修行の最終日
ルゼに指導を始めてから半年が経った。今日は修行の最終日だ。
最初の二ヶ月程度でルゼは魔力操作を行えるようになった。でも、それは集中している時だけで、どんな時でもやれるようにならないと意味がない。
今はまだ頭で考えて操作しているのだろう。それを無意識にやれるようになるまで訓練あるのみだ。若いから飲み込みも早い。あと二、三年もすればできるようになるだろう。
「一応、今日が修行の最終日だ。あとは教えてやったトレーニングをずっと続けていればいい。まあ、最後とは言っても週に一回くらいはちゃんと見に来るけどな」
「そっか、師匠とは今日までなんだな……」
「いや、いま言ったろ? 週一で来るから」
「ああ、そうじゃなくて、師匠と寝食を共にするのがだよ。どこに住んでるか知らねぇけど、そっちから通う事になるんだよな……?」
なるほど。しょんぼりしていたのはそのせいか。なんというか、かなり懐かれたな。結構厳しい修行だったと思うんだけど。
「もう、子供じゃないんだから寂しくはないだろ?」
「そうだけどよぉ、なんていうかさ、俺ってもっと小さかったころは魔力も普通だったし、友達もいたんだぜ。まあ、三、四歳くらいまでだけど」
なんの話だろうか。まだ続くのか?
「俺の魔力が駄々洩れになって友達が魔力酔いになったんだよ。それから友達は俺に近寄らなくなってさ、すげぇ辛かった。いつも遊んでた友達に急に会えなくなるんだぜ? 心に穴が開いた感じだよ」
「……そうか」
「師匠が帰っちまうのはその時の感覚に似てて結構辛いんだよな……まあ、師匠には分からないかもしれねぇけど」
「……分かる。私にも似たような経験があるからな」
親友や知り合いと別れるのは何度も経験した。心に穴が開くと言う表現は理解できる。自分の一部を切り取られた、そんな感じだ。千年生きても慣れることはない。
ルゼが驚いた顔でこちらを見つめていた。私がこういう回答をするとは思っていなかったのかもしれないな。
「師匠、友達がいたんだ? ぼっちかと思ってたぜ」
「よし、今日は今までの修行がぬるかったと思わせてやる。覚悟しろ」
「ちょ! 冗談だよ、冗談!」
「そうか。私は本気だ」
とりあえず、ランニングからだ。
ルゼは地面に大の字で寝っ転がっている。肩で息をするようにして、しばらくは動けそうにない。今日は修行の集大成みたいなものだからな。ちょっと張り切った。
「ひ、ひでぇよ、師匠……最終日にここまでやるなんて……」
「口は災いの元という言葉をよく覚えておけ。お前は口が悪いんだから普通の奴よりも注意しないといけないんだぞ? とはいえ、今日はここまでだ。この後はないから安心しろ」
「そ、そうなのか? いつもより早くねぇか?」
「最終日だから早めに終わりだ……さて、ルゼ。今日までよく耐えたな。魔力操作を覚えるのには、もっと掛かるかと持ってたんだが、思いのほか早かった。優秀な弟子だったといえるぞ」
最後くらいは褒めてやろう。結構辛い修行だったけど、ルゼは最後までやり抜いた。母親が連れてきたとは言え、素性がよく分からない奴の言う事なんて普通聞けるものじゃない。
でも、ルゼは文句を言いつつも、私を信用して修行についてきてくれた。師匠としてこんなにうれしいことはない。ちゃんと弟子を労ってやらないとな。
そんなことを考えながらルゼのほうを見ると、いつの間にかルゼは号泣してた。
「なんで泣いてんだ?」
「な、泣いてねぇよ! こ、これは、その、目にゴミが入っただけだ!」
「……そうか、随分デカいゴミが入ったな。ちゃんと目を洗っておけよ。この後は私の奢りで飯を食いに行くから、目が赤いままだと笑われるぞ? ……おい、聞いてるか?」
「聞いてるよ! ちょっと涙が止まらねぇだけだ!」
