勝つための準備
セラと本気で戦うのは二回目だ。
一回目は完敗した。
セラは勇者。世界規則という魔王と勇者のシステムで、魔王は勇者には勝てない。それは創造主が決めた絶対的なルールだ。でも、創造主と言っても神じゃない。人だ。人が作ったシステムを人が超えられない訳がない。
あれから千年。私は強くなったはずだ。全てを守れるわけじゃない。でも、手の届く範囲の大事な人を守れるだけの力を得たはずだ。
そして守る対象にはセラだって含まれている。こうなったら仕方がない。可能性は低いが、あれをやるしかない。今なら――みんながいる今ならなんとかできるはずだ。
「戦う前に色々準備させてもらってもいいか?」
「ええ、私達には無限の時間がある。いくらでも待ってあげるわ」
セラに頭を下げてから、みんながいる場所へ移動した。
「セラと戦う事になった。それで――」
「おうよ! 俺達も一緒に戦えってことだな! おっしゃ、任せろ!」
ルゼの鼻息が荒い。そんなわけないだろうが。
「何を勘違いしている。お前達はこの場所から離れろ」
「し、師匠何言ってんだよ! 日記を読んで知ってんだ! 魔王は勇者に勝てねぇんだろ! 一緒に戦うくらいのハンデを貰っておかねぇと! そのために俺達を連れてきたんだろ!?」
確かにあの時、リエルの声が聞こえた気がして、みんなを連れてきた。でも、戦うにだって色々ある。多分、こうするのが正解だ。
「戦うにも、それに勝つにも色々あるという事だ。お前達にはやって貰いたいことがある。これから開く転移門の先で、アビスと一緒に準備をしてくれ。そこへセラを連れて行く」
アビスがハッとするような顔をした。気付いてくれたのだろう。
「フェル様、あれは……人族には耐えられません」
「そうかもしれない。でもな、ここにいる奴らは今の人界や魔界で最高の力を持つ奴らだ。そのみんなが揃っていると言うのは奇跡的な事だろう? 今がその最高のチャンスだと思うんだ」
みんなはセラが集めたのだろう。偶然か必然か。どっちでもいいが、一番可能性が高いのは今このときだ。
「皆、アビスの指示に従って行動してくれ。頼む」
頭を下げてお願いすると、何人かが慌てたようだ。ただ、フェレスだけは黙ってこちらを見つめていた。
「俺は日記でしか、アンタを知らない。どちらかといえば、俺はセラの味方だ。あれだけの事情を聞かされて、アンタに手を貸すつもりはない」
「おっさん! な、何言ってんだよ! 師匠は悪くねぇんだぞ!」
「ルゼ、止めろ。フェレス、お前の言う事はもっともだ。だが、セラの味方をすると言うなら、私に任せるべきだぞ」
フェレスは私の方を見つめていたが、目を閉じて大きく息を吐いた。
「いいだろう。日記でしか知らないが、アンタは信用できる……気がする。何をするのかは知らないが、セラを不幸にすることではないのだろう? ならアンタに任せる」
「ああ、必ずいい結果にして見せる」
アールが一歩前に出た。
「フェル様。本当にお一人で戦うのですか?」
「一人ではない。スライムちゃん達がいるしな」
亜空間からスライムちゃん達を出すと、キョロキョロと周囲を見渡してから、全員でポーズを取った。七匹いるから派手だな。
「おお、大罪のスライム達ですね。私が手助けするよりも遥かに強力な方達がいらっしゃいましたか。私が参戦しても、ただの足手まといになってしまいますな」
「安心したか?」
「フェル様、私も日記で状況は分かっております。魔王は勇者に勝てません。ですが、フェル様は我々の神、魔神なのです。大変な戦いになるとは思いますが、勇者に負けるなどとは微塵も考えておりません。ご武運を」
アールへ頷く。
そう、私は魔王じゃない。魔神だ。でも、これからの戦いにそんな肩書は関係ない。私はセラの親友として、家族として、セラを倒す。いや、止める、か。
「アールには魔王としてやって貰いたいことがある。詳しい話はアビスに聞いてくれ」
「畏まりました」
アールが一歩下がると同時に、ナキアが前に出てきた。
「残念ですわね。事情が許すなら私がセラと戦いたかったのですが。本物の勇者、人類最強と戦えるチャンスなんてほとんどないのですけど……有無を言わさず襲い掛かってしまいましょうか?」
ナキアが物騒な事を言っている。なんでコイツを勇者にしたんだろう。
「私がセラに勝てば、私が人類最強だぞ? そんなに言うなら後で戦ってやるから、今は私の言うことを聞いてくれ」
「分かりましたわ! その言葉、絶対! 絶対守って貰いますわよ!」
「分かった、分かった。お前の剣が必要だからな。使い方をアビスに教わって準備しておいてくれ」
「聖剣フェル・デレが……?」
精霊の宿る剣だ。アイツらにも助けて貰わないとな。
不思議そうにしているナキアから視線をずらしてアルマを見た。アルマはさっきから涙を流している。
「アルマ」
「きょ、教皇様ぁ……! セラさんが、セラさんが可哀想すぎて……! なんとか、なんとかならないんですか! こんな戦いをしなくても、なんとかできると思うんです!」
