勇者の願い

 

 世界規則で縛られている以上、魔王である私は勇者であるセラに勝てない。


 ただ、それはあくまでも勇者を殺せないというだけだ。気絶させるなり戦闘不能な状態にさせることはできる。アビスからもそのように教わった。


 やるべきは唯一つ。セラの心臓を貫く。


 主要器官が破損すると、膨大な魔力を使って修復するが、大事な器官であるほど修復に時間が掛かる。その代わりにかなり強靭な状態になっているともアビスから聞いた。


 色々な条件が重なっていないと、セラの心臓を貫けないだろう。それにそんな隙を見せるとも思えない。セラが無防備になるまでセラにダメージを与え続けよう。


『お前達聞こえるな? セラの背後に浮いている剣、あれを一本ずつ相手してくれ。私に近づけさせるな』


念話でスライムちゃん達に指示を出した。


『それだけでよろしいのですか?』


 ジョゼから疑問の声が返ってくる。


『ああ、それで十分だ。頼んだぞ』


 スライムちゃん達から了承の返事がきた。セラと剣一本。それなら何とかなるはずだ。それにアイツの技は八本揃っての突進攻撃だ。それを防げるのならありがたい。


 よし、先手必勝だ。


「行くぞ、セラ」


「いいわ、来て」


 セラの目の前に転移する。左のジャブを高速で放つ。


 だが、セラは上半身をかなり低くしながら躱した。そして足元を剣で攻撃してくる。


 くそ、このスタイルは足元への攻撃に弱いんだ。


 仕方ないので、飛び上がってバク転しながら躱す。


 かなり距離を取ったと思ったのだが、セラが極端な前傾姿勢ですぐ近くまで詰め寄ってきた。


 更にセラは地面スレスレから逆手に持った剣をアッパーの様に振り上げる。その剣の軌道に入らないようにバックステップで躱した。


 セラは振り切った剣を逆手から普通に持ち直して、今度は振り下ろしてきた。


 速すぎる。これは躱せない。


 左手の小手でその剣を受けた。甲高い音が響く。だが、流石ヒヒイロカネの小手。衝撃はあったが壊れるような事はない。


 セラは剣を両手で持ち、こちらに押し付けている。力負けはしていない。今の私とセラの身体能力的には同じくらいなのだろう。


「以前のような借り物の小手ではない様ね?」


「魔王様の小手だ。お前の持つ剣が聖剣だろうが魔剣だろうが、この小手を壊すことは不可能だぞ?」


 ヒヒイロカネ製の武器なら困るが、それはないだろう。


 剣を払いのけて、右拳でボディを――ダメだ!


 セラの腹に当たる前に拳を止めた。その止まった瞬間に剣で横薙ぎされる。小手でガードしたが、吹き飛ばされた。


 地面を横に転がりながら、体勢を立て直す。しまった、ボディへの攻撃は駄目だ。セラが相手なのにハンデが多すぎるな。


 セラの方をみると、怪訝そうな顔をしていた。


「フェル? なんで攻撃を止めたの? あのタイミングなら私に攻撃を当てられたわよ?」


「何言ってる。例え戦っていても腹は大事にしろ。子供がいるんだろ……そういえば、初めて本気で戦った時、腹を殴ってしまったな。すまん」


「……魔王君の命が掛かっているのに、私の子の心配をしてくれるの?」


「あたりまえだろう」


「でもね、フェル。この子は不老不死だし、産まれることもないわ。気にする必要ないわよ?」


「死ななくても痛みはあるかもしれないだろ。安心しろ、腹に衝撃がある様な攻撃はしない。お前も腹をねじったりするような攻撃は止めるんだな。母親として子供の事を第一に考えろ」


「……ありがとう、フェル。ますます貴方が好きになったわ」


「そうか。だが、今は敵同士だ。手心を加えるつもりはないぞ」


「矛盾してるわよね? 既に手心を加えていると思うけど?」


「気のせいだ。さあ、続けるぞ」


 でも、どうするべきか。腹は殴れない。それに吹き飛ばしたりすると、お腹に衝撃があるだろう。殴るとしたら、上半身だけか。しかも、吹き飛ばさずに。


 ダメージを与えるつもりだったが、一撃必殺でやるしかないな。チャンスを待って、ここぞのタイミングで心臓に一撃を入れる。心臓を貫けば、一ヶ月くらいは修復のために眠るはずだ。それを狙う。


