疫病

 

 転移門でアビスへ立ち寄り、スライムちゃん達をつれてロモン国の聖都へやってきた。


 緊急なので魔力高炉を使い、連続で転移門を開く。ロモンで登録しているのは聖都にある大聖堂という建物だ。建物は女神教の物だったが、聖人教がそのまま使ってる。ここには私の――つまり教皇の部屋があるわけだ。全然使ってないけど。


 聖人教の教皇。私の事だが、聖人教では謎の人物として知れ渡っている。ものすごく矛盾した内容だが仕方ない。私の事を見たことがあるのは数人だろう。信者でも赤い髪の魔族という情報くらいしか知らないと思う。


 そもそも私はお飾りみたいなものだからな。ほとんど何もしてない。一応私が聖人教のトップで、その下に四人いる形だ。聖人教の四大派閥、鍛冶王、舞姫、剣帝、そして聖母の派閥のトップが私の下についている感じだな。


 しかし、その四つの聖人、全員知り合いの上に、二人は魔族。正直、何でこんなに人気があるのだろうと不思議に思う。もちろん悪い奴らじゃなかったけど、聖人に認定されるほどなのだろうか。身近で見るのと遠くから見るのとでは色々違うのかもしれないけど。


 部屋から外に出ると、すぐに会議室だ。先程の四大派閥のトップが全員揃っている。事前に念話で集まる様に伝えておいた。たまにしか仕事をしないけど、なぜか私の言う事は聞いてくれる。ありがたいことだ。


「待たせたな」


 全員が頭を下げた。


 正直なところ名前を覚えていない。これは仕方ないと思う。入れ替わりが激しいから、次の会議では違う奴がいたってことも多かった。だから名前ではなく聖人名で覚えてる。


 鍛冶王ガレスを信仰している派閥の男性がこちらを見た。


「教皇、本日の招集はやはりロモン国で発生している疫病に関しての話でしょうか?」


「ああ、その通りだ。治癒の人手が足りないと聞いたので、これから私も向かう事にした。だが、色々と状況を確認しておきたいと思ってる。分かっている範囲で報告をお願いしたいのだが」


 舞姫ウェンディを信仰している派閥の女性が手をあげた。


「まず疫病に関しては主に聖都より北側で発生しています。聖都と聖都より南はほぼ終息しました。残りは北側ですが、そちらにも治癒師を送っています」


「もしかして人手は足りているのか?」


 それだったら私が行く必要もないんだけど。どちらかといえば、疫病による被害の復興とかに力を割いた方がいいのかな?


 聖母リエルを信仰している派閥の男性が首を横に振った。


「基本的にどの町や村にもそれなりの治癒師を滞在させているのですが、治癒師が病に倒れてしまったケースもありまして、残念ながら足りておりません。そしていま一番問題なのがレメトです」


 レメト……レメト湖がある場所の町だな。確か女神教の爺さんがあそこで聖人教の布教活動をしていたはずだ。でも、一番問題というのはどういう事だろう?


「問題というのは?」


 この質問には剣帝オリスアを信仰している派閥の女性が答えてくれるようだ。


「レメトとレメト周辺の町や村のすべてで治癒師が病に倒れました。聖都からもレメトは遠く、周囲の町や村で治癒を行ってから向かうとなると、間に合わない可能性が高いのです」


 距離だけの話なら私が転移門を開いてやれるのだが。


「だれか治癒師はいないのか? 私が送るが?」


「それも難しいでしょう。今回の治癒に関しては五人以上のチーム、それに護衛などを付けて行動させています。それを揃える事が出来ません。また病に倒れた治癒師を治しても、すぐに復帰は無理でしょう」


 伝染病だからな。もし治療をする奴が倒れたら困るからチームを組んでいるのだろう。それにレメトには人も多い。一人、二人じゃ全員を治せないか。これは急がないとまずいな。


「状況は分かった。なら私の方の情報も伝えておく。今回の疫病は遺跡にある魔道具が使われたことが原因らしい。こちらは既に人を向かわせて止める手はずになっている。これ以上の拡大はないと思っていいだろう。いま病気の奴を治せばそれで終わりだ」


 全員が「おお」と声を上げる。私の手柄じゃなくてアビスの手柄なんだけど、あえて言う必要もないかな。


「なので、問題はレメトだけだ。私がレメトへ行って何とか治療してみる。だが、一人では無理だろう。できるだけ早く来るようにしてくれ」


「しかし、教皇。教皇が病で倒れてしまう可能性も――」


「可能性はあるが、病が蔓延しているのが分かっているなら大丈夫だ。魔力コーティングで身を守る」


 魔族なら必須の技術。これがあれば病気にはならないだろう。魔力をかなり消費することになるが、今回は魔力高炉をずっと繋げておくつもりだから問題ないはずだ。


「さて、早速動くぞ。過去の聖人達に負けないように全力で問題に当たってくれ。何かあればすぐに念話で情報共有だ」


 全員が頭を下げた。


 よし、さっそくレメトへ行くか。向こうの状況を確認しないとな。




 レメト周辺には転移門を登録していないので、座標計算をしてから転移門を開いた。さすがにヴァイアみたいに一瞬で計算はできないが、時間をかければ大丈夫だ……レメト湖の上空に門が開いて、湖へ落ちたけど。


