妄想バジル成長記

清井 そら

妄想バジル成長記

 僕の人生は終始生存競争の最中にある。

 はじめに、種から芽を出すことができるのは選ばれし者のみ。そう、出芽率ってやつは75%。袋の中にいる兄弟の4分の1は自力で光合成する機会なく眠り続け、いずれは土に帰ることになる。

 芽を出すのに遅れをとることは許されない。発芽したからといって安心している暇なんてないのだ。芽を出した後に訪れる試練「間引き」。その恐ろしい試練は強者を育てるためだけにある。半数以上もの弱者は間引かれて、ベビーリーフとしてサラダにでもなれば弱者の命も報われるものの、そのまま捨てられることも珍しいことではない。

 もちろん僕は誰よりも早く芽を出すに決まっている。兄弟には申し訳ないが僕は勝ち組なのだ。いち早く芽を出して双葉を広げ、力強く光を浴びて成長する。そして彼女のお眼鏡にかなわなければならない。彼女と僕の間には運命赤い糸があるのだから、間引きはさほど心配していない。

 問題はその後だ。危機は彼女によって引き起こされるものだけではない。人生の宿敵、虫だ。常に彼女の目の届く範囲で成長してもそれだけは避けられない。飛んできた虫に食われることだって大いに考えられるし。意外と恐ろしいのがハダニってやつだ。僕の体にくっついて、養分を吸い取りやがる。そうなったら、他の兄弟への影響も考えて伐採されることだろう。虫には一生怯えて生きていくこととなる。

 脅威は虫だけではない。気温にだって影響を受ける。寒い日が続くと低温障害で僕のこの艶やかな緑の葉が黒ずんでしまう。完璧な僕の美しい身体にそんなことあってはいけない。

 

 そして大きく成長した僕は花を咲かせる直前に、彼女によって一思いに根元から収穫される。花を咲かせることは、僕たち食用植物にとって「劣化」を意味するからだ。

 その後、僕はどうなるのだろう? フレッシュなままパスタやピッツアの上に乗せられるのだろうか。レンチンされドライになって長く使われるかもしれない。料理上手でイタリアンが大好きな彼女に食べられるなら本望だ。

 ああ、そうなれば僕は幸せだ。

 

 そう思わないとやってられない。

 

 やっぱり、僕、死ぬのは怖い。野生に生きていれば花を咲かせ、世代をつなぐこともできたのに。僕は、本当は勝ち組ではないのかもしれない。とらわれて自由を失った植物は不幸な生まれなのかもしれない。

 考えたら悲しさが止まらない。


 だから、芽を出すのはもう少し後にしよう。芽を出したらそこから競争が始まる。早く行動したほうがいいのはわかっている。けれども、今はもう少しこの暖かくて湿った土の上で眠っていよう。


 おやすみなさい。

 

 そういえば、なぜだろう? 昨日から体がムズムズするんだ。




「ああ! もうバジルの芽が出てる!!」

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妄想バジル成長記 清井 そら @kinoko_a

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