「セラ。様子見は終わりだ。ここからは本気でやらせてもらう」


「そうね、あれじゃ勝負がつくまで何ヶ月も掛かってしまうわ」


 お互い分かっていると言う事か。なら、これからは全力だ。


「【能力制限解除】【全魔力高炉接続】」


「【能力制限解除】【第六魔力高炉接続】【第七魔力高炉接続】」


 唯一勝てているのは魔力高炉の数か。魔力を使う大技はこちらが多く繰り出せるだろう。だが、今回は一撃必殺。たった一回の攻撃に大量の魔力を消費させる。グローブの限界まで魔力を込めよう。小手とグローブがバチバチと放電を始めたが、まだ足りないな。


 セラが瞬間的に間合いを詰めていた。あの距離を一瞬か。


 どれもこれもが致命傷になる一撃。それを小手とグローブで丁寧に弾いていく。多少力負けしているが、剣の軌道をずらすだけなら問題ない。でも、徐々にスピードが上がってきた。


 甲高い音が連続で聞こえる。くそ、このままではまずい。


「どうしたの、フェル? 反撃しないの? もっと速くなるわよ?」


 言葉を返せない程、手数が多い。致命傷ではないが、腕に傷が増えてきた。くそ、いつまで続くんだ。


 しまった! 体勢が――!


 そう思った瞬間、セラの突きが私の胸を襲った。


「がっ!」


 攻撃に逆らわず、後方へ飛ぶようにして威力を殺した。胸元が血でにじんでいるが、なんとか大丈夫だろう。それにセラは追撃をしてこなかったようだ。絶好のチャンスだったのに、どうしたんだろう?


 いや、セラも色々とギリギリだったのだろう。あれほど攻撃したんだ。腕が疲れているのかも。


「フェル、貴方の力はその程度? そんなんじゃ私に勝てないわよ? 魔王君がどうなってもいいの?」


「お前の方こそ、この程度か? これで私に勝った気になっているなら、滑稽だぞ?」


「言うわね。それじゃ、さらに本気を出すわ。殺すつもりはないけれど、しばらく生死の境をさまようレベルの傷を負ってもらうわね」


 私も知らないセラの奥の手か。


「それにしても、スライムちゃん達は面倒ね。私の剣が全く役に立たないわ」


 どうやらスライムちゃん達は指示通りに剣を一本ずつ相手してくれているようだ。私へ攻撃させないように、硬質化した粘液で弾いてくれているのだろう。


「仕方ないわね。その剣はスライムちゃん達にあげるわ」


「なに?」


 次の瞬間、セラは亜空間から新たな剣を七本取り出した。


 そういえば、セラは聖剣や魔剣の類を何本も持っていた。まずい!


「【深き衝撃】」


 セラが胸の前で両手を勢いよく合わせると、そこから大量の魔力が噴き出た。


 今なら分かる。第六と第七の魔力高炉から大量の魔力が失われた。あの時の比じゃない。どれだけの魔力を使ったんだ?


 濃い魔力が一気に噴き出たので、空気の壁のような物ができた。セラに近づけない。くそ、このままでは……!


「【降魔降神】」


 セラがそう言いながら持っていた剣を両手で地面に突き刺す。それに追随するように、セラを中心に円状に浮いていた剣が地面に刺さった。


 剣の刺さった場所に魔法陣のようなものが描かれる。そしてその魔法陣から光が立ち昇り、セラを飲み込んだ。この部屋に溢れる大量の魔力が今度はその光に吸い込まれていく。


 何が起きているのかは分からないが、一つだけ分かる。光の中心にいるセラの魔力が異常に増えている。今までの比じゃない。


 光が収まると、セラが剣を持って立っていた。


「悪いわね、フェル。一時的に神のごとき力を得る私のユニークスキル。この状態で繰り出す攻撃はどうあがいても耐えられないわ」


 これがセラの本気か。なるほど、確かに耐えられそうにないな……今の私なら。


「そうか。なら私もユニークスキルを使おう。【百鬼夜行】」


 近くにはスライムちゃん達がいる。残念ながら壁がないので、死亡遊戯は使わない。使ったところでセラを弱体化はできないだろう。だから純粋に力と力の勝負だ。


「始めて見たけど、それがフェルの本気なのね……いいわ。この一撃で決める。ごめんなさい、魔王君の事は諦めてもらうわよ」


「いいだろう。お前の攻撃に耐えられない様なら、魔王様は諦める。だが、もし私が耐えられたら、今度はお前が私の攻撃を受ける番だぞ」


 とは言ったものの、どうする? おそらくセラは八岐大蛇とかいう技を出してくるだろう。一本は何とかなるが、残り七本をどうすれば……?


