検証メンバー

 

 転移門を通り、日記の検証をしていると思われる場所へ足を踏み入れた。


 そこには七人の老若男女がいる。なにか言い争いをしていた感じのようだが、私を見て止まったようだ。だが、私もその場にいる奴らを見て止まってしまった。


 市長スタロ、魔女ルゼ、聖女アルマ、魔王アール、勇者ナキア、それにアビス。一人だけ見知らぬ男がいるが、大半は知っている。相手が私を知っているかどうかは分からないが、そんなことはどうでもいい。なんでコイツらがここにいるのだろう。


 何かを考えようとしたが考えがまとまらない。魔王様とセラの事で頭がいっぱいなのに、さらに問題が増えた感じだ。もしかすると、これもセラの策略なのか?


「きょ、教皇様!」


 アルマが声を上げた。あれから二年ぶりぐらいだろうか。


「日記を燃やしていいでしょうか! これは、これは禁書です! 誰にも見られてはいけません! 聖人教が……聖母様の派閥が崩壊してしまいます!」


「……もしかして、リエルのことを?」


「はい! 全部読みました! 聖母様は素晴らしい方ですが、一点においてのみ、その、とんでもありません! いえ、もちろん私はそれすらも受け入れられるキャパは持っております! ですが、他の信者がそう思うかどうかは分からないのです! だから燃やしましょう!」


「燃やすな。これは私の日記だ。そもそも人に見せる物じゃない」


 どうやら、コイツらは私の日記を読んだらしい。どこまで読んだか知らないが、人の日記を読むなんて何を考えているんだ。アビスで見つかった物だから、という理由はあるのだろうが、それくらい止められたと思う。


「アビス、お前がいながら何でこんなことになってる?」


 アビスの方へそう言うと、全員がアビスの方を見た。驚いた顔をしているようだが、どうしたんだ?


「申し訳ないです。でも、取り戻そうとはしたんですよ? 皆さんが本から全然目を離さなくて、取り戻すタイミングが無く……それにほとんどがフェル様の知り合いでしたので、武力による解決もできなかったので……」


 アビスは珍しく言い訳をしている。おそらくそれに意識を集中させ過ぎて外の状況を見ていなかったのだろう。たまにアビスは抜けてるよな。それで大問題になっているんだが。


 いきなりアールが立ち上がったと思ったら、目の前に来て跪いた。


「魔神フェル様。お久しぶりでございます。また、お会いできましたこと、望外の喜びです」


「日記を読んで私の事を知ったのか。すまなかったな、角を折ってしまって。あの後、お前が魔王として立派に魔族を率いていると聞いた。嬉しく思うぞ」


「お、おお! このアール、そのお言葉を墓まで持っていく所存ですぞ!」


「ああ、うん。でも、そういうのは後にしてくれ。あと、私に跪かなくていいから」


 なんとなく、オリスアとかドレアを思い出すな。でも、今はそんなことをしている場合じゃない。すぐにでもアビスに相談して、セラの行く場所を突き止めないと。


「ちょっと、お前ら――」


 話をしようとしたら、ナキアが聖剣フェル・デレをこちらに向けていた。その顔はとても凶悪に笑っている。もしかして、いつもの病気か? アンリの血筋にはなぜかこう言う奴が多いからな。


「フ、フフ、フフフフフ! お久しぶりですわ、フェル様。子供の頃、助けてくださったのは貴方様だったのですね……! しかも、私が持っているこの剣がフェル様の名前を使っていたなんて……! とても感謝しておりますわ!」


 その聖剣、私の名前がついているのに、いつも私に敵対するんだが。私にデレて欲しい。


「分かったから剣を下ろせ。大体、感謝している顔じゃない。そんな事よりも――」


 アールが私とナキアの間に入った。


「勇者よ。貴様が剣を向けているのが誰だか分っているのか? 返答によっては、貴様をここで叩きのめすが?」


「魔王。貴方と戦いたかったけど、予定変更よ。この場で一番強いのはフェル様。ならこの剣を向ける先もフェル様に、そうでしょう?」


「小娘が……! 貴様ごときがフェル様の相手になる訳が無かろうが! どうしてもというなら儂が相手をしてやろう。二度と剣が持てない程のトラウマを刻み込んでくれるわ!」


