人助け

 

 ルゼに魔力操作を教えてから一年が過ぎた。


 よほどの事がない限り、問題なく操作を行えるようになったようだ。ヴァイアと同じように努力家なのだろう。色々な術式も勉強しているようだし、将来が楽しみだな。


「ルゼ、そろそろ休憩にしよう。やり過ぎは逆効果だ」


 体内の魔力を循環させる操作を始めて一時間になる。意識して操作する、無意識で操作する、これを交互にやらないとな。いつか息をするのと同じくらい自然にやれるだろう。


「ふー、どうよ、師匠? 結構上手く操作できるようになっただろ?」


「ああ、問題ないレベルだ。一時間くらい休憩してからまた始めるからちょっと寛いでおけ」


「やったぜ! そんじゃ、ちょっと小説を読んでてもいいか? 昨日、途中まで読んでて、いまいいところなんだよ」


 小説? ああ、そういえば、ルゼは小説を読むのが趣味だと言っていたな。以前、オススメを教えてくれるとか言っていたが、まだ聞いていない。何の小説を読むのだろうか。


 ルゼは亜空間から豪華そうなブックカバーの本を取り出した。そして状態保存の魔法をかけて、本を読みだす。


 休憩時間に何をしてもいいけど、残されたほうはどうすればいいのだろうか。私も対抗して本を読むか?


 でも、気になる。ルゼが普段からは想像できない程、うっとりとした感じで本を読んでいる。何の本を読んでいるのだろう?


「なあ、ルゼ、邪魔して悪いが、なんというタイトルの本なんだ? ちょっと興味が出たぞ?」


「いま、いいところだからちょっと待ってくれ」


 気持ちは分かる。盛り上がっているところで止められたら私も暴れるからな。仕方ない。もう少し待つか。




 十分ほど経ってから、ルゼが顔をあげた。ちょっと涙ぐんでる。そこまで感情移入するというのも凄いな。


「悪いな、師匠。お気に入りのシーンだったから止められなかったぜ」


「いや、別に構わない。それで、なんてタイトルの本を読んでいるんだ? 興味が出たから私も読んでみたい」


「そっか、師匠も小説を読むとか言ってたな。有名だから知ってると思うぜ」


 ルゼは本からブックカバーを外して、表紙をこちらに向けた。良く知っている本のタイトルがそこには書かれている。


「『恋愛魔導戦記』って聞いたことあるだろ? 人界で一番読まれているという恋愛小説だぜ? もっとガキの頃から読んでるけど、何度読んでもいいんだよなぁ。結婚式のシーンが一番いいんだぞ! ……あ、いけね、師匠が読んでなかったらネタバレになっちまうか?」


 少しだけ思考が止まってしまった。


 ルゼは私が書いた恋愛小説を読んで涙ぐんだのか……泣くとこあったっけ?


「それに師匠は知ってるか? この本に出てくる魔女って初代魔女がモデルになってるんだぞ! 俺のご先祖様がモデルなんてすげぇよな! 俺もこんな大恋愛をしてみたいぜ!」


 結構、盛ったけどな。演出の範囲で。でも、大恋愛か……確かに、ヴァイアは積極的だった。いや、言い方が生ぬるいな。どちらかというと過激派だ。恋の過激派。


「師匠は読んだ事あるか? 師匠も小説が好きなんだよな?」


「そうだな、読んだことはあるぞ。感想としては魔女本人よりも周囲が大変だっただろうなって」


「この本読んでそんな感想かよ。分かってねぇな! でも、師匠っていつ頃読んだんだ? 俺は五歳の頃に初めて読んだんだけど、その時からの愛読書だぜ?」


 いつ頃読んだ? そもそも書いたのが私なんだが、ここまで絶賛されるとちょっと言いにくいな。それにルゼにはまだ私が不老不死だとは言っていない。まあ、ちょっとくらい言ってもいいか。


「私は見た目通りの年齢じゃないと言っただろう? その本を読んだのは出版された直後だ。本も持ってるぞ」


「え? この本が出た頃から……? まさか……!」


 どうやら気づいたようだな。私が相当歳を取っていることに。まあ、ルゼになら知られてもいいだろう。自分も不老不死になりたいとか言い出したら叱りつけるが。


「師匠! もしかしてこの本の初版を持ってるのか!」


「胸ぐらをつかむな。まあ、持ってるぞ」


 一冊だけ私が所有しているのがある。作者だし、当然だな。でも、ルゼは私の年齢を気にするよりも、本の方が気になるのか。もっと私に興味持てよ、と言いたい。


「貸してくれ!」


「おい、ルゼ、立て。土下座するな。誰も見てないけど、私がやらせているみたいじゃないか。あと、魔力操作がおろそかになってる。ちゃんとしろ」


「貸してくれるまで止めねぇ!」


 ため息が出た。初版だろうとそうでなかろうと内容は変わらないのに。


 でも、困ったな。持ってはいるけど、一冊だけだ。しかも自分用。貸してやるのはいいんだけど、どうせならプレゼントしてやりたい。製本してくれたところへ行けば、一冊くらい余ってるかな?