 セラは腰を落として剣先をこちらに向けた。宙に浮く七本の剣もこちらを向く。魔力を練り上げているようだ。それを剣に込めている。


 今のうちに対応を考えないとまずい。どうする?


『フェル様、我々がもう一度、剣を一本ずつ対処します。フェル様はセラの持つ剣だけ対処してください』


 ジョゼから念話が届いた。


『ジョゼ、いままで抑えていた剣はどうした?』


『セラがくれたので貰いました。今は体内の中です』


 所有権が移ったか。セラも迂闊な事を言ったものだ。それはいいとして、これからの攻撃をスライムちゃん達が受けきれるか?


 ここは頼むしかないな。


『分かった。頼むぞ。だが、無理はするな。危ないと思ったら逃げろ』


『その命令はたとえフェル様でも聞けません。フェル様をお守りするのが我らの使命。この命尽き果てようともフェル様をお守りしましょう』


『……あの約束は覚えているよな? 未来永劫、私に仕えると言ったんだ。その約束も絶対に守れよ?』


『畏まりました。必ず生き残ってフェル様にお仕えします』


 ジョゼ以外からも同じ言葉を聞けた。よし、セラの持っている剣だけに集中しよう。私ならやれるはずだ。


 セラが私を見据えた……来る!


「【八岐大蛇】」


 セラが突進してくる。そして剣を突き出してきた。


 私の胸に向かって突き出される剣。それを両手で挟み込んだ。


「ぐ、うう!」


 完全には止めきれなかった。剣先がすこしだけ私の胸に突き刺さっている。だが、それだけだ。心臓に届くような刺され方じゃない。


 直後に七本の剣がこちらに飛んできた。


 それをスライムちゃん達が私の前に出て体を張って止める。全ての剣が私の目の前で止まった。


 セラは勢いよく突撃してきたせいで、体勢を崩していた。止められるとは思っていなかったのだろう。


 剣を勢い良く払った。セラが更に体勢を崩す。胸元ががら空きだ。


「終わりだ。【神殺し】」


 放電している右手のグローブ。その魔力をすべて解放し、セラの胸元、心臓を狙ってパンチを繰り出した。


 セラは防御もせずに、私を見て微笑んだ。やっぱり、コイツ……。


 右のストレートがセラの心臓を貫いた。そしてセラはフラフラと後ずさり、床に仰向けで倒れた。


 セラは不老不死だ。たとえ心臓を貫かれても、死ぬことはない。だが、これほどの致命傷を受ければすぐには修復できないはず。


「私の勝ちだな」


 セラに近寄って声を掛けた。


「……か、かはっ、そ、そうね、フェル、貴方の、勝ちよ……」


「お前、ワザと受けたな? なんでそんなことをした?」


「そ、それよりも、フェル、お願いが、あるの……」


「なんだ?」


「私を、この遺跡の、奥へ、連れて、行って、私を、殺して……」


 やっぱりそのつもりだったか。


「お前、最初からそのつもりで魔王様を連れてきたんだな? 私にお前を殺させるために」


「ま、魔王君を、使わないと、フェルは、本気を、出して、くれない、でしょ?」


「理由を聞かせろ。お前には子供がいるのだろう? 何で死にたい?」


「え、永遠に、産めない子ほど、辛いものは、無いわ、私も、そして、この子も……」


「魔王様なら、勇者のシステムだって何とかできる。お前にそう教えただろう?」


「ふ、ふふ、魔王君、ね……魔王君は、私の体を、調べたのに、子供の事を、言わなかったわ……私は、魔王君を、信用して、ないのよ……」


 イブにおかしくされていた時の事か。確かに魔王様はセラを治療した。その時に気付いていた可能性は高い。でも、セラには言わなかったのだろう。辛いことになるのが分かっていたからだと思う。