「おい、やめ――ごふ!」


「ししょー! 師匠! すげぇ! すげぇよ! 俺、俺、すっげぇ感動した!」


「ルゼ、抱き着くな、離れろ」


「何千年も眠る男を待つ不老不死の少女……やべぇ! ロマンチックすぎる! それに恋愛魔導戦記を書いたのは師匠だったのかよ! 言えよ! サインくれ! ……えっと、師匠。なんでそんな怖い顔してんだ?」


「お前ら、私の日記をどこまで読んだ?」


 恋愛魔導戦記を書いたのは四百年くらい前だ。私の日記は千年分くらいある。まあ、重要じゃない事は書きこまれないから日記というよりも年紀になっている感じだが。だが、それでも半分くらいは読んだということだろう。


 スタロがメガネをクイッと上げてからこちらを見た。


「先程、全部読み終わりましたが……あの、この日記ってフェルさんが買ってくれたりします?」


 全部……読んだ?


「そうそう、師匠、俺の事、可愛い弟子だと思ってたんだな! いつも厳しいのに、心の中ではデレてたのかよ!」


「教皇様。できれば、リエル様の男を口説く恋愛戦術とか言う本も燃やしてほしいのですが。ご愛読書の様ですが、どうかと思います」


 そうか、全部読んだのか。


「よし、お前らを殺して私も死のう」


「いや、師匠、不老不死だろ。死なねぇのに何言ってんだ?」


「ならお前らだけ殺す。お前ら何やってんだ、人の日記を勝手に全部読みやがって。あれには知られたくないことも書かれているんだぞ? それを見られたら嫌だろうが。だが、知られたなら仕方ない。お前達の記憶ごと存在を抹消してやる」


「知られたくないこと? ああ、裸エプロンを試そうとして一週間葛藤していたこととかか? 師匠も案外勇気がねぇよな」


「お前からか。安心しろ、密室殺人だから犯人は分からない」


「いや、犯人は師匠だろ……ちょ、待ってくれ! いいじゃねぇか! 誰にだってそういう恥ずかしいことはあるんだから! そ、それに師匠はここへ用事があって来たんだろ? まず、そっちから片付けようぜ! な! な!」


 悔しいがその通りだ。今はそれよりもセラのことを優先しないと。


「……いいだろう。お前達の処分は問題が片付いてからだ。逃げられると思うなよ?」


 全員から唾を飲み込む音がした。いや、知らない男だけはずっと私を見ているようで、私を恐れてもいないようだ。随分と肝が据わっているな。日記を読んだのなら私がどういう存在なのかも知っていると思うのだが。


 まあいい。コイツらは日記のすべてを読んだ。ならセラが勇者であることも分かっているだろう。そして私がセラを親友だと思っていることも。


 なんとかしてセラを止めたい。アビスだけでなく、全員の意見を聞いてみよう。


「まず言っておく。セラが魔王様に復讐しようとしている。おそらく殺すつもりだろう。永久凍土にある遺跡から魔王様がいなくなった。証拠はないがセラがやったはずだ」


 全員が驚いている。誰も知らなかったようだな。ここは隔離空間みたいなものだから、まだ日記に反映されていなかったのだろう。


「永久凍土の遺跡か……」


 男が呟いた。そもそもコイツは誰なのだろう?


「えっと、お前は……?」


「名乗っていなかったな。俺はフェレスだ。冒険王と言われている」


「お前が冒険王か。私は魔族のフェルだ。ところで永久凍土の遺跡と言ったな? 何か知っているのか?」


「その前に俺が遺跡を発見する専門の冒険者という事は知っているか?」


 たしか、そんな話を聞いたことがある。頷いて肯定した。


「遺跡探しでいつも俺を指名依頼してくる相手がいる。その依頼で一番最近に見つけたものは永久凍土にある遺跡だ。一ヶ月ほど前だな」


「お前が永久凍土の遺跡を見つけたのか。ならその依頼してきた相手と言うのは――」


「名前は聞いていない。だが、おそらくセラだ。アンタの言う『魔王様』を探していたんだろう」


 そうか。おそらくセラが神眼で遺跡のおおよその場所を調べてフェレスに調べさせていたんだ。自分で動くと私にバレると思ったのだろうか。


 でも、それはいまとなってはどうでもいいな。重要なのはセラが魔王様をつれてどこへ行ったかだ。


「セラの行きそうな場所を突き止めたい。お前達、日記の内容からセラがどこへ行きそうなのか分かるか?」


 日記を全部みたなら最近の内容も知っているはず。たしかセラの事が色々書かれていたはずだ。なにか思いつくことがあると良いのだが。


 アルマが手をあげた。


「教皇様。魔王様と言うのは教皇様と同じで不老不死なのですよね? なら殺せないのでは? 以前、イブという人がやろうとしていた海に沈める方法があるとは思いますけど」


「海に沈める、か。ならイブの研究所に魔王様を置いて研究所ごと破壊するとかかな……いや、駄目だな。セラは自分だけであの研究所には行けない。そういう転移はできないはずだ。でも、海という案は可能性があるかもしれないな」


