四人目の不老不死
魔素研究所を大所帯で地下へ進んでいる。
アビスの話では破棄された研究所らしいが、見た目は綺麗だ。魔物が出てくることはなく、無機質な感じの通路がずっと続いている。
「アビス、ここはどれくらいの大きさなんだ?」
「地上五階、地下十階の施設です。そして一フロア、一キロ四方と言ったところでしょうか」
「そんな大きい施設が、なんでいままで見つからなかったんだ?」
「認識阻害をしていますし、入る時に見たと思いますが、ここは山に擬態しています。情報を知らない限りは見つけることは不可能でしょう。知っていても難しいと思います。よほど注意して探したのでしょうね」
ちらりとフェレスのほうを見た。見た目は強面だが、思いのほか慎重というか、洞察力が優れているのかもしれない。
私以外でセラと接点のある男か。仕事の話以外はほとんどしていなかったと言うが、一応聞いてみよう。
「フェレス、セラにどんな印象を持っている? 感じたままでいいので教えて欲しいのだが」
「印象か。セラとは事務的なことくらいでしか話したことはない。やけに遺跡に関して詳しいと不思議に思ったくらいだ。俺としては遺跡の情報をくれるし、成功報酬もちゃんと支払われていたから、特になにかを疑ったりはしなかった」
「そうか。フェレスは洞察力に優れている様だったから、セラのこともなにか感じたかと思ったのだが」
ただの依頼人だし、念話でのやり取りでしかないようだからな。流石にそれだけでは無理か。
「セラは自分の事は何も言わないし、俺も聞かなかった。迷宮都市の話題が出た時は嬉しそうな感じはしたが、断言はできない。ちょっと饒舌になったと思った程度だ」
「どういう感情で饒舌になったのかによるな。あの場所がセラにとってもいい場所になってくれれば良かったのだが……こんなことをするという事は、そんな風には思えなかったのかもしれない」
復讐のために私の前では無理をして笑っていたのだろう。セラは四百年もそうやって過ごしていたのだ。
なにが親友だ。私はセラの本当の気持ちも分からずに親友面していたわけだ。滑稽もいいところだな。
「魔神フェル様。一つ伺っても良いでしょうか?」
アールが歩きながら話しかけてきた。随分と真面目な顔をしているがどうしたのだろう?
「何を聞きたいんだ?」
「もし、セラを説得できなかったらどうなさるおつもりですか?」
セラを説得できなかったら、か。どうするべきなんだろうな。戦うしかないと思う。セラにどんな事情があったとしても、魔王様を死なせるわけにはいかない。
だが、セラは生きている限り、魔王様を殺そうとするだろう。止めるためにはセラを殺すしかないのかもしれない。でも、システム的に私は魔王として勇者を殺せるだろうか。
……いや、それ以前に、私が親友のセラを殺せるか?
昔、セラと魔王様なら魔王様を優先すると言った。だが、実際にはどうだ。確実に魔王様を優先すると言えなくなっている。四百年も一緒にいたんだ。はっきり言って一緒にいる時間は魔王様よりも長い。
それにセラを本当の家族だと思っている。家族か、魔王様か……今はまだ選べないな。
「……申し訳ありません。出過ぎた質問をしてしまいました」
アールが私に頭を下げている。どうやら考え込んでしまっていたようだ。
「いや、いいんだ。どうするべきか考えていた。いまだに明確な答えを出せないんだ。このままセラに会うのは良くないかもしれないな」
迷いは隙を生む。そもそもシステム的にセラに勝てる可能性は全くない。なんとか説得して魔王様とセラ、両方を救わないと。だが、どうしても駄目ならその時は……。
「フェル様、この部屋にセラがいます。向こうも私達に気付いて、待ち構えているようです」
心臓の音が聞こえるほど鳴った。
答えは出ていないが、決めるしかない。以前言った通り、魔王様を優先する。私にはそれしかないんだ。だが、ギリギリまでセラを説得しよう。セラの事情はよく分からない。なんとか聞き出して妥協点を見出すんだ。