「それは魔王様の優しさだろ?」


「そ、それは、優しさ、じゃないわ。子供が、いること、を、黙っていられた方が、辛いわよ……」


「そうかもしれないが……でも、魔王様は信用できる。お目覚めになるまで待っていればきっと――」


「フェ、フェル……それは何年後の、話、よ?」


「……四千年以上先だな」


 セラは苦しそうに笑い出した。そして、セラは口から血を吐きだす。


 少しずつではあるが、体が修復されているのだろう。心臓はすぐに治らないだろうが、ちょっとは喋りやすくなったか?


「貴方は、待てるわ。四千年でも、一万年でもね。でも、私は無理。四百年、貴方と過ごした。それは楽しい日々だったけど、この子をお腹に宿したまま、後四千年なんて、耐えられるわけがない……」


「そんなことは――」


「フェル、私はね、普通の村娘なのよ。体は勇者かもしれない。でも、心は違うの。貴方の様に、強くないわ……」


「何を言ってる。私だって強くない」


 セラは仰向けの状態で、首を横に振った。


「貴方は強いわ、フェル。体じゃなくて、心がね……私はもう疲れちゃったの。だから、フェル、お願い。私を、殺して。自分じゃダメなの……この子のためにも自分じゃ死ねない。本当は、フェルを殺して、死ぬということも考えたのよ? でも、そんな事できなかった……だって、フェルは大事な親友、家族だもの……」


「お前はその親友や家族に自分を殺させようとしているんだぞ? 私がそれを何も思わないとでも思っているのか?」


「フェルは、強いから……それにきっと私の望みを叶えてくれる、そう信じてるから……私をこの悪夢から解き放って……」


 セラにとって現実は悪夢なのか。私も同じような感じで夢に逃げたから気持ちは分かる。分かるが……。


「セラ、お前は死んでもいいと、本当にそう思っているのか?」


「ええ、そうよ。それにフェルの手に掛かるなら、悪くないわ……だから、お願い……」


「そうか……お前の気持ちは分かった。なら眠れ。次に目を覚ました時には新しい人生が始まっているはずだ」


 セラは私の言葉を聞いて微笑んだ。


「ありがとう、フェル。それともう一つお願いがあるの……」


「なんだ?」


「この子のこと、覚えておいて。黄泉比良坂で見てくれたのよね? この子にはきっとあんな素晴らしい人生があったはずなのよ。それをフェルに覚えておいて欲しいの。この子が命を授かった証として、覚えておいて……」


「分かった。覚えておこう。もちろん、お前の事もな」


 セラは笑顔のまま目を瞑った。


「この悪夢の中で、あの人とこの子に出会えたこと、そしてフェルが魔王だった事だけは良かったって思えるわ……」


「私はお前が勇者で面倒くさかったぞ」


「ふ、ふふ、そこは良かったって言ってよ……そうだ、食事の約束、守れなくて、ごめんなさいね……」


「せっかく私の奢りだったのにな。次はお前が奢れよ」


「……ふふ、そう、ね。次は私が奢る、わ……」


 セラからすべての力が抜けたような感じになった。


「おい、セラ?」


 セラからの返事はない。どうやら眠りについたようだ。


 よし、早速行動だ。


「フェル様、セラを遺跡の奥へ連れて行くのですか?」


 私がセラを背負おうとしているので、ジョゼはそう思ったのだろう。心外だ。


「そんなわけあるか。これからコイツを連れて行く場所があるんだ。大体、魔王である私が、勇者の言う事なんか聞くわけないだろ。勝手なこと言いやがって。何が、殺して、だ」


「まあ、そうですよね。ではセラは私達が運びます」


「じゃあ、頼む。それと魔王様も頼むぞ。ヴィクトリア、お前のあの空間に魔王様を入れておいてくれ」


「畏まりました」


「それじゃ転移門を開く。セラを運んでくれ」


 さあ、もう一勝負だ。可能性は低いが、死ぬ気だったと言うなら問題ないだろう。それにアイツらもいる。分の悪い賭けじゃないはずだ。


 セラ、お前の悪夢を終わらせてやるからな。

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