 今度はアールが手をあげる。


「なら、魔界はどうでしょうか? 魔界の魔素であれば、不老不死でも殺せると書いてありました。人界の海に沈めるよりも確実な死を与えられると思いますが」


「魔界の魔素か。それは可能性があるな――いや、それだろう。魔王様を殺すならそうするしかないような気がする」


 ならば、人界にある魔界への門で待ち伏せすれば、セラがやってくる可能性が高い。そこで魔王様を取り戻そう。


「ちょっと、いいか?」


「フェレス、なにか意見があるのか? 魔界よりも可能性が高い場所はないぞ?」


「そうかもしれないが、思い出したことがある。俺の依頼者――セラの言葉だ」


「セラの言葉?」


「ああ、おれはセラの依頼を何回もこなした。依頼の話以外はほとんどしないが、それでも何度か依頼以外の話をしたことがある」


 いつもと違う話か。急いで門に行きたいような気もするが、一応聞いておくか。


「それはどんな話だった?」


「遺跡についての話だ。俺は遺跡の中には入らない。なのでセラに遺跡がどんなだったかを聞いたことがある。その中で一つ気になった。セラが『この遺跡なら誰でも殺せる』という旨の言葉を言ったはずだ。物騒な話だったので覚えている」


「誰でも殺せる? 本当にセラがそんなことを言ったのか?」


「間違いない。珍しく興奮していたような言い方だったからな。何かの比喩だと思っていたのだが、もしかすると魔王様とやらも殺せるのかもしれないぞ?」


「それはどの遺跡の話だ?」


「ルハラだな。確か魔素研究所という名前が付いたはずだ。プレートが入り口にあったとかで、そういう名前が付いたとか。魔物もお宝もないので、冒険者はほとんどいないところだ」


 魔素研究所、か。確かにそれっぽいな。でも、何をする場所なんだ? そもそもどうやって魔王様を殺すのだろう?


「アビス、その場所では何をしているか分かるか? ……おい、セラが永久凍土の遺跡で魔王様を連れ出したことにショックを受けているようだが、戻ってこい」


「こ、この私が二度もセラに出し抜かれるとは……これでは最高で最強を名乗れない……」


「それはいいから早く調べてくれ。どんな場所なんだ?」


「はい、お待ちください……なるほど、これはまずいですね。そこでは魔界の魔素を研究していました。魔素の研究、浄化を行うために作られた施設なのですが、一度、致死の魔素があふれ出して閉鎖されました。研究所の上層部分は問題ありませんが、下層部分にはいまだに致死の魔素が蔓延しています」


「その話を聞くと、そこしかない感じだな。だが、魔界という線もある」


「それでしたら、魔族に見張らせましょう」


 アールがそんな提案をしてきた。そうだな、お願いするか。


 だが、私には魔素研究所が本命のように思える。ならば私はそこへ行こう。


「フェレス、助かった。おそらくセラはそこに来るはずだ。そこでセラを――」


「アンタとセラの関係は日記で読んだ。止められるのか? 魔王は勇者に勝てないんだろう?」


「……殺せないだけだ。勝てない訳じゃない。なんとか説得して見せる。セラが思い直してくれれば私の勝ちだ」


「そうか……なら教えておく。セラに妖精王国を紹介されたことがある。そこには友達がいると言っていた。おそらくアンタの事だろう。セラが俺にそんな嘘をつく必要はない。だからそれはセラの本心のはずだ。多分だが、希望はあると思うぞ」