「これから部屋に入る。お前達は何もするな。いいな?」
全員が頷いた。これはセラと私の問題だ。勇者と魔王の問題じゃない。二人の問題なんだ。
扉のそばに手を当てるパネルがある。そこへ手を重ねた。扉が右にスライドして開き、大きな空間が見えた。そしてその奥にセラ、そして床に倒れた魔王様が見える。
大きく息を吸ってから部屋へ足を踏み入れる。
一歩一歩がとても長く感じる。だが、確実にセラへ近づいている。
どうやらセラはやる気なのだろう。すでに七本の聖剣や魔剣が宙に浮いていて、一本は右手に持っていた。
セラの十メートルほど手前で止まる。そしてセラを見つめた。
何とも言えない空気が漂う。なんと声をかければいいのか分からない。セラも同じようだ。悲しそうな顔をしているように見えるのは私の願望だろうか。
「久しぶりね、フェル」
セラの方から話を切り出してくれた。
「ああ、直接会うのは久しぶりだな」
「今日はお友達でいっぱいの様ね」
「そうだな。私の日記を検証していた奴らだ。ほとんどが知り合いだったので驚いた」
「ごめんなさいね。アビスを出し抜くにはこうするのが一番いいと思って最下層から日記を持ち出したわ。ウェイトレスの服やゴスロリ服ではすぐに検証が終わってしまうから、時間が掛かりそうなものを選んだの。でも、見られてもいい様にフェルの知り合い達を選んだのよ? あまり怒らないであげてね」
「それは約束しかねる。例え知り合いでも日記は見せるもんじゃないからな」
「ふふ、それは確かにそうね」
「ああ、そうだ」
いつも通りの会話。でも、いつもよりギクシャクしている。セラは戦闘準備が整っていても戦おうとはしていない。もしかすると、セラも迷っているのだろうか。
もしかしたら、私のために迷ってくれているのかも。
このままでいても時間だけが過ぎる。今度は私の方から言わないとな。
「セラ。私の要望は一つだ。魔王様を見逃してくれ。どんな事情があるのかは知らない。だが、魔王様は勇者や魔王のシステムに関係していないんだ。復讐の対象が間違っているとは言わないが、最も罪があった創造主達は既に死んでいる。それで納得してくれないか。頼む、セラ」
頭を下げてセラにお願いした。やれと言うなら土下座だってするつもりだ。
「フェル、やめて。貴方が頭を下げることじゃない。それにフェルがどれだけお願いしても止める訳にはいかないわ」
「なぜだ。復讐は駄目なんて言うつもりはない。それで気が晴れることだってある。でも、どうしても許せないのか?」
「……そうね。許せないわ」
迷っているような気はするが、セラは許せないと言い切った。
やはり、あの「黄泉比良坂」の最下層で見た映像が理由なのだろうか。
セラの娘。その子のために復讐をしようとしているのか?
ここは踏み込むべきだろう。事情を聞かない限りは説得も無理だ。
「セラ。お前が来てほしいと言っていた『黄泉比良坂』に行ってきた。そこの最下層でモニターに映った映像も見ている。魔王様を殺そうとしているのは、あの子のためか?」
セラは驚いているようだが、少しだけ微笑んで首を横に振った。
「あそこの最下層まで行ったの? 途中で引き返してきたのかと思ったわ。フェルがあそこへ行っている間にすべてを終わらせようとしていたのに」
「お前にはフェルという名前の娘がいたのだろう? 何があったのかは知らないが、それが復讐する動機なのか?」
「……惜しいけど違うわ。フェル、貴方は勘違いしている」
「勘違い?」
「そうよ、私は子供を産んでないわ」
「いや、だが、あの映像は記憶から再現されるものだ。記憶にない映像は表示されないはず。それに映像はあれだけじゃない。他にもたくさんあったぞ?」
「だから勘違いしているのよ。あれは私の記憶だけど、現実じゃないわ」
現実じゃない? セラは何を言っているんだ?
「まだ、分かっていない顔ね。あれは夢よ。私の夢。私は六百年くらいイブの装置で寝ていたでしょ? あれはその時の夢よ」
夢? あれは夢でみた内容ということか?