多分、私の言葉で泣いたのだとは思うが、ずいぶんと多感なお年頃だな。大した事は言ってないと思うのだが。まあいいか。喜んでくれたのなら何よりだ。
しばらくしてから、ルゼはむくりと起き上がった。
「もう大丈夫か?」
「おう、大丈夫だぜ。でも、これから飯を食いに行くのか? まだ早くねぇか?」
まだ昼間と言える状態だ。もうちょっとで夕方といったところだが、確かに夕食には早い。でも今のうちから準備しておいた方がいいだろう。
「アゼルに許可は取ってある。ルゼ、今日は泊まりになるから準備しろ」
「え? 飯を食いに行くんだろ? なんで泊まり? それによく考えたら人のいる場所は――」
「最終試験だ。他の人がいる場所でも魔力操作をして魔力が漏れないようにしろ。私が懇意にしている宿だから、もし魔力が漏れたとしても大丈夫だ。でも、これくらい私の弟子ならやり遂げられるよな?」
ルゼはちょっと驚いた感じの顔をしていたが、徐々に悪そうな笑みになった。
「師匠も人が悪いぜ。奢るとか言っておきながら試験じゃねぇか。でも、乗った! 絶対に魔力漏れしないぜ!」
「その意気だ。これから行く場所の料理は美味いから、それに驚いて魔力を暴走させるなよ?」
「へぇ、それはそれで楽しみだな! よっしゃ、ちょっと準備してくる!」
ルゼは嬉しそうに家へ入って行った。
食事に連れて行くのは妖精王国だ。転移門を使ってソドゴラへ行こう。そして一晩泊ってまたここまで連れてくればいい。
魔力漏れは心配だがルゼなら大丈夫だろう。この半年みっちり教えたし、いざという時は私が結界で抑えればいいだけだ。
ルゼの準備が整ったら早速ソドゴラへ行こう。
アビスの中へ転移門を開き、ソドゴラへ戻ってきた。
この半年間、アビスとは念話でやり取りをしていたが、特に問題はなかったはずだ。このまま妖精王国へ行こう。
「な、なあ、師匠、ここってどこだよ?」
「ここはソドゴラ――迷宮都市だ。ここは、その迷宮都市にあるアビスというダンジョンの中だな」
「マジかよ。人界最大のダンジョンじゃねぇか……というか、転移門で勝手に入っていいのかよ? 誰かに怒られねぇか?」
「私は一応ここの市民だからな」
そう言って迷宮都市の市民カードを見せる。これがあれば基本的にどこでもフリーパスだ。怒られたりはしない。
「おお、すげぇな。この都市で市民になれるなんて特権階級みたいなもんだろ?」
「流石にそこまでの効果はないぞ。でも、このカードのおかげで、他の国でも信用はされるな。正直なところ、なんでそこまで信用されているカードなのかよく分からんが」
「師匠って色んな意味ですげぇんだな。迷宮都市って言ったら人界の中心じゃねぇか。全てがここに集まるとも言われてるんだぜ?」
そんな風に言われているのか。でも、それは私にとって価値のない評価だ。
ここは私にとって大事な思い出のある場所。ただ、それだけだ。私はこのソドゴラにずっと住んでいる。生まれ育った魔界よりも長い時間をここで過ごした。良いことも悪いこともすべてがここで起きたが、そのすべてが大事な思い出だ。
ここは私と共にいつまでもあって欲しい。
「師匠、どうかしたのか? 早く飯にしようぜ? 俺、今日は絶対魔力漏れは起こさねぇからよ!」
「当たりまえだ。でも、そんなに気負うなよ? リラックスしろ、リラックス」
「そうなんだけど、人の多い場所にいるのも久々だからちょっと緊張するな!」
徐々に慣らしていくべきだっただろうか? でも、ルゼなら大丈夫だろう。
妖精王国へ入ると、食堂でヘレンが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! あ、フェルさん、久しぶりですね! あれ? 今日はお友達と一緒ですか?」
友達……? ああ、そうか。見た目は同じくらいの年齢だからな。