「今は無理だな。セラはお腹の子のために、魔王様を殺すのが正しいと思い込んでいる。いや、もしかすると、自分が死にたいのかもしれない。魔王様を殺すにはここの下層へ行かないといけないからな。そこへセラも行くつもりだったのだろう」
「そんな……だって赤ちゃんが……」
「そうだな。せめて一緒に、とかいう馬鹿な考えをしているんだろう。だからそれを止めさせる。これは勘だが、セラは私に止めて欲しいと思ってるはずだ。まあ、私の願望だけど」
この広間で私達を待たずに下層へいけば、セラは目的を果たせたはず。それをしなかったのは、私に何もかも話して、その上で止めて欲しかったんだと思う。面倒くさいやつだ。
「教皇様……セラさんを助けられますか?」
「……それはお前の手に掛かってる」
「わ、私ですか?」
「アルマはリエルと同じくらい治癒魔法が使えるようになったからな。それに、あの後も医学の勉強は続けているよな?」
「は、はい、続けています。で、でもそれが、セラさんを助けることになるのですか?」
「ああ、そうだ。詳しくはアビスに聞いてくれ。初めて会った時の事を覚えているか? あの時のように寝ずの治癒が必要になるはずだ。それをまたやって貰う事になる」
アルマは驚いていたが、涙を拭いて決意したような顔になった。
「それでセラさんを助けられるんですね? ならやります! やらせてください!」
「ああ、お願いする……お前が『聖母の再来』と言われるのも頷けるな。リエルも人を治癒する時にはそういう顔をした。頼んだぞ」
「……はい!」
いい返事だ。さて、最後はスタロか。
「えっと、私は何もできませんけど? いや、もちろんセラさんの事には同情してます。自分の嫁がそんなことになったらと思うと、立ってすらいられないでしょう。ですが、私は運もないし、基本的に何もできないのですが?」
「お前には市長の立場を使ってもらう。アールと連携してやって貰う事になるからアビスに聞いて準備しておいてくれ」
「そ、そうなのですか? 分かりました。何をするのかは分かりませんが、やらせて頂きます……あの、日記の代わりを用意してもらえますかね?」
「……わかった。用意するからちゃんとやってくれよ」
スタロは嬉しそうだ。下手したら市長を辞めさせられるかもしれないからな。本人にとっては死活問題なのだろう。
改めてアビスの方を見た。
「アビス、よろしく頼むぞ」
「正直、やりたくありません。それに代わりはどうするのです?」
「目の前にいるだろ」
アビスは怪訝そうな顔をしてから、驚きに目を見開いた。
「……馬鹿な! そんなことをしたら拒絶反応が出ます! 認められません!」
「それが一番いいんだ。他の奴にやらせる訳にもいかないしな。それにアビスがいるなら大丈夫だろ?」
「なんてことを……まさか、最初からそのつもりだったのですか?」
「……そんなわけないだろ」
「……フェル様は嘘が下手ですね……仕方ありません。説得は諦めます。万全な状態でお待ちしていますので……必ずお戻りください」
「もちろんだ。よろしく頼むぞ、相棒」
アビスは複雑そうな顔で頭を下げた。
さて、転移門を開いて移動させるか。おっと、その前にルゼに確認しておかないと。
「ルゼ、お前、転移門は使えるよな?」
「おうよ! でも、エルリガと迷宮都市しか登録してねぇぜ? 初代様みたいに座標計算をすぐになんかできねぇよ」
「いや、それで十分だ。これから行く先も念のため登録しておけよ」
「よく分かんねぇけど、分かったぜ! 師匠! 俺の師匠なんだから負けんなよ!」
「当たりまえだ。師匠のすごさを見せてやるぞ」
ルゼは笑顔で頷いた。
これで問題はないはずだ。深呼吸してから転移門を開いた。
「みんな、よろしく頼むぞ」
そう言ってみんなを門の先へ送り出す。
よし、これでとりあえずの準備は整うだろう。後は私がセラに勝てばいいだけだ。
「みんなを別のところへ移動させてしまうのね? 昔みたいに魔素中毒にさせるつもりはないわよ?」
「そんな心配はしてない。お前に勝つための準備だ」
「ふうん? よく分からないけど、スライムちゃん達がいるようだし、手を抜くつもりはないという事は分かったわ」
「そうだな。でも、もう少し待ってくれ。すぐに準備する」
「ええ、どうぞ」
まずはジャケットを脱ぐ。それを亜空間に入れた。代わりに亜空間から取り出したグローブを右手に着ける。その後にネクタイを少し緩めて、髪を後ろでまとめた。これでいつもの戦闘スタイルだ。
軽く、パンチを繰り出して動きを確認。
うん、問題ない。
大きく深呼吸をしてから、床に仰向けで倒れている魔王様を見た。
私はいつも魔王様に助けられた。なら今度は私が助ける番だ。
「待たせたな」
「いいのよ」
セラは亜空間から剣を取り出して構えた。その剣先がこちらを向く。そして宙に浮いた剣もこちらの方を向いた。
私も両手の拳をきつく握り込んで構える。そしてスライムちゃん達も戦闘態勢になった。
魔王としてじゃない。親友として、そして家族として、セラ、お前を勇者という呪縛から解き放ってやるからな。
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