 魔法で服を乾かしながらレメトに近づいた。


 町というよりは都市と言ってもいいくらいの大きさだ。久しぶりに来るのだが随分と変わったな。


 まずは病人をできるだけ一ヶ所に集めた方がいいだろう。広い場所といえば……たしかここにもリエルの建てた孤児院があったはずだ。建物自体はそれほど大きくないが、目の前が大きな広場になっていた気がする。


 病人がどれくらいいるか分からないが、そこで対応するべきだな。


 亜空間からスライムちゃん達を出した。


「事情はアビスで説明したな? これから病人達を治療する。この先の広場に病人を連れて来てくれ」


 ジョゼフィーヌが一歩前に進み出た。


「フェル様、我々は魔物です。人族が怯えてしまうのではないでしょうか?」


「例え怯えたとしても抵抗はできないだろう。有無を言わさず連れてきてしまえ」


「畏まりました。では、女子供から連れてまいります」


 そういえば、リエルも昔、メーデイアで同じことをしたな。あの時は本当に聖女だと思ったものだ。おっと、感慨にふけっている場合じゃない。


「分かった。それで頼む」


 スライムちゃん達はすぐにこの場を離れた。私も孤児院の方へ行こう。




 孤児院では既に病人が何人も辛そうにしていた。ここは聖人教の拠点でもあるからな。治療できると思って来たのだろう。


 孤児院から五十代くらいの女性が出てきた。咳をして辛そうだ。


「申し訳ありません。治癒魔法が使える者も病に倒れ、病気を治せません。本部から救援が来るはずですので、それまでは安静にして耐えてください」


 どうやら私の事を病人だと思っているようだ。


「私がその救援だ。どんな病なのか確認しておきたい。誰でもいいから病人を診させてくれないか?」


「まあ、魔族の方なのに――いえ、魔族の聖人もいらっしゃいますから当然の話ですね。では、こちらへどうぞ」


 女性に連れられて、孤児院の一室へ案内された。


 そこには七、八歳くらいの少女がベッドで横になっている。


 汗で金色の髪が額に張り付いていた。結構熱があるようだな。


 人の気配で目を覚ましたのだろうか。少女は目を開けてこちらをぼんやりと見た。


「シスター……この方は……?」


「聖人教からいらした方よ。貴方を治してくださるわ」


「……私は後でいいです。それよりも先に皆さんを……」


 自分がこんなことになっているのに他人の心配か。子供なのにしっかりした奴だ。


「まずはお前からだ。ちょっと見させてもらうぞ?」


 魔眼で少女の状況を見る。


 ……なるほど、旧世界にあった病気を模倣している細菌なのか。状況は分かったけど、問題がある。


 この病気は私じゃ治せない。リエルから貰った本で勉強したから分かるが、この病気は複雑だ。治せるかもしれないけど、多くの時間が掛かるだろう。私が全員を治している時間がない。


 でも、この少女を魔眼で見て分かったことがある。


 この少女、アルマは治癒魔法の才能、というよりも、医学知識とかいうスキルを持ってる。おそらく生まれ持ったスキルなのだろう。今の時点でも治癒魔法の効果ならこの子の方が私より上だ。


 こんな小さな子に大変厳しい事をさせなくてはいけないが、皆を救うためにやってもらうしかないな。


 亜空間からエリクサーを取り出して、アルマに飲ませた。


 エリクサーは体の状態をすべて正常に戻す秘薬だ。魔界から持ってきてた最後の一本だが、致し方ない。


 アルマから汗が引き、顔色が良くなってきた。もう大丈夫だろうが、また病気になったら困るので、私の方で魔力コーティングしてこう。


 アルマは目をぱちくりさせると、横になったまま顔を動かして左右を見渡した。そして上半身を起こす。


「あ、あれ……私……?」


「薬で治した。もう大丈夫だ」


「え、え、え? な、治ったんですか……?」


「ああ、体に痛みとかはないだろう?」


「あ、はい! 大丈夫です! 良かった! これでみんな助かる! そういうことですね!」


 アルマは笑顔ではしゃいでいる。シスターも喜んでいるようだ。


 この状態で説明するのは気が引けるな。でも、言わないと。


「いや、みんなは無理だ。この薬はいまので最後だからな」


「え……? な、ならどうして私に使ったんですか! 私よりもシスターの方が!」


「いいのですよ、アルマ。もし私が助からなくてもアルマが元気ならそれで十分」


「そ、そんな、シスター……」


 今生の別れみたいな展開になってきた。早めに誤解を解こう。


「アルマ、それにシスターも誤解するな。アルマを治したのには理由がある」


「理由、ですか?」


「そうだ。お前には治癒魔法の素質がある。教えてやるから皆を救え」


 アルマは目をぱちくりさせると、首を傾げてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る