二年生の冬 ~オリオンの輝き 後編~

時計を見ると20時を過ぎていた。

細かい仕上げはまた後日行う事になり、片付けを始める。

水道で絵の具で汚れたパレットと筆を洗い流し、エプロンを外してロッカーへしまう。塗りたてのキャンバスは絵の具が乾くまで立てかけておくそうだ。


後ろでポニーテールに結んでいた髪をほどき、ブレザーを身に着けた後、マフラーとコートを着込む。

教室のヒーターを消すと同時に、それまでよりも一層教室から音が無くなり、どことない不安感と無人の校舎の無機質さを感じながら鞄を持ち教室の電気を消した。


教室を出る寸前、窓から入るかすかな光と廊下からこぼれる電気の明かりで照らされたキャンバスの絵のそばへ行き、もう一度見つめながら、美月が小声で


「できた…。」


と呟き、キャンバスの乾いたところを指で撫で、ニコリと微笑む。

その姿を見て、俺はこの時に初めて彼女の特別になれているのかもしれないと、胸の中に生まれた少しの自信に気付いた。


無人の学校の廊下は異様に音が響き、少しの会話すらも響き渡るせいか、なぜか無言になってしまう。

暗い廊下を抜け、階段を下り職員玄関から外へ出る。


地面にはうっすらと雪も積り、校門までの道のりは雪が掃かれていて、大山先生が雪かき真っ只中の様だ。


「先生、遅くまでありがとうございました。戸締りしましたので、帰ります。」

「おお、野木。気を付けて帰れよ。」


お辞儀をしながら挨拶をする美月に併せて、俺も大山先生を見ると、なぜか恥ずかしくなり、声をかけられず軽く会釈だけをした。


「おい、齋藤!」


この距離では必要のないくらいの大きな声で呼ばれ、全身がビクリと緊張する。


「はっ、はい!」


反射的にこちらも思わず大きな声が出る。


「ちゃんと送れよ。野木を守れるのはお前だけだぞ。」


先生の言葉が一瞬で胸に響いた。


「はい…。わかってます!」


もう一度美月も軽く会釈をし、校門を出て、雪に染まった坂道を慎重に下りながら駅へ向かう。

去年の冬もこの坂道を美月と一緒にゆっくりと下った。転ばないように。

ここで手を引ければ尚更良いのだけれど。

そんな勇気はあいにくと今日も持ち合わせていない。


坂を下りきったところで、少し緩んだマフラーをもう一度巻き直す美月の頬が寒さで赤く染まっている。いつも通りの雑談を交えながら駅までの道のりをゆっくりと歩き、お互いにいつもの時間を過ごす。

