魔王と従者

 

 最近、アビスが過保護だ。セラに対してではなく私に。


 毎日のように体の調子を聞いてくる。どうやら魔王と勇者、両方の因子を無理やり埋め込んだので何か問題が無いかを心配しているらしい。


 確かに三週間ほど寝込んだが、それ以降は問題ない。あれから一ヶ月経つし、もう大丈夫だと思うのだが。


 そう言ったら、怒られた。


『フェル様、いいですか? あんな無茶をして無事なのは奇跡なんですよ? 回復したのはフェル様の方が早かったですが、はっきり言ってセラよりも危なかったんです。反省してください』


「セラよりも危なかったって、そうなのか?」


『魔王、そして勇者、二つの因子はお互いの因子に影響されています。それは相反する物だと言えるでしょう。今、フェル様の体では因子同士が矛盾を抱えて存在しているのです。下手をしたら、フェル様という存在が無くなっていたかもしれないんですよ?』


「それは脅し過ぎじゃないか? いくらなんでもそこまでは――」


『言い足りないくらいです。フェル様が寝ている間に、ほとんど隠居している管理者達を全員集めて対策させていたことを知らないとは言わせませんよ?』


 確かに知っている。目を覚ました時に管理者全員から声を聞いた。なんというか安堵したような感じだったな。管理者達はほとんど感情がないとか言っていたがそんなことはないと思う。


 今更ながらにちょっと危なかったんだなと思い直した。でも、体に問題はないはずだ。


「まあ、なんだ。特に問題はないと思うぞ。本当にどこも悪い感じはしない」


『ならいいんですけどね。でも、しばらくは定期的な検査をさせてもらいますよ。はっきり言って今のフェル様は完全無敵です。でも、何かしらの問題が起きても不思議じゃありませんから』


 完全無敵ってなんだ? 不老不死とは違うのだろうか。


「良く分からないのだが、完全無敵って、どういう意味だ?」


『魔王と勇者のシステムの事です。魔王は勇者以外に殺せません。そして勇者は魔王を殺さない限り死なないのです。つまり今のフェル様はどうあがいても死なない。それに試したりはしませんが、致死の魔素による影響も受けるかどうか微妙なところです。体を再生するには魔力が必要ですが、魔王と勇者に魔力を供給するシステムがフェル様一人に供給されますから』


 なんか大変な事になっている。やっぱり考え無しでやるべきじゃなかっただろうか。


 でも、私に勇者の因子を取り込まなければ、他の誰かが勇者になって不幸になったと思う。最初のうちは万能感に嬉しくなるが、徐々に他人との差を感じる様になって、勇者の力を忌み嫌うようになると、セラが言っていた。


 無謀ではあったが私が勇者の因子を取り込んだのは間違っていない。誰も不幸にならなかったんだから正しい選択だったはずだ。


『フェル様、なにか反省していないように見受けられますが?』


「いや、反省してるぞ。今度はちゃんと相談してからやる」


『……相談しても、フェル様はやると決めたらやっちゃうんですよね。相談の意味を知ってますか?』


「もちろん知ってる。でも、いいか、乙女の相談というのは味方して欲しいだけだ。別の意見や反対意見を聞きたいわけじゃない」


『乙女に謝った方がいいと思いますね。いろんな意味で』


 最近、アビスは私に対して当たりがキツイ。ずけずけと言ってくる。


 まあ、でも、心配してくれているのだろう。無茶な事はしないように心がけよう。でも、知り合いが困っていたら、なんとなく何でもやってしまうんだよな。


「でもな、アビス。困っている奴がいたら助けてやりたいんだが」


 アビスから盛大なため息をつかれた。プログラムってため息をつくのか。


『フェル様がそういう人なのは分かってます。だからそういう時はサポートしますから、私や管理者達に頼ってください。全部をフェル様が背負う必要はないんです』


「普段から頼りにしてるけどな?」


『……それも分かってます。だからこそ全力で応えようと頑張ってるんですけどね。まあ、それはいいです。こっちが勝手にやりますから……そろそろお時間ではないですか?』


「もうそんな時間か。分かった。妖精王国へ行ってくる」


『はい、行ってらっしゃいませ』


 アビスとの話はここまでだ。今日はアールが魔界へ帰る日だからな。見送りぐらいしてやろう。




 妖精王国の食堂へ行くと、アールとその従者の魔族がいた。


 二人とも私に気付くと、他人の目も憚らずに跪いた。そういうのは止めてもらいたい。


「お前ら、言っただろう。こういうところでそういう事はするな。それに私に敬意を払う必要はない」


「フェル様。それは無理というものです。勇者を倒し、さらには勇者の力を取り込むなど、一体誰にできましょうか。そして私は魔族としてそれを近くで目にできたのです。これほどの名誉はありますまい。敬意を払うな、というのが無理という物です」


