四百年越しの作戦
ダンジョン「黄泉比良坂」を出口に向かって移動している。
ダンジョンに入ってから最下層へ行くまで半月掛かった。帰りも同じくらい掛かるだろう。念話もできないし、転移もできない。なら今は少しでも早く戻ることに専念しよう。
とはいえ、移動しながら色々考えないとな。
最下層にあった旧世界の装置、あれで見たセラの記憶。タイトルは「フェルの十歳の誕生日」とあった。私を惑わせるために、タイトルをつけたのかと思ったが、他の映像ではあの少女をフェルと呼んでいるシーンもあった。
あの少女と私は似ても似つかない。全くの別人だ。私にはあんな記憶はないし、記憶も操作されていないはず。
つまり、あの少女はフェルという名前なのだ。
世界規則によって同時期に同じ名前の奴はいない。私がフェルという名前である以上、あの少女は私が生まれる前のフェルなのだろう。そしてあの少女は私が生まれる前に亡くなっているはずだ。だから私がフェルという名前になった。
皮肉というかなんというか。勇者の子供の名前と魔王の名前が同じになるなんてな。
私は魔王様の娘に瓜二つだし、なんでこんなことになっているのだろう。
でも、気になる。こんなことは調べればすぐにわかるはずだ。魔王様やイブが知らなかったとは思えない。こんな話は全く聞いてなかったのだが。
それにセラと初めて会った時、私の名前を聞いても何の反応も示さなかった気がする。その時点でイブに記憶を奪われていた、という状況も考えられるが、本当にセラの子供の名前はフェルなのだろうか。記憶を見た限りでは間違いないようだが、なにか見落としている気がする。
まあいい。セラに確認すればいいだけの話だ。
セラに事情を聞くのはなんとなく憚られた。だが、魔王様に復讐しようとしているなら、ちゃんと事情を聞いて、その上で止めさせないと。
いつかセラと戦う事を想定して修行はしてきた。でも、できれば戦いたくない。セラは大事な家族だ。家族と本気で戦えるわけがない。
そんなことを考えていたら、先頭にいたジョゼが止まり、振り向いた。
「フェル様、よろしいですか?」
「どうかしたのか?」
「フェル様は不眠不休で移動されています。例え不老不死でもお体に障ります。それにここを出た後にセラと戦うかもしれません。お休み頂いたほうがいいかと」
私を心配してくれているのだろう。ありがたいことだ。
「そうだな、セラと戦う事になるかもしれない。でも、今は一刻も早く帰ることを優先したい。眠っている場合じゃないんだ」
「はい。ですので、ヴィクトリアがフェル様を体内に取り込んで移動します。フェル様はその中でお休みください」
ヴィクトリアに取り込まれるのか? ものすごく怖いのだが。
「えっと――」
「ご安心ください。取り込むと言っても空気はありますし、生命維持には問題ありません」
それを心配しているわけじゃないんだけど。なんとなく嫌なんだが。
でも、その方がいいか? ここをでてセラと戦う事になるかは分からない。だが、ダンジョンを出た時に色々と行動できるようにはしておきたい。背に腹はかえられないか。
「分かった。ヴィクトリア、頼んでもいいか?」
ヴィクトリアが一歩前に出て頷いた。
「はい、怠惰の力を持つ私に取り込まれれば、ぐーたらしていてもバッチリです! 安心安全にフェル様を出口までお連れします!」
ぐーたらしていて何がバッチリなのかは分からないが、やる気になっているようだし大丈夫だろう。
「よろしく頼むな」
そう言った瞬間に、食われた、という表現がしっくりする形でヴィクトリアの粘液に飲まれた。
目を開けるとそこには水の空間が広がっていた。本当に水に浮いているような感覚だ。でも息はできる。なるほど、ふわふわしてぐーたらしたくなる場所だな。
『フェル様、居心地はどうでしょうか?』
ヴィクトリアの声が聞こえた。