二人きりでも妙な緊張や空気感にならないのが俺たちの良いところなのかもしれない。

歩き続け、ふと顔を上げると去年の冬に立ち寄った公園の前を通り過ぎる事に気付いた。


「ねぇ。あの時の雪だるま覚えてる?」

「ああ覚えてるよ。また作る?」

「ううん。さすがに今日は疲れちゃったよ。ママも心配しちゃうし。」

「そうだな。早く帰らないと。」


少し残念だが、二人で随分と時間を過ごしたんだ。文句はない。

すると美月が立ち止まり空を見上げた。


「ん?何?」


立ち止まった彼女から少し先を歩き、立ち止まり同じように空を見上げた。ただ雪だけが舞い降りている。

先程まで描いていたキャンバスの様な透き通った空は広がっておらず、グレーに染まった雪雲が空を覆い、なんだかいつもより雲が低く感じる。


「美月?何してんの?」

「んー…。星見えないね。」

「そりゃあ…雪降ってるからな。」

「でもさっきのオリオン座、まだ頭に残ってる。はぁ…。ドキドキしたなぁ。」

「ドキドキ?」

「あ…うん!ほら、失敗できないなーって!」

「ああ…なるほど。俺も緊張した。」

「だよね…。突然だったのにごめんね?」

「ううん。全然。むしろ美月の言う通り。何も見えない空見ても、目閉じたら瞼の中に残ってる感じする。」

「何それっ!クサイ台詞!」


見上げていた顔をこちらに向け、手で口元を隠しながらクスクスと笑っている。


「うるせえなぁ!でも、本当にそうだし。そうじゃない?」

「…うん。私も、そうだよ?」


そう言いながらまた二人で空を見上げる。時折ふらふらと体が揺れ、隣り合わせに並んだ肩が、少し触れるたびにギュッと強く抱きしめたくなってしまう。

文字通りの愛おしさが胸を襲い、彼女への好きという気持ち。恋心を再認識させる。

ひとしきり空を見たら顔を下ろし、また雑談を繰り返して歩みを進めあっという間に駅へ到着した。

ほとんど人のいない花見坂駅の改札を抜け、ホームへ向かう。

ちょうど電車が出た後だったこともあり雪の降っているこの時間になれば、流石に桜高の生徒はもういない。


 時計は20時半を回っていた。2人きりのホームで電車を待つ間、雪が降る夜特有の静けさと音の無い風景が駅のホームを包む。

先発した電車の余韻を残すホームで、雪の当たらないベンチに2人並んで座り、次の電車が来るまでの数十分を待っていた。


これだけの寒さと静けさを感じると、隣に誰かが座っているだけでまるでオーラを纏った様な暖かい温もりを体の片側に感じる。

それとも相手が美月だからなのか。

思いがけず再び2人の時間が出来、今しかないと直感的に感じた俺は、誰にも聞かれる可能性の無いこのタイミングで、どうしてもずっと聞いておきたい事を投げかけた。


「美月、あのさ…この間の修学旅行だけど…」

「ん?」

「多分前も聞いたかもしれないけど、俺が迎えに行った時、どう思った?」

「それは…。あの時も言ったじゃんか…。」


そう返事が返ってくることは想定していたが、あの日から時間の経った今、美月がどう感じてくれているのかが改めて気になった。


「そうだけど。いろいろ恥ずかしいことも言っちゃったし、なんか気になって。」

「うーん…。」


少し返答に困りながら俯き加減で口を開き始めた。


「あの時も言ったけど、凄く嬉しかったよ。正直怖かったし、どうしようって思ったし。でも来てくれて本当に嬉しかった。カッコ良かったし安心した…すごく。」

「それはさ、やっぱ誰か来たから安心した感じ?」


野暮な確認をしてしまうが、不安なのだ。どう思ってくれているか知りたくなる。


「違うと思う。それもあったかもだけど…陽太くんだったからが一番かな。」

「えっ…。ほんと?」

「…本当。」


そう言うと美月は、寒さで赤くなった手でマフラーを口元まで覆って、少し座高の高い俺を見上げた。


「陽太くんは、もしあの時優里とか史織里とか、みなみが待ち合わせに来なかったら。それでもやっぱり行ってたよね?」


痛い質問だ。でも嘘は付けないし多分自分は同じことをしただろう。


「ま、まぁ…。もちろん行ってたと思う。」

「でしょ?陽太くんのそんなところもカッコ良いと思う。でも…」

「何?」

「他のみんなより、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ。私のところには早く走ってきてくれたら良いな…って思っちゃったりもする。」


控えめで友達思いで。

優しくて柔らかくて。

いつでも自分は二の次だと思っている美月が下手くそに冗談めかした口ぶりで、精一杯の希望を言ったのだろう。


「他の誰かでも間違いなく行ってたよ。だけど、美月に何かあったって優里から聞いた瞬間、冗談じゃなく死にそうになった。焦ったし不安だったし。間違いなく特別に心配した。多分…他の誰かが同じ状況でも、あそこまで心配にはならなかったと思う。」

「そうなんだ…。嬉しいな。あ、でも優里だったら陽太くんよりも先に和樹くんが行くね!あの事知ってる?」

「あー知ってるよ。さっき知った。ビックリしたよ。でも良かったなって。」

「そうなの?私は昨日すぐに優里から電話来たよ。「付き合うことになったんだー!」って。嬉しそうだったなぁ。あんなに喜んだ優里久しぶりだった。」

「そっか…。」

「陽太君は2人を羨ましいな…とか思う?」

「うーん…。美月は?」

「…ちょっと思う。」


そう言うとまた顔を下に向けてしまった。

どうしよう。どうすれば良い。

伝えたい。美月に今すぐ。

(今日が記念日になれば良いな。)

そうあの日から毎日思い続けてきた。

でもあの日っていったいいつだろう。初めて出会った日?一緒に帰った日?

