デザート・ブラッド・カルネディア

宮野 ギア

第1話 始まりの朝

「gg~」

「gg」

「ナイスー」

「流石、SHUNさん。やっぱ一人上手い人がいるだけで戦況変わるなあ」

「そんなこと無いって。みんなのおかげで一位になれたんだよ」

「それでいて謙遜するとか。く~ランカーは違うぜ」

「ほんと、俺らのクランに入ってくれたことに感謝」

「じゃあ、俺は明日学校なんで、寝ますね」

「俺も」

「俺はもうちょい残ってやってこうかな」

「SHUNさん流石。おつかれ!」

「流石過ぎwwwお疲れ様です」

「おつありです」

 

 おつありの合図と共にチャット欄がワールドチャットに変更される。小隊のリーダーであるKAITEが解散ボタンを押したのだろう。現在の時刻は26時を回っていない。

 

「とは言っても、まだ遊べるしな……」

 

 ため息を付いて椅子に寄りかかると、電気が消えたままの蛍光灯が映る。今月に入ってから十日は点いていない蛍光灯も俺にとっては必要ではなかった。パソコンの光さえあればゲームをするのに支障をきたすことはないのだ。


 そんな束の間の休憩を挟み、視線を再びモニターに戻してフレンドをチェック。


「あ、ReLUさんログインしてんじゃん」


 カーソルを「招待」に合わせてボタンを押すと、一人しかいなかったロビー画面に活気がもどる。


「SHUNさん。久しぶりです^_^」

「久しぶりです。今から朝までやりませんか?」

「朝までwwwいいですね。やりましょう。あ、その前に、最近アプリ落ちるんでタスキルしてきますね」

「了解です!」


――――


「いやぁ、お疲れ様でした! 最後のあれ、惜しかったな~」

「ホントそれです。ん~勝ちたかった。おつかれです。ようやくランカー入りしましたけど、SHUNさんの10位以内キープまではまだまだ遠いかな。じゃあ、おつありです! またよろしくお願いします」

「こちらこそ今日はありがとうございました。おつありです!」



 今度は俺が解散のボタンを押すと、ロビーに静けさが戻った。

パソコンの横に置いてある時計を見ると、カーテンから漏れた朝日が8時を指している。

 


 椅子にかかった上着を取り、陽の光をできる限り浴びないように目を瞑りながら階段を下る。家のシャッターは相変わらず閉まったままだった。両親が別居という判断を下し、俺が父親側に付くという決定をした時からというもの、開いているのは休日くらいってもんだ。


 洗い物が置きっぱなしになっているキッチンには、母親が愛用していた大きな冷蔵庫が置かれている。空腹を満たすために「ココらへんに……」と冷蔵庫を上から順に開けるーー。

 が、口に入れるようなものは何も入っていない。入っているものといえば、ケースごと置かれたビールくらいだった。



 ピンポーン。



 インターホンの音が湿ったリビングに響く。


「こんな朝から何なんだよ。こっちは疲れてるってのに」


 小さくため息をつき、カメラが捉えた映像を見る。そこに映されたのは――。


「キモすぎ。ホラー映画かよ」


 大きな瞳だけが映っていた。


 しかし、こんなことでは驚かない。察しはつく。どうせあいつが来たのだろう。


「#舜__シュン__#~いるんでしょ。今日学校なんだから早く出てきなさいよ。せっかく私が迎えに来てあげてるのに、毎回無視ってヒドすぎじゃない?」



 この恩着せがましい女は俺の幼馴染の#叶__かなえ__#。何度も来なくていいと言っているのに、俺が学校に通わなくなってからというもの、週に3、4回は訪問してくる。



「新聞等はお断りしております。お引取りください」

「……その下り、いつまでやるのよ。早く来なさい。じゃないと出席日数足りなくなって留年しちゃうよ」

「別にいいよ。留年したって」

「え……」

「そんな悲しそうな顔をするなよ……お前には関係ないんだから。お前こそ学校なんだから早く行けよ」


 叶は視線を下に移動させ、口を尖らせる。

 少し間が空き、彼女はインターホンのカメラに目線を合わせた。


「わかった……明日も来るから、明日こそは学校行こうよ、ね」



 プツン。


 

 俺は叶と視線を合わせることなく、話し半ばで終了ボタンを押した。 

 重い足をゆっくりと動かし、もういちどキッチンに戻る。



「ああ……そうか。飯、なかった」



 自分の部屋に戻り、財布を取り出す。

 軋む階段をゆっくりと下り、靴を履き、玄関ドアの鍵を開け、取っ手を押す。

 外の世界の光がドアの隙間から差し込み――。






 ガン!!





 後頭部を殴られたような感覚と共に、頭部全体を衝撃が駆け巡り、意識が遠のき――そして、瞼が光を拒絶した。



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