「快適だ。このまま眠らせてもらっても大丈夫なんだよな?」
『はい、問題ありません。怠惰の力により、何の問題もなく眠ることができます。何かありましたら起こしますので、それまではゆっくりと体を休めてください』
「分かった。なら、よろしく頼む」
少し眠ろう。セラと戦うにせよ戦わないにせよ、頭はすっきりさせておきたいからな。
体がゆすられている感じがする。
『フェル様、起きてください。ダンジョンを抜けました』
ダンジョンを抜けた……? そうか、眠ると一瞬だな。それにヴィクトリアの力は凄いな。気分爽快で目覚めもバッチリだ。
「目が覚めた。外に出してくれないか」
そう言うと一瞬視界が真っ暗になり、直後にダンジョンの入り口付近の風景が見えた。そしてスライムちゃん達が目の前にいる。
「ジョゼ、あれから何日経った? それに今何時だ?」
「半月です。来た時と同じ時間をかけて戻りました。今は午後二時くらいです」
「そうか、一ヶ月もこのダンジョンにいたんだな……早速行動だ。まずは念話を送ってみよう」
セラに念話を送ったが、返答はなかった。どうやら拒否しているみたいだ。これでセラが魔王様に復讐しようとしている可能性が高くなったな。
次にアビスへも小手を通して念話を送ったが届かないようだ。拒否というよりは何かに遮られた。どこか念話ができない場所にいるのだろう。もしかしたら、どこかのダンジョンかもしれない。これもセラの策略なのだろうか?
念話が駄目なら、魔王様の安否を確認するべきだな。
転移門を開き門を抜けると、魔王様がいる遺跡の研究室にでた。
だが、いつも見ている状態じゃない。
いるはずの魔王様がいらっしゃらなかった。
魔王様がいらっしゃった円柱のガラスは割られ、液体が外に流れ出ている。
アイツ、本気で魔王様を……!
……いや、落ち着け。落ち着くんだ。怒っては駄目だ。セラにはセラの事情がある。魔王様――創造主に復讐したいという気持ちは痛いほどわかる。魔王様が無事ならまだ話し合いで何とかするべきだ。魔王様は不老不死。死ぬわけがない。
魔王様の体がない所をみると、魔王様を連れてどこかへ行ったのだろう。でも、どこだ? どこへ連れて行った? そもそも何をする気だ?
操作パネルで状況を確認すると、円柱のガラスは一週間前に割られたようだ。
セラは私の様に転移門を開けない。空を飛ぶことはできるが、この吹雪の中は飛べないだろう。徒歩で永久凍土を歩いているのかもしれない。でも、それを見つけるのは不可能だ。あの吹雪では私でもあまり良く動けない。
となれば、セラが行く予定の場所で待ち構えるべきだろう。
セラは図書館の情報を隠蔽しているからな、魔眼でも追えない。魔王様も同様だ。セラが行く場所を予測するしかないのだが……だめだ、考えがまとまらない。
仕方ない。アビスに知恵を借りよう。念話は届かないが、アビスへ行けば直接話ができるはずだ。
魔力高炉へ接続してから、アビスへ転移門を開いた。門を通り、アビスのエントランスへ到着する。
「アビス、聞こえるか?」
……反応がない。こんなこと初めてだ。一体どうしたんだ? それに何となくアビスの中が騒がしいような?
「ジョゼ、アビスで何かあったかもしれないから調べてくれ。私はソドゴラのほうへ行って調べてみる。何か分かったら念話で連絡をくれ」
スライムちゃん達は頷くと、奥の方へ向かった。
一体、何がどうなっているのだろう。セラの奴、何をしたんだ?
まさかとは思うが、アビスを殺すような真似はしてないだろうな? そこまでするのなら例え魔王様が無事でも覚悟を決めるぞ。
アビスの外へでて、中央広場までやってきた。
いつもより活気がある感じだ。それに人が多いような気がする。悪い雰囲気ではないようだが、アビスの中もそんな感じだったし、一体何があったのだろう?