ずっとその時その時で伝えたいことが沢山あった。

そして、今は心からこの言葉が胸に溢れる。


“好きだ”

“美月のことが大好きだ”と。


今まで耐えていた我慢がはち切れそうに膨らみ、自然と胸から湧き上がる。


座ったまま寒さで硬くなっているのか、それとも緊張からか。無意識にきつく結ばれている自分の口をなぜか震わせながらもゆっくり開き美月を呼んだ。


「美月…。」

「何?」


それを合図に美月はこちらに顔を向け目をじっと合わせた。

逸らしたい。けれど逸らしたくない。逸らすわけにはいかない。今なんだ。間違いなく今なんだ。


「俺さ…。」


手が震える。なぜか分からないが胃がキリキリと痛く、心臓の鼓動が破裂しそうな程に鳴っているのが分かる。

伝えたい思いがすぐに出ない。時間がかかってしまう。

そして今までの色々な思いが溢れ出す中で、今一番伝えたい思いだけが真っ先に口から飛び出した。


「何かあった時は俺が護るから…。」

「え…?」

「この前みたいな、ピンチの時っていうか、何か困ったときは助けるし、護りたいなって思って。」

「護る…。」


その言葉を聞いた美月は、ずっと合わせていた目を逸らし、無言で向かいのホームをジッと見つめた。

いつもなら投げればすぐにでも返ってくる返事や言葉すら無い。ただ無表情の美月はどこか寂し気で、虚ろで。冷静に落ち着いた表情をしている。

それが怖かった。

今までにない空気感。でも今伝えたい言葉は伝えたのだ。後悔はないはずだが何故か怖い。

そして自分でも無意識に感じていた。

“今の一言で何かが大きくずれた”のだと。


「あのさ、陽太くん…。」


美月は突然目を合わせずに話始め、こちらの返事を待つこともなくそのまま言葉を続けた。


「もし私が大切な人がいるって。好きな人がいるって、相談したらどうする?」

「え…」

「だから。私に好きな人がいて、それを相談されたらどうする?」


頭から血の気が引きすべて真っ白になった。手足が急に小刻みに震えだし、唇に力が無くなる。

突然冬の寒さが制服の合間を縫って入り込んでくるような、全身を突き刺しながらも特に頭と胸にひどく強く響くその衝撃は、全くもってこの身から去る事を知らず、時間が経つ毎にますます深く突き刺さる。


