あなたの時代はどこから?

ちびまるフォイ

あの頃はよかっ…よかぁないですよ!

「私ね、この時代じゃなくてもっと昔の日本が好きなの。

 今の時代ってみんなせわしなくて周りに無関心でしょう。

 それが私耐えられないの。もっとみんなが協力していた

 戦後の日本みたいな、不便でも助け合えるような時代が好きなの」


「お、おお……」


「だから、同じ時代に生きてくれるよね?」


俺は彼女のお願いに断れた試しがなかった。


周りからも美人で一目置かれていた彼女が

俺のような人間に付き合ってくれるというのは

社会勉強かはてはボランティア活動かというレベルで貴重。


彼女の意に反することだけは世界が崩壊しようともしないと決めていた。


彼女は時代を戦後の時代にすると、

街を歩いていた人の服が一瞬で洒落っ気のない服装になる。


顔や人間そのものは変わらないが、時代と価値観。

そして建物も昔の時代に戻っていた。


「ほら見て素敵でしょう。ビルがないから空が高いわ!」


「さっきまでみんな歩きスマホしてたのに……」


「もう時代が違うわ。今はスマホなんて悪しき汚物ないもの。

 みんな今日よりよくなる明日を想像した最高の時代!

 さぁ、いっしょに住む部屋を探しましょう」


不動産屋さんに行くとデジタルなものなどひとつもなく、

お店の人がファイルを出して日焼けした紙の間取りを見せた。


「ちょうど建て替えたばかりのところがありますよ。いかがですか?」


「ねえここにしましょう!」

「そ、そうだね」


決めた家は木造アパートでお風呂には湯沸かし機能などないし、

まして電子レンジもないし、冷蔵庫も洗濯機だって今の時代とは程遠い。


「息を吸ってみて。昔の空気がするわ。

 やっぱりいいわね。街を歩いていてもみんなが助け合っている。

 さっきおばあちゃんの荷物を持っている人を見てぐっときちゃった」


「それはよかった」


彼女はこの時代で生活することを心底楽しそうにしていたので、

水道の最初の水が赤茶色だったり、トイレが水洗じゃないことなんて気にならなかった。


時代はかえても俺の経歴や環境が変わるわけではないので、

俺はこの時代になってはじめての同じ会社に行った。


「遅いぞ!! もう就業開始30分前じゃないか!!!」


会社についてそうそう叱られた。


「新人は就業2時間前には会社に来て掃除するのが常識だろ!!」


「ええ……? でも、昨日まではそんなこと……」


「この時代の常識を知らんのか!! 上司に口答えするな!!」


体罰というには生易しいほどのパンチが炸裂した。

鼻血を出しながら仕事に取り掛かるのははじめての経験だった。


これも慣れだろうとその日の仕事を終えると、


「おい、なに帰る準備してるんだ?」


「え? だって本日分の仕事は終わりましたよ?」


「あのな、上司が帰ってないのに新人のお前が先に帰るとか正気か?

 それに自分の仕事が終わったら他の人を手伝うのがこの時代の常識だろ!!」


「うそぉ!?」


仕事が終わってからも飲み会で家についたのは夜遅くだった。

こんな日々が続くのかと思うと賽の河原で石を積んでいる方が

よっぽどホワイトな仕事だと思えていた。


「これが行動経済成長……」


今にも逃げ出したくなったが彼女が選んだこの時代を避けることはできなかった。

仕事を一生懸命頑張るほど家に彼女と会える時間は少なくなり、

たまにできた仕事の合間に彼女のもとに行くことにした。


「来たらびっくりするかな」


彼女の仕事場に向かうと時代がそこだけ戻っていることに気がついた。

誰もが見慣れたスマホを持ち歩き、早足で歩いている。


「あれ……ここだけ現代に戻ってる!?」


驚いていると彼女が仕事を終えて会社から出てきた。

時代を昔に戻そうと時代時計をいじり始めたときに俺に気がついた。


「え!? どうしてここにいるの?!」


「今日は仕事が早く終わったんだ。

 それより、君はこの時代が嫌いなんじゃなかったのか!?」


「だって……昔なんて女性が働ける場所なんてなかったのよ!

 それに職場ではセクハラばかりで限界だったもの!

 男のあなたにはわからないだろうけど、本当に大変なのよ!」


「ちょっと待てよ。俺だって……大変な思いをして我慢をして

 それでもあの時代に合わせようとしてたんだぞ!

 なのに君だけは現代に戻るなんてずるいじゃないか!」


「だったらあなたも時代を現代にすればいいじゃない!」


「君の好きな時代になじもうと必死だったんだよ!」

「押し付けがましいわよ!」


「本当は現代のほうがいいなら時代を戻してくれよ!

 俺は現代のほうがいい! 人が冷たいとか言ってるけどそんなことない!」


「いやよ! 私は昔の時代のほうがいい!」


二人で時代を争っていると時代時計が作動してしまい未来へと切り替わった。


もめる俺たちを見ていた人の服装や髪型が一瞬で切り替わる。

それどころか、性別すらも判別できなくなった。


「こ、ここは……!?」


「50年後の未来になっちゃったみたい……」


男も女も中性的な服装になり性別の垣根はない。

高層ビルは駆逐され、ドーム状の天候制御フィルターが空を彩る。


「私の……私の会社がない!?」


さっき出てきたはずの会社はなくなっていた。


「会社? ははは。懐かしい言葉を使うね。

 今の時代、みんな自分の手元で仕事ができるのに

 どうして会社なんて建物の中に集まる必要があるんだい?」


通行人が笑っていた。

行き交う人々は珍しい動物でも見るようにこちらを眺めていた。


「あなた達、もしかしてカップル?」


「え、ええ……」

「それがなにか?」


「すごい! 今どき男女の枠組みを守ってペアになるなんて!」

「カップルってあれでしょ? なんでもかんでも共有するのよね!」

「今どき必要なときに必要な友達をマッチングするのが常識なのに!」

「ずっと同じ人と一緒にいるなんて本当にすごい!!」


「ちょ、ちょっとすみません!!」


彼女の手を引いて人だかりから脱出した。

彼らにはなんお悪意もないことはわかっていたがバカにされている気分になった。


「これが50年後の価値観なんだね……」

「男女で付き合うなんてのが信じられないみたい」


「……どうする?」

「どうするって?」


「君はこの関係を続けたい?」


通行人に指さされて自分の関係性を見つめ直すきっかけになった。


「俺は……別れたいと思う」

「ど、どうして!?」


「君が嫌いになったわけじゃない。でも君に合わせた時代で生活すれば

 俺はきっと君をだんだん嫌いになってしまうから……」


「だったら私はあなたが選んだ時代でいい!!」


「え……!?」


「過去に行って、未来に行って、それでやっとわかったの。

 あなたがいればどんな時代だって平気。

 あなたが辛くなる時代にひとりで過ごすほうがずっと辛いの!」


「それは本当? 俺が時代を選んで良いのか?」

「ええ、ずっとついていくわ」


「ありがとう!!」


俺は彼女から時代時計を受け取り、時代設定を切り替えた。





「浮気し放題で女性が毛皮一枚だけしか着てない旧石器時代はやっぱり最高だ!」



その後、俺はマンモスの巣へと投げ込まれた。

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