第19話 永瀬桃、赤ちゃん向けの本を選書する
「では本日はこれで。引き続きよろしくお願いします」
四人を見送ろうと、一緒に部屋を出た直後だった。伊坂先生が立ち止まった。どうしたんだろう? その視線の先を見ると、永瀬桃が作ったポスターが壁に貼ってあった。
『一万円選書、承ります。ミュゲ書房が、お客様のご希望に応じた本を選ばせて頂きます。詳細は店主まで』
「これ――」
伊坂先生が振り返った。
「今、頼める?」
まさか一万円選書の最初の依頼主が伊坂先生になろうとは、思ってもみなかった。しかもテーマは「一歳児が喜ぶ本」。聞けば、一歳半になる娘がいるのだという。
「ちょっと待っていてください」
俺は急いで永瀬桃の机に向かった。
「永瀬さん」
よほど集中していたのだろう、華奢な肩がびくっと震えた。そして開いていたノートパソコンをパタンと閉じて振り返る。
「うまくいきました?」
「何が?」
「市長と山田さんの説得」
「ああ、うん。おかげさまで」
永瀬桃は「良かった」と、安心したような笑顔を見せた。
「ところで一万円選書なんだけど、赤ちゃん用の本って選べる?」
「……依頼第一号ですか?」
そのつぶらな瞳がきらりと輝いた。
「うん、そうなんだ。でも急ぎで、今この場で選んで欲しいっていう――」
「行きましょう」
永瀬桃はすっくと立ちあがった。
「大丈夫? 赤ちゃん用の本なんて」
「得意分野です。紗耶香さんが詳しく教えてくれたし、私、絵本も大好きで、小学校に入るくらいまで沢山読みました」
そして、颯爽と絵本コーナーに向かった。
制服姿の永瀬桃を見た伊坂先生は表情を変えなかったが、本条さんは「ずいぶん若い選書担当さんですね」と微笑し、山田さんは「まだ高校生だが、A市一番の読書家ですぞ」と太鼓判を押した。
永瀬桃は簡単に自己紹介を済ませると伊坂先生にいくつか質問をし、絵本の棚で選書を始めた。
そして十五分後、彼女の選んだ本は――『よるのねこ』(※)、『Black on White』(※)、『じゃあじゃあびりびり』(※)、『はらぺこあおむし』(※)、『Baby faces』(※)、『かわいいてんとうむし』(※)、『まるさんかくぞう』(※)、『ママはテンパリスト』(※)、『赤ちゃん新聞』
「赤ちゃんは白黒の絵や、他の赤ちゃんの顔を見るのが好きだそうです。それで選んだのが『Black on White』 と『Baby faces』。翻訳版はないのかな、でも英語、大丈夫ですよね? 『よるのねこ』も黒の使い方が素敵です。あとは、触れる絵本やミュゲ書房で人気の本。そしてお母さん用のマンガが『ママはテンパリスト』。笑えると評判です。どうでしょうか?」
永瀬桃が問いかけると、それまで説明を聞きながら絵本のページを繰っていた伊坂先生が目を上げた。手にしているのは『赤ちゃん新聞』。
「これは?」
「おもちゃの新聞なんですけど、カサカサする質感が赤ちゃんたちに大好評です。ハマる子は、ずっとそれで遊んでくれるらしいです」
「それ、明里も大好きでした」
「うちは夫婦でテンパリストにハマりましたよ。四巻全部持ってます。娘は『かわいいてんとうむし』が好きだったな。ボロボロになるまで読んで。伊坂先生、このまますべて購入でいいんじゃないですか? とても高校生が選んだとは思えない充実の選書ですよ」
「……うん、いいかな。じゃあそれ全部ください。永瀬桃さん、選書ありがとう。妻も私もなかなか書店に行く時間が取れないので助かりました」
伊坂先生の満足した様子に場が和んだ。市長、本条さん、山田さんは拍手までしてくれ、永瀬桃は照れくさそうに頬を赤らめたのだった。
―――――――――――――――
※ダーロフ・イプカー文と絵 ; 光吉夏弥訳『よるのねこ』(大日本図書、1988.3)
※Tana Hoban『Black on White』(Greenwillow Books; Brdbk版、1993.5)
※まついのりこさく『じゃあじゃあびりびり』(偕成社、1983)
※エリック=カールさく ; もりひさしやく『はらぺこあおむし』(偕成社、1976)
※Kate Merritt『Baby Faces: A Book of Happy, Silly, Funny Babies (Indestructibles) 』(Workman Pub Co、2012.5)
※メラニー・ガースぶん ; ローラ・ハリスカ・ベイスえ ; きたむらまさおやく『かわいいてんとうむし』大日本絵画,、2001)
※及川賢治, 竹内繭子作『まるさんかくぞう』(文溪堂、2008.6)
※東村アキコ著『ママはテンパリスト』(集英社、2008.10-)
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