「……いいことを聞かせてもらった。今までの事が全て嘘じゃなかったと思えるだけでやる気がでる」


 この四百年、私との関係がこの時のための演技だとしたら、どんな言葉も届かないだろう。でも、私を友達だと思ってくれているなら可能性はあるはずだ。


「な、なあ、師匠、そのセラはなんでこんなことをするんだ? 師匠の日記を見ていた限りでは、師匠を裏切ってまで復讐する理由が分からねぇんだけど?」


 復讐する理由か。おそらく「黄泉比良坂」の最下層で見た記憶の映像がその理由だろう。「あの人」と娘の人生を狂わされたと思っているはずだ。そして娘の死にも立ちあったのだろう。肉体的には勇者でも心はただの人だ。許せるわけがない。


「セラには娘がいたようでな。多分、それが理由になっていると思う。おそらくだが子孫はいないのだろう。いればまた違ったのかもしれないけどな」


「そう、なのか。そりゃ、復讐したくもなるかな……」


 アビスが不思議そうに首を傾げた。


「あの、フェル様。セラには娘なんていませんよ?」


「なに? いや、そんなはずはないだろう。『黄泉比良坂』というダンジョンに記憶をモニターに写す装置があって、それには明確に娘の姿が映っていたぞ?」


「そんな馬鹿な。確かにあの場所にある装置はそういう物ですが、図書館にはセラに子供がいたなんて情報はありません」


「セラは情報を隠蔽しているだろう? 情報がないのは当たり前なんじゃ?」


「セラの情報はそうかもしれませんが、セラの相手の情報は隠蔽されていません。その情報から見ても二人に子供はいません」


「いや、そんな、はずは……」


 ならセラはなぜ復讐をしようとしているのだろう?


 もちろん、自分自身の復讐や、「あの人」の復讐と言う可能性はある。だが、この四百年の間、セラとは色々話をした。自分や「あの人」のことで復讐心はない様に思えたが……それとも別の理由があるのか?


 ……分からないな。直接聞くしかないだろう。


「あの、それともう一つあるのですが」


「まだあるのか? アビス、遠慮せずに言ってくれ」


「いえ、魔素研究所へはすぐに行った方がいいかと。いま、研究所に二人の反応がありました。魔王様とセラです」


「馬鹿な! 早すぎるだろう!」


 まだ永久凍土を抜けたくらいじゃないのか? なぜそんなに早くルハラへ行ける?


「もしかすると、遺跡間の転送装置を使ったのかもしれません。オリン国とルハラを結ぶ転送装置が遺跡にはいくつかありますので」


「くそ! ならすぐに向かう! アビス、魔素研究所の座標を寄越せ! あと一緒に来い!」


「はい、お待ちください」


 くそ、悠長にしている場合じゃなかった。


「な、なあ、師匠、俺も連れていってくれねぇかな?」


「ルゼ、何を言ってる? 遊びじゃないんだぞ?」


「わ、分かってるよ! で、でも師匠は困ってるんだろ? なら助けてやりたいじゃねぇか。まあ、師匠に助けなんていらないかもしれねぇけど」


「それでしたら私も行きます。治癒魔法なら得意です! 手伝いますから日記を燃やしてください!」


「魔神様を守るのは我が使命。嫌だと言ってもついていきますぞ」


「最強の勇者、か……行くしかないわね」


「俺もセラに会ってみたい。付いていくぞ」


「私はここで待ってますね……あ、日記は持っていくんですか? じゃあ、手伝いますから代わりに何かくれませんか。市長をクビになるのは困るんです」


 コイツら、何を言っているんだろう。セラと戦うかもしれないのに。仕方ない。ちょっと殴って気絶させるか。


『勇者と戦う時は俺らを呼べって言ったろうが!』


 ふと、リエルの声が聞こえた……気がする。いや、どちらかといえば、思い出した、かな。そういえば、勇者と戦う時は一人で戦うなと言われていたっけ。


 今のセラは復讐心があっても、あの時みたいに変にはなっていないはず。危ないかもしれないが、セラがコイツらを襲う事はないだろう。いざとなればアビスやスライムちゃん達に守って貰えばいい。それに本人達もかなり強いはずだ。命の危険まではないだろう。


「……危ないと思ったらすぐに逃げる事が条件だ。それが守れるならついて来てもいいぞ」


 全員が頷いた。


 なんでリエルの言葉を思い出したのかは分からない。でも、セラに勝つにはみんなの力が必要になるのかもしれない。それをリエルが教えてくれたのかも……まさかな。


「フェル様、座標です」


「よし、行くぞ。魔王様とセラのいる魔素研究所へ」


 アビスが計算した座標へ転移門を開いた。

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