戻ってきた日常

 

 セラが目を覚ましてから一週間が過ぎた。


 体の調子はいいらしい。ただ、勇者であったときの感覚と随分と変わってしまったようで歩くのも一苦労とのことだ。


 それは仕方ないだろうな。私にも経験がある。魔王になった当初は力の制御ができなくて大変だった。セラの場合は逆、弱体化したわけだが、同じ事だろう。


 もう少し経てば感覚も馴染むだろう。今は無理をしないで、体を休めることが重要だ。無事にお腹の子を産むことが一番大事なことだからな。アルマもいるし大丈夫だとは思うが、実際に生まれるまではしっかり守ってやらないと。


 ようやく少しだけ落ち着いた。日常が戻ってきたと言えるだろう。でも新たな問題が増えた。


 私を知っている奴が増えた。その関係で私への来客が多い。


 いつもの席で目の前に座っている奴らを見渡す。落ち着いて食事をしたいんだけど、なんでコイツらはいるのだろうか。


 ルゼとアルマとナキアがテーブルに座り、そしてなぜかナキアのメイドが私の後ろに立った。なんだろう、この包囲網は。


「これから食事をするから、ちょっと他の席へ行ってくれないか? むしろ、ずっとどっか行け」


「師匠、何言ってんだ。一緒に食えばいいだろ? 奢れなんていわねぇからさ」


「そうですよ、教皇様。滅多に聖人教の本部へ来られないんですから、たまには信者と親睦を深めましょう。ちなみに日記はどこにありますか?」


「大体、いまだに私と戦ってもらっておりません。食事をしたらアビスの中で戦いましょう。今すぐでも問題ありませんけど」


「ナキア様。以前も言いました通り、フェル様へ剣を向けるなら私がお相手を致します。主人の手を煩わせることがない様にお願いします」


「分かった。もっとはっきり言ってやる。アルマ以外は家に帰れ。なんでここに滞在してるんだ」


 コイツらあれからずっとここにいる。セラを助けるために頑張ってくれたことは感謝している。だが、もう普通の生活に戻ってくれて問題ない。むしろ、戻れ。


「実は俺達、パーティを組んでアビスを攻略してんだよ。アビス踏破を目指してるんだぜ!」


「パーティ?」


「冒険者のパーティだよ。俺とアルマとナキア、それにフェレスのおっさんもな!」


「本当に何やってんだお前ら」


 アビスの最下層には私の私物しかないんだから踏破するなよ。やるならアビス以外のダンジョンでやれ。アビス以外のダンジョンもいいところだぞ。多分。


 でも、コイツ等にそれを言っても分からないだろう。なので、近くのテーブルに座っているフェレスに声をかけた。気配を消して関係なさそうにしているが、私の魔眼はごまかせない。


「おい、フェレス。コイツらを何とかしろ。パーティなんだろ? 年齢的にお前がリーダーじゃないのか」


 フェレスがげんなりとした顔でこちらを見た。


「……リーダーはナキアだ。それよりも、本人が了承していないのに、なんでパーティに入れられているんだろうな。そもそも俺はソロが主体だし、遺跡を探すのが好きであって遺跡の中を探索するのは好きじゃないんだが」


 そんなことを私に言われても困る。あれか、方向性の違いとかですでにパーティは崩壊寸前か。


「水くせぇ事言うなよ、おっさん!」


 言葉の使い方が間違っている。絶対に水くさいという場面じゃない。


 フェレスは何もかも諦めた顔をしてから、大きくため息をついて、そっぽを向いてしまった。なんとなく背中に哀愁を感じる。でも、逃げ出さないところを見ると、年長者としてコイツらを見てやっているのだろう。損するタイプの奴だと見た。


 それにしてもよくアルマはルゼとパーティが組めたな。リエルの事でルゼを嫌っていたようなのに。


「特に気にしているわけじゃないけど、アルマはルゼとパーティを組んでも問題ないのか? その、治癒魔法をかけないとか、ダンジョンの中で完全犯罪を目論んでいるわけじゃないよな?」


 ルゼがアルマの方を見て目を見開いている。気付いてなかったのか。


「大丈夫です。そんなことはしません。不本意ではありますが、聖母様が初代魔女を裏切者と呼んでいた理由が分かりましたので、お咎めなしです」


「咎めるつもりだったのか。まあ、リエルもヴァイアやディアの事を本当に裏切者と思っていたわけじゃないからな。確かにリエルは私にそんな風に言ったが、笑ってたし」


「はい、日記に書いてありました。でも、その後、ものすごく真剣な目で教皇様を真の親友だと言ったとか」


「それこそ不本意なんだけどな」


 まあ、あれも本気じゃなかったと思う。多分。


 そういえば、ヴァイアを裏切者じゃないと思ったのなら、ディアの事も裏切者じゃないと思ったのかな?