「フェル、現実は辛いわ。だから私は夢に逃げた。あれが夢であることは間違いないのだけど、私の心を満たしてくれる。だからたまに行って見ていたのよ。私の娘がフェルという名前になったのは、よく分からないの。イブがそうなる様にしていたのか、それとも私の願望なのか……でもね、娘が生まれたら、フェルみたいになって欲しいって思ってるわよ?」
「そう、なのか」
それじゃ、セラは何のために復讐しようとしているんだ? 自分自身や「あの人」のためか?
「セラ。なら教えてくれ。お前はなぜ魔王様を許せない?」
「……それを知ってどうするの? 事情を知れば魔王君を諦めてくれるの?」
「セラにどんな事情があっても魔王様を死なせるわけにはいかない。でもな、セラ、お前の事情を知っておきたいんだ。ずっと一緒に生きてきただろう? なのに、お前がなんでこんなことをするのか理解できないんだ。頼む、教えてくれ」
「……そうね。フェルとは家族と言ってもいいほど一緒に生きてきた。私が魔王君に復讐したい理由を知らないのは、フェアじゃないわね」
どうやら教えてくれるようだ。簡単な事情ではないと思うが、できればなんとかしてやりたい。
「フェル、私達は不老不死よ。髪や爪は伸びるけど、身体的な成長はしない。勇者や魔王になった時の状態をずっと維持している」
いきなり何の話をしているのだろう?
「その通りだが、それがどうしたんだ? そんなことは昔から知って――」
「まあ、聞いて。不老不死なのは、フェル、魔王君、そして私の三人。フェルはそういう認識でしょ?」
もちろんその通りだ。アビスはプログラムだし、スライムちゃん達は魔法生物だ。永遠とも言える時間を生きられるが、正確には不老不死じゃない。私もセラには殺されてしまうので正確には不死じゃないけど、そういう話ではないのだろう。
「その通りだ。でも、それがどうした?」
「四人目がいるの」
「四人、目?」
私とセラと魔王様以外にもう一人、不老不死がいると言う事か?
遺体を見たわけじゃないが、創造主達はすべて死んでいるはず。なら四人目は誰だ?
「アビス。四人目とは一体誰の事だ?」
「いえ、四人目なんていません。不老不死なのは三人だけです。セラ、何を言っている? 創造主達は魔王様を残して全員が亡くなった。それに不老不死のシステムは魔王と勇者のみ。他にはいない」
私も同じ認識だ。だが、セラは四人目がいると言う。
「セラ、聞かせてくれ。ソイツは誰だ? 私の知っている奴なのか? 名前は?」
「フェルは知らないわ。私も名前は知らないわね」
「名前を知らない?」
「ええ、会ったことがないもの」
セラは何を言っているのだろう? 支離滅裂とは言わないが、言っていることが分からない。
「セラ、遠回しに言わずに教えてくれ。それが魔王様に復讐する理由なのだろう? 一体どこの誰なんだ?」
「ええ、これから紹介するわ」
紹介? これから? まさかこの場にいる奴なのか?
いや、でもセラは名前も知らないし、会ったこともないと言った。フェレスの事は良く知らないが、他の奴は良く知ってる。不老不死なんかじゃない。なら一体誰なんだ?
セラは右手の剣を亜空間にしまった。そして両手で自分自身の腹を大事そうに触る。セラの顔はとても優しい感じだ。でも、そのまま動かない。どうしたのだろう?
「セラ、お前、一体何を――」
「あ!」
急にアルマが声を上げた。どうしたんだ?
「す、すみません、で、でも……!」
アルマは何かに気付いたのか? 一体何に……?
いや、待て。以前、セラのような顔をソドゴラが村だった時にも見たことがある。ヴァイアやディアも同じ顔をしていた……!
「セラ、お前、まさか……」
「気づいてくれたのね? 親友のフェルにはずっと紹介したいと思っていたのよ? でも、フェルは私以上に心を痛めると思って言えなかったの」
セラは私を見つめた。慈愛に満ちた美しい顔だ。
「私のお腹にはね、赤ちゃんがいるわ。永遠に生まれることはないけれど、あの人と私の大事な子よ……ねえ、フェル、これで分かったでしょ? この子の未来を奪った人間達を許せるわけがないのよ……」
そう言ったセラの顔は、微笑みながら涙を流していた。
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