 ちょっと探してみようか。見つけるまで何か条件を出して引き延ばそう。


「わかった。なら条件がある」


「なんでも言ってくれ!」


「魔女になれ。そうしたら貸すんじゃなくて譲ってやる」


 確かもう少しでルゼは母であるアゼルの魔力量を超えるはずだ。もう少しとは言っても数年はかかるだろうけど。これでやる気を出してくれればいいのだが。


「ゆ、ゆず、譲って、く、くれるのか?」


「震え過ぎだ。女に二言はない。ルゼが魔女になったら本を譲ってやる。まずは証拠に本を見せてやろう」


 亜空間から本を取り出した。そしてページの最後の方に書かれている初版の文字を見せてやった。


 ルゼは震える手で本を触ろうとしている。


「こらこら、これはお前が魔女になった時に譲ると言っただろ?」


 本を亜空間にしまうと、ルゼは「ああ!」と言って嘆いた。それほどか。


「まあ、頑張れよ。魔力操作はかなり良くなった。後は今まで通り魔力をガンガン使え。毎日魔力切れになるくらい使っていれば、いつかアゼルの魔力量を抜いて、魔女になれるだろう」


「おう! 見てろよ師匠! すぐにでも魔女になってやるぜ! さあ、休憩は終わりだ! 修行しようぜ、修行!」


「その意気込みは買うが、落ち着け。まずは魔力操作が先だ。教えた通り、一時間操作して、一時間休む。それを繰り返してから魔力を大量に消費させろ」


「う……わかったよ。でも、さっきの約束、絶対だかんな!」


「ああ、もちろんだ。だから頑張れよ」


 ルゼはかなりやる気になっているようだ。自分が書いた本が欲しくてやる気がでるとはなんだか恥ずかしいな。私が作者であることは言わない方がいいだろうか。幻滅されたら嫌だし。


『フェル様、いまよろしいでしょうか?』


 いきなり念話が届いた。アビスか?


「ルゼ、ちょっと念話が届いた。私は話をしてるから、ちゃんと休憩してろよ」


 ルゼが頷くのを確認してから念話の方へ集中した。


『アビスか? 大丈夫だが、どうした?』


『はい、ロモン国で疫病が発生しているようです。どうやら誰かが遺跡の装置を動かしたみたいですね』


『疫病? 遺跡の装置ってことは、メーデイアにある遺跡と似たようなものか? あそこはアイテムを持っていると病気になる遺跡だったが』


『はい、それに似た遺跡ですね。メーデイアにあるのは病院なのですが、今回、疫病を発生させた遺跡は細菌研究所というところでして、それが漏れ出た感じです』


 サイキン研究所? 細菌か? たしか目に見えない菌とかなんとか。詳しくは知らないが病気の原因になるものとか聞いたことがあるな。


『その疫病はどんな感じなんだ? 危険なのか?』


『かなり危険ですね。猶予期間は長いのですが、致死性が高いです。聖人教が治癒魔法を使って治しているようですが、それをやれる人手が不足しているようですね』


 人手不足か。仕方ない。私も一応聖人教の教皇という立場に就いている。手伝ってやらないとな。


『まず、遺跡の方はどうなってる? 遺跡の装置は止まっているのか?』


『まだ動いているようです。そちらは私が行って止めて来ましょう』


『分かった。そっちは頼む。私は病気になった人の治療に当たる。まずは聖人教の本部へ行って情報を集めよう。それとスライムちゃん達も連れて行く。準備させておいてくれ』


『畏まりました』


 よし、一度アビスへ戻ってから、スライムちゃん達を連れてロモンへ行こう。


「ルゼ、すまない。ちょっと用事ができた。今日の指導はここまでだ。後は自主的に訓練してくれ」


「師匠はたまにそういう時があるよな? 一体何してんだ? もしかして、俺以外にも弟子がいんのか?」


「拗ねるな。そんなのはいない。弟子はお前だけだ。まあ、なんだ、人助けみたいなものだ」


「師匠の冗談はいつも面白いな!」


「……次の指導を楽しみにしておけよ? パンすら持てない程しごいてやる」


「ひでぇよ! 冗談じゃねぇか!」


 お前の冗談は本気に聞こえるんだよ。


 おっといけない。遊んでいる場合じゃなかった。早速アビスへ戻って準備しないとな。

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