり返して中に入っていた獲物を全て地面に転がした。
そのうえで、先ずはシンプルな片手直剣に手を掛けて、アイラに向けて構える。
「それじゃあ、お願いします」
「よしきた」
合図は無し、晴天の日の下で、二人の冒険者がぶつかる。
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