「は?突然どうした…」

「私が、元カレを忘れられないって言ったらどうする?」


急すぎる展開だった。

こんなに畳みかけるようにこちらの言葉を待たずして次々に想いを口に出してくる美月は初めてだし、いつもとは違うその様子に完全に言葉を失ってしまう。

そして、今美月から"元カレ”という言葉が出た。

そんな人がいたのか。まぁいてもおかしくはない。彼女は客観的に見ても可愛い。それにキレイだ。性格も良いし、成績も良いし。俺となんて住む世界が違う。

俺の知らない男。俺よりも親しい男。俺よりも美月を知る男。

考えたくないことがドンドン生まれ頭の中を駆け巡り、自分がまるで自分じゃないかのような絶望感が押し寄せる。

彼氏がいてもおかしくないってことは当然分かっているが、辛い。

辛すぎる。

分かっている。彼女の過去の思い出は絶対に越えられないのだ。

そんなことは十分に分かっている。


だって、好きな人だと。

今でも忘れられないと言っているのだから。


「どうするって…」

「陽太くん、どうする?」


嫌だ。

何故だろう、腹が立つ。ムカつくしイライラする。

同時に悲しくて辛くてソワソワする。

一喝してすぐにでも大声でダメだと言ってやりたい。

だってあれだけ楽しかったのに。毎日楽しくて、さっきまで一緒に絵を描いて、一緒に歩いて帰ってたのに。それが全て他の人の物になるなんて嫌だ。

思い出が上書きされてしまうのが嫌だ。

いや。

そもそも上書きではない。彼女にとってただの補足。付け足しなのかもしれない。

物事がネガティブにしか考えられない中で、唯一自分が出せる精一杯の大人な対応を探した。


美月に嫌われたくない。それは嫌だ。

正解の返答はこの状況で見つけることは出来ないが、こうなった場合の女子への答え方はなんとなく分かっているつもりだ。

当たり障りなく、ある程度の距離感を持って接する。そして伝える。

たとえそれが本心では無くても。きっとこれが正解なのだ。


「もしそうだったら…応援する。」

「私を?」

「…ああ。美月が、美月が笑顔で居てくれれば嬉しいし。」

「そう…。」


涙が出そうになるが、単純に男としてのプライドで涙は流したくない。

涙声になっているのかもしれないが、これくらいは今は許してほしい。


「だって、だってさ…。俺、好きだから。美月の…美月の笑顔。だから、笑顔でいてくれるなら応援したい。」

「笑顔が好き…か…。分かった。ありがとう…ごめんなさい。」


尻つぼみな小声で最後に呟いたごめんなさいの言葉が、俺の恋の終わりを告げた。


というかむしろ、俺は恋していたのかな。


自分の仲での一番に恐れていた事が今起きた。

ただ振られたのであればどれだけ救われる事か。

少しでも空気を戻したいと思い、強がることしかできない。

つぶれた心を無理やり大きくし、少し大きな声を出し、ベンチから立ち上がった。


「でも、何かあったら護る!ボディーガード的な?先生にも言われたし!だから…いつでも頼れよ。」


護りたいという意味は変わってしまったが、今の自分にはこれが精一杯だった。

後は、もう顔を見ることすらできない。無理だ。


「うん…ありがと。」


そう言った美月は作り笑い程度の元気な様子ですぐに、


「寒いね…。」


とだけ呟き下を向いた。


そこからはお互いに無言だった。

あまりにも音が無いので、雪が地面に落ちる音すら聞こえる程に全てが止まっていた。ベンチに座る美月を後ろ背にし、俺は立ったままホーム沿いでただ空を見上げていた。

先ほどまでの心臓の鼓動はもう落ち着き、緩やかに遅くリズムを刻んでいる。


電車が到着し、そこから後の記憶はあまりない。

それよりも、今まで幾度とあった気持ちを伝えるチャンスを無駄にしてきた自分への後悔と怒り。

先ほどの美月の言葉が「心」という名の「頭の奥」から消える事は無かった。


美月にとっての一番輝いている存在…。

それは和樹の言った通り、美月にとっての特別な存在になれているという事なのだろう。

だがそれ以上に俺自身が、今のままで充分幸せだと感じているからこそずっと思いを伝えられなかったその日々が、今後悔という大きな波になり津波のように全身に襲い掛かる。

でもさっき。今の想いを、護りたいと伝えた。それが伝わらなかった。遅かったのか、それともダメだったのか。


いや、そんなことは関係ない。

もはや彼女の心には常に他の誰かがいたのだろう。このままの関係がずっと続くと、そう思っていた。

余計なことを言わなければ続いていただろう、そう思っていた。




電車は走り、横長の座席に2人で並んで座り、窓の外を見る。

美月は相変わらず下を見つめたまま、携帯のストラップをいじっている。

そのストラップも元カレからもらったものなのか。

携帯を見ているのもメールを受信したときの振動を待っているのだろうか。