妖精王国へ行ってみるか。何か分かるかもしれない。
両開きの扉を開けて、妖精王国の食堂へ足を踏み入れた。
ここでも同じだ。活気でにぎわっている。知り合いを探して周囲を見渡していたらヘレンがいた。
「ヘレン。この騒ぎは一体なんだ? 何があったか教えてくれ」
「フェルさん、いらっしゃい。お久しぶりですね。どこかへ旅行でも行ってたんですか?」
「まあ、そんなところだ。それはいいから質問に答えてくれ」
「知らないなんてどこの田舎に行ってたんですか? 人界中が大騒ぎだったのに……アビスが踏破されたんですよ! そして最下層から何かの本が見つかったそうで、今、迷宮都市ではその話題で持ち切りですよ!」
アビスが踏破された? まさかとは思うが、セラか?
「誰が踏破したんだ?」
「それは知らないです。でも、私の知り合いなら嬉しいですね。サインを貰ってお店に飾りたいです。あ、冒険王のサインを貰っておくべきだった!」
知らない、か。だが、セラ以外でアビスを踏破するのは無理だと思う。間違いなくセラだろう。でも、なんでそんなことを?
「そうそう、今日、本の検証が終わる頃らしいですよ! 一体どれくらいの値が付くのかなー? 夢がありますよね!」
そんなことはどうでもいい――いや、待て。本? アビスの最下層から? それは私の日記なんじゃ……?
『フェ、フェル様、い、今よろしいですか?』
『ジョゼか、珍しく慌てているが、なにかあったのか?』
『そ、それが、アビスの最下層で巨大ゴーレムが破壊されています! それに最下層にあったフェル様の日記がありません!』
やっぱりそうなのか。でも、セラの奴、一体何のためにそんなことを?
そういえば、ヘレンが本の検証が終わると言っていたな。アビスで見つかった物を検証するときは情報漏洩をしないように、密室で行っているはずだ。それに連絡がとれないような部屋をアビスが何度か作っていた気がする。
まさかとは思うが、検証するメンバーにアビスが含まれているのか? だから念話が遮られる?
検証メンバーは発見者が指名できるとか聞いたことがある。セラはアビスをそこへ隔離するために最下層から私の日記を持ち出したのか?
「ヘレン、本の検証ってどこでやってるんだ?」
「アビスの中でやってるみたいですよ。遺跡機関が外と連絡ができない部屋を作ったとか。機関の人が酔っ払ってそんなことを言ってました」
間違いないな。セラの奴、私やスライムちゃんだけじゃなくてアビスも隔離したんだ。アビスがロモンへ行っている時を狙ったのだろう。アビスがいれば、踏破なんて真似はさせないはずだ。だが、一ヶ月前、アビスは空中都市落下跡地へ行っていた。それを狙って動いたのだろう。
最下層から本が見つかったとなれば、アビスはそれを取り戻そうとするはず。指名されれば検証に参加するのは間違いない。
セラが目を覚ましてから四百年、ずっと作戦を練っていたのだろう。四百年越しの作戦だ。ものの見事に私やアビス、それにスライムちゃん達を魔王様から遠ざけた。そう考えると、魔王様を殺す手段も用意している可能性が高い。
余裕はあると思っていたが、そんなことはないな。早くセラを見つけ出さないと魔王様が本当に危ない。でも、落ち着こう。焦ったら上手くいくことも上手くいかなくなる。そう簡単に魔王様が死ぬ訳がないんだ。落ち着いて行動だ。
まず、アビスに協力してもらう必要がある。日記も取り返したいし、検証している部屋へ乗り込んでしまおう。検証メンバーは他にもいるだろうが、私の日記を見たんだ。殴られても文句は言えないはず。うるさいことを言ったら殴って黙らせよう。
一度アビスへ戻り、スライムちゃん達と合流した。
アビスは密室を作る時、いつも「何もない部屋」を使っていた。あの場所の座標なら分かる。すぐに向かおう。
魔力を込めて転移門を開いた。
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