 従者のほうも私を尊敬の目で見ながら、頷いている。


「そんなに大層な事じゃない。たまたまだ」


「ご謙遜を。それでもう一度だけ確認したいのですが、本当にこの件を他の魔族へ伝えてはいけないのですか? それが辛いのですが」


「当たり前だ。そんなことを言ってどうする」


 余計な肩書はもういらない。本当にチューニ病枠に収まってしまう。それだけは断固阻止だ。


「あの、それでしたら、あのおとぎ話に追加すると言うのはどうでしょう? 浄化された魔界のシーンになる前に勇者を倒して力を取り込んだ展開を追加するというのがいいと思いますが?」


「採用じゃ! 素晴らしい案じゃな!」


「本人は嫌がっているんだが、その辺を察してくれないか?」


 こう言ってもやるんだろうな。そういう事をされても、ものともしない強靭な精神が欲しい。恥ずかしさと照れくささに勝てる精神力が……羞恥無効のスキルが欲しい。


 話をしていると変な墓穴を掘りそうだから、そろそろ送り出すか。


「それじゃ、アール。アビスへ助けに来てくれた魔族達に礼を言っておいてくれ。おかげでセラも子供も無事だった。私が直接言うと、その、色々と面倒だから」


「分かっております。それにフェル様から頂いた食糧がありますからな。これを皆に配りましょう」


「ああ、そうしてくれ」


 普段の食糧供給の他に追加で食糧を渡した。宴でもなんでもしてくれればいい。


「さて、そろそろ青雷便の準備が整ったようですな。名残惜しいですが、魔界へ帰らせて頂きます」


 食堂の窓から中央広場を見ると、確かにカブトムシ達がスタンバイしていた。


「お待ちくださいな、魔王アール殿」


 アールたちが外へ出ようとしたところで、ナキアが声を掛けてきた。


 そしてアールの前に立つ。


「今回は負けました。ですが、次は勝ちます」


 二人はいつの間にか戦っていたようだ。どうやらアールが勝ったようだな。


「勇者ナキアよ。それはいいが、儂はこれから弱くなる一方じゃ。老いぼれに勝っても自慢にはならんぞ?」


「近いうちに勝てる様になりますわ。すぐにこの聖剣を使いこなして見せます。だから貴方も魔王としてしばらくは最強の座に就いていなさいな」


 アールとナキアはお互いにニヤリと笑った。ライバル的な関係なのだろうか。


「いいじゃろう。その日が来るのを楽しみにしておる。用意ができたらいつでも連絡するが良い」


「ええ、では近いうちにまた」


 ナキアはそれだけ言うと、クルリと背を向けて、ルゼやアルマがいる方へ歩いて行った。ナキアなりの見送りなのだろう。


「儂もまだまだ魔王でいなくてはいけないと言う事ですな。本当はもっと優秀な魔王に代わって貰いたいものですが」


「アールよりも優秀なのは難しいんじゃないのか? 若い頃は色々やらかしたみたいだが、今は判断力と強さを兼ね備えた優秀な魔王だと評判だぞ? これまでも何度かお忍びで魔界へ行っていたが、私もそう思うし」


 なんだ? アールがこちらを見て驚いた表情をしているんだが。


「えっと、どうかしたのか?」


「……いえ、魔神であるフェル様にそんなことを言われるとは……何よりも嬉しい言葉です。このような機会をくれたセラ殿に感謝ですな……うむ! この先、十年でも二十年でも魔王をやりましょうぞ!」


 よく分からないが、いきなりやる気を出している。まあ、悪い事じゃないだろう。


 アールと従者は礼をしてから食堂を後にする。そしてカブトムシが運ぶゴンドラに乗って飛んで行った。


 魔王とその従者か。魔王様と私の関係をちょっとだけ思い出す。


 いつかまた魔王様と二人で旅をするような事はあるだろうか。


 人界はほとんど行ったから、今度は浄化された魔界を魔王様と旅をしてみたい。遥か未来の話だが、それを想像するのはちょっと楽しいかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る