「えっと、ディア――ニャントリオン創始者の子孫についてもお咎めなしなんだよな?」


「はい、もちろんです。それに、スタロさんの奥様は私達のプロデューサーなので」


「プロデューサー?」


「冒険者のパーティを組むことになったのは、スタロさんの奥様の発案なんです。ここで食事をしていたら、私達をプロデュースしたいと声を掛けてきたんですよ。色々計画があるらしいですね。まずはアビスで――」


 アルマがそこまで言ったところで、食堂の扉が勢いよく開いた。


 そこには両手を顔の前でクロスさせている女性がいる。こちらに左目だけが見えるように計算されたポーズだ。確かスタロの嫁さん。丁度いいタイミングと言うかなんというか。


「その後は私が話しましょう!」


「いや、別に知りたくはないんだけど」


「この子達は原石! 原石なのです! 迷宮都市という闇の中でほんのわずかに光る少女たち……それは多くの困難を乗り越えることで今以上に輝くでしょう! そう! 闇と光の力を手に入れた魔神、フェルさんのように!」


「私を引き合いに出すんじゃない。大体、なんで迷宮都市が闇なんだ」


「冒険者として知名度を上げたら、今度はアイドル冒険者として売り出します。当然、ニャントリオンの服を着てですが。魔女と聖女と王女とおっさん……これは売れる!」


「聞けよ。というか、お前もか。ディアの血筋ってなんでそう言うのが好きなのかな。チューニ病は仕方ないとして、アイドルをさせたがるのがよく分からん……ちょっと待て。フェレスもやるのか?」


 フェレスの方を見た。殺気を出して、コップを力いっぱい握っている感じだが、大丈夫だろうか。


「最近、強面萌え、というのがありまして、時代のニーズに沿った形ですね。ちなみにフェルさんの枠もありますよ? 魔王と勇者を受け継ぎし、不老不死の魔族……つまり、チューニ枠ですね。ちょっと設定を盛り過ぎですが。実はそれを聞いた時、過呼吸で倒れそうになりました。上の姉三人は倒れましたね。私は耐えましたよ!」


 やる気はないけど、私がチューニ枠って事に納得いかないのだが。というか、姉達もチューニ病か。なんだろう、呪いか何かか?


「おお、いいな! 師匠、俺達とパーティ組もうぜ! まずはアビス踏破だ! その後アイドル目指そうぜ!」


「アビスは私の家みたいなものだ。なんで私が自分の家を踏破しないといけないんだよ。というか、むしろ私がラスボスだぞ。絶対に最下層へはこさせん……ナキア、聖剣をしまえ。ここは食堂だ。私はここだとラスボスじゃないぞ。ただの一般客だ」


 なんというか、ツッコミが多くて疲れる。だが、ようやくヘレンが料理を持ってきてくれた。とっとと食べて部屋に戻ろう。コイツらは無視するに限る。


「フェルさん、朝から食べ過ぎじゃないですか?」


 ヘレンは料理をテーブルに置きながらそんなことを言った。


「ヘレン、お前にはまだ分からないかもしれないけどな、食べなきゃやってられない時があるんだ」


「それ、お酒を飲むときに良く聞きますけど、食べ物でもあるんですか……? ああ、やけ食いですね? でも神様でもそういう時があるんですか?」


「……神様ってなんだ?」


「フェルさんのことですよ。あの部屋に住んでいたのはフェルさんだったんですよね。あそこは神様の部屋ですから、フェルさんが神様です」


 そういえばそんなことを言ってたな。でも、そんなことを真顔で言われると困る。


「泊っているのを黙っていたのは悪かったと思う。だからもう神様なんて言わないでくれ。一応魔神と名乗っているけど、それはまあ、二つ名みたいなものだ。私は神様なんかじゃない」


「でも、私やご先祖様にとっては神様なんですよ。あの部屋にお願い事を書いた紙と美味しい料理を持ってくと、叶えてくれたんですよね?」


「あの部屋は買い取ったものだが、掃除とかはやって貰っているからな。その礼みたいなものだ。気にしなくていい。というか気にしないでくれ――お前ら、どこへ行くつもりだ? なんで紙を持ってる? いいから座ってろ。予言してやるが、その願いは叶わないぞ。神様は食事ができなくてご立腹だからな」


 本物の神様ってどこかにいないものかな。いたら私に落ち着ける日々をくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る