いつもメールをしている間も、俺に返信し終わったらすぐに閉じて、待ち焦がれていた他の誰かからの返事を楽しそうに考えて送っているのか。

ハートの絵文字を付けて、嬉しそうに文章を読み返しているのか。

俺と会えなかった休日や皆と遊べなかった日はその人とデートをしていたのか。


当たり前に手を繋いで、当たり前にキスをして。

当たり前にお互いを一番近くに感じているのか。


全てが暗く深い闇に覆われて見える。


星見が近づき美月が座席を立つ。ドアに向かって歩き出し、吊革に掴まった。

とっさに俺も立ち上がり、後を追った。


「じゃあ、また学校でな。」


空元気になってしまっているのは分かっている。でもそれ以上に分かっていた。

これが普通に接することのできる最後の瞬間だと。


よく駿が言っていた。告って失敗したらめちゃめちゃ気まずくなって、今まで通り接することが出来なくなると。

そんな事無いとずっと強がって思っていたが、間違いなくそれは事実だろう。今なら痛いほど分かる。


「うん…今日は一緒に描いてくれてありがとう。ごめんね、急にお願いしちゃって。」

「大丈夫。俺で良かったなら…。凄くキレイな絵出来て良かった。完成楽しみにしてる。」

「必ず見せるね。私の自信作…。」


星見に到着しドアが開き美月は電車から降り、それをいつもの様に電車の中から見送る。

ドアの外でゆっくりこちらを振り向く美月に言葉が詰まる。


「美月…ごめん。」

「なんで?なんで謝るの。謝らないでよ。」


その瞬間、間違いなく美月の目に涙が浮かんだ。


「いや…なんか…」

「私の方こそ…。陽太くんっ、あのね!」


その瞬間、まるで映画のワンシーンの様に、話をきれいに遮りながら電車のドアが閉まる。


「あ…。」


美月は眉間にしわを寄せながら目を赤くさせ、走り出す電車を少し追いかけた後、ゆっくり歩きだし、ホームから手を振りながら(バイバイ)と口を動かした。


俺はそのままユラユラと力なく歩き、誰もいない車両の空いた席に腰を掛け、深い溜め息をついた。


川の瀬までの残り少ない時間、美月が言った言葉と美月の表情が頭から離れず、とにかく今まで生きてきた人生の中で一番と言って良いほど自分を責めた。


「…ふざけんな、バカ野郎…。」


泣いた。人生で初めて。

1人の女の子を想い泣いた。

零れ落ちる涙が止まらない。


(俺は、本当に美月が好きだったのか。)


今まで感じていた美月に対する気持ちが本当の自分の気持ちなのか、自分自身のせいでもう分からない。


本当に好きだったらもっと簡単に伝えられるのでは無いのか。

和樹も簡単に告白出来た。それは純粋に好きだからだ。俺はどうだ。

もしかしたら、俺にとっては美月は特別な"友達”なのかもしれない。そうだったからこそ今まで伝えられなかったんだ。


ただ、いくら考えてももう全て手遅れだった。


別れ際言いかけた台詞を、あの言葉の続きを、いつもの様に簡単にメールで聞くことはもう出来なかった。

ちょうど川の瀬に着くころ、携帯を無意識に開くと和樹から2時間前にメールが届いていた。


《お疲れ。美術室にいたの美月ちゃんだろ?ちゃんと気持ち伝えろよ!時間できたから川の瀬駅で待ってるわ~。》


もう嫌だ。誰とも関わりたくない。

もう終わったんだ。全部。


到着し電車を降りてホームに出る。涙でぐしゃぐしゃの顔を気にしてこちらを見てくる他校の生徒や一般人を睨みつける。


(何だよ。何見てんだよ。)


自暴自棄というか、もうどうでも良かった。

改札を抜けロータリーへトボトボと歩く俺にベンチで座っていた和樹が駆け寄る。


「おう陽太!メール見たか?」


駆け寄ってくる和樹を睨みつける。


「なんだよ。」

「陽太…どうした、おい。」

「うるせぇよ…。」

「おい…。何した。」

「うるせぇって…。うるせぇから。」


和樹を無視して歩き出したが、和樹が思い切り肩を掴んでくる。


「おい待て陽太!どうしたって聞いてんだろ!」

「離せよっ!」


和樹を勢いよく振り切ったその瞬間。

今までの色々な思いが込み上げ、そのまま立ち止まり、涙が溢れ出した。

まだビジネスマンや他校の学生が行き交う駅の真ん中で、もう一度和樹が肩を掴んだ。


「陽太…。どうした。」

「くそっ…ふざけんなよ…。」


そのまま和樹にもたれかかり、大声で泣き続けた。


失恋なんかしていない。


始まりもしなかった恋は、時が過ぎると消えてなくなる雪の様に溶け、その跡すらも残さずに見えなくなった。


ただ、消えることの無い寒さだけを身体に残し続けて。




“DEEP 星影”

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今、君がそばにいるから ~あの日の確認~ 世界中で盆踊り @sekabon

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