箱書き

ラベンダー畑。

村に咲いているのとは違うピンクがかった淡い紫。

その真ん中に佇む一人の少女。

白いワンピースに麦わら帽子。

その美しい姿に立ち尽くす青年。

少女が青年に気づき、微笑む。

その微笑みに青年は目を奪われる。


   *


少女が青年のベッドに飛び乗り、キスをする。

朝だと伝え、カーテンを開ける

青年は日差しの暖かさを肌で感じながら、閉じたままの瞼を手の甲で擦る

少女、青年に早く遊びに行こうとせがむ

青年はのそのそと起き上がり、チェアーに賭けておいた服を手探りでたぐり寄せて身につける。

少女が僕の手を引っ張る。

青年は言う。そんなに引っ張ったら転んじゃうよ。


   *


(一人称、独白)

絶対に行っていいけないと言われている村はずれの館で、僕は3日目の朝を迎えた。

美しく可憐な少女と一つ屋根の下。彼女を喜ばせることが今の僕のすべてだ。


   *


彼女の摘んできたシロツメクサで冠を作り、少女の頭に乗せる。

むせかえるような草の香りに少し咳き込む。

似合ってる? と尋ねる少女。

もちろんだよと答える青年。ありがとう嬉しい、と少女。


   *


お馬さんになって、と少女は言う。

青年は服が汚れるのも気にせず四つん這いになり、ひひんと鳴いてみせる。

少女が青年に跨がる。

最初はドギマギした太ももの柔らかさと体温。

少し慣れて冷静に馬を演じている自分に青年は少し苦笑する


   *


(一人称、独白)

あの館には魔物がいる。決して近づいてはいけないよ。

父も母も、村の人達みんながそう言っていた。

僕はその言いつけを破り、自分の度胸を試すためにここにやって来たが、結局試すことはできなかった。

この館にいたのは可憐な少女ただ一人だったのだから。


   *


果実のなるの木の下に案内される。甘い香りが鼻孔を擽る。

彼女曰く、ツバキモモというらしい。

つるりとした皮を剥いてかじる。甘みと酸味。

青年が美味しいよというと、少女の嬉しそうに笑う声がころころと響く。

もっと取ってくると言う彼女に、いや、ひとつでいいよ。昨日も食べたから、と青年。


   *


カラスの鳴く声がする。風も肌寒くなってきた。

そろそろ帰ろうか、と青年が言う。

嫌、と少女が言う。

風邪を引いたら大変です、僕は泣いてしまいます、と青年。

嫌ったら嫌。

また明日にしましょう。ずっと側にいますから、と青年。

じゃあ、バッタを捕まえたら帰ってあげる、と少女。

青年は顔をしかめて頭をかく。

ほら、いま貴方の右足の上に乗っているわ。

慌てて捕まえようとするが、青年の手は羽にかすりもしない。

けらけらと笑う少女。


   *

(一人称、独白)

ベッドで声を殺して泣く。

お父さんに会いたい、お母さんに会いたい。

暖かいポトフが食べたい、家に……家に帰りたい。


   *


次の日の朝も少女はベッドに飛び乗り、青年にキスをする

遊びに行きましょう

カーテンを開けに行こうとする少女の手を掴む青年

「もううんざりだ!」


   *


青年の叫びに、少女が微笑む。

「……なーんだ、もう壊れちゃったの?」

「早く! 早く僕の目を返してくれよ! 君を楽しませたら返してくれるって約束だったじゃないか!」

青年の両眼は少女に奪い取られていた。

「この三日間、君を楽しませるために僕は必死で頑張ったよ……。目が見えないのに外で君と遊んで、一緒に笑って、君を喜ばせようと僕はずっと……」

「私はまだ愉しみ足りないの」

「こっちはもう限界だよ! 毎日毎日君の機嫌を取って、食べるものはモモしかなくて! もう無理だよ! 助けてくれよ!」

「嫌」

「……」

「でももういいの。壊れた玩具、もういらないから」

音がした。

まるで果実を囓るような音。

したたる汁が床を叩く音。

「美味しい。貴方の……右目」

絶叫する青年。

「来年もきっといい色のラベンダーが咲くわ」

もう一度、咀嚼音。多分左目。したたる汁の音。

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ラベンダー畑で約束を 齊藤 紅人 @redholic

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