「いや、コイツとは師弟関係だ」
「そうなんですか? フェルさんは何を教わっているんです?」
「私が教えてるんだよ。細かい話はあとでな。いつもの席は空いてるか?」
「もちろん空いてますよ。あそこはフェルさんの指定席ですからね。それじゃごゆっくり」
ルゼを連れていつものテーブルへ移動した。半年ほど来てなかったけど、ここに来ると安心する。
それにしてもさっきからルゼはカチカチだな。
「ルゼ、大丈夫か? そんなに緊張するな」
「い、いやぁ、思ったよりも人が多くて緊張しちまうよ。い、今のところ、魔力操作は大丈夫だよな?」
「ああ、大丈夫だ。ほら、メニューだ。何でも好きなのを頼め。それともメニュー全部頼むか?」
「そんな馬鹿な真似する奴はいねぇよ。そんな奴がいたら見てみたいもんだぜ」
……知らなかった。メニュー全部は馬鹿な真似だったのか。今日はセラがいないから大人しく食べよう。
「すげぇ美味かったぜ。確かにショックで魔力操作を失敗するところだった!」
「気に入って貰えたなら何よりだ」
「でもよ、あのウェイトレスさん、師匠の注文に驚いてたけど、あれなんだ?」
「……まあ、いつもの注文と違ったからかな」
嘘は言ってない。セラといるときとか自分へのご褒美とかの場合は常にメニュー全部を食べるからな。今日みたいに五品目とかは稀だ。
「師匠はここの常連ってことなのか。今日は驚かされっぱなしだぜ」
「ちなみに今日泊まるのもこの宿だからな?」
「こういうところに泊まるのは初めてなんだよ。なんかワクワクするな!」
年相応というかなんというか、ルゼは随分とはしゃいでいる感じだ。
「あれ? もしかして師匠と同じ部屋に泊まるってことか? じゃあ、恋バナしようぜ、恋バナ! 一度やって見たかったんだよ! あ……やっぱ、いいや」
「一緒に泊まるわけじゃなかったが、なんでその提案を取り下げたんだ?」
「え、ほら、なあ?」
ルゼは言い淀んでいる。一体何があったのだろう?
「いいからちゃんと言え」
「いや、その、師匠って男っ気がなさそうだからな。恋バナなんてないだろ? 悪いことしたなって……ゴメン」
「謝られる事に怒りを覚える。私にだって恋バナの一つや二つある。それに親友の話も良く聞いた。大体、恋バナがないのはルゼの方だろうが」
ルゼはヤレヤレと言った感じで肩を竦めた。
「甘いな。悪いけど、俺は恋愛話には強いぜ? いつも研究しているからな!」
「その研究は魔力操作に使え。でも研究ってなんだ?」
「いつも恋愛小説を読んでイメージトレーニングしてんだ。だから恋バナに強い。こっち方面なら師匠って呼んでくれてもいいぜ?」
「いや、お前、恋愛小説で恋バナを語るなよ」
「なんだよ師匠、知らねぇのか? 人界で最も読まれている恋愛小説があるんだけど、事実に基づいた内容ですごいんだぜ?」
まさかとは思うが「真実の愛」じゃないよな? アレの一巻とか言ったら別の本を薦めないと。それとなく「恋愛魔導戦記」を薦めてみるか?
あれはそれなりの売れ行きだったと聞いた。ありがたいことに魔女のイメージは結構良くなったらしい。おかげで目的は果たされた。
「師匠も小説は読むらしいけど、恋愛小説は読みそうにないからな。今度、俺のオススメを教えてやるよ」
「そうか、なら私も今度オススメを教えてやろう。代わりに今日は恋バナをしてやる……親友の話だけどな」
「知ってるぜ? 親友の話といいながら自分の話なんだよな? おお、やべぇ、これも恋バナしてるみてぇだ」
そうだろうか。まあいい。今日は修行をやり切ったルゼへの褒美みたいなものだからな。色々と付き合ってやろう。
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