言い伝え

 

 城内の大食堂で、皇帝のラーズ、護衛のエイン、それにダルムの三人と一緒に食事をとった。


 私は一緒に食事をとるのが皇帝だろうが何だろうが気にしない方だが、エインが緊張でものすごく震えていて、見ていて可哀そうな気がしたな。


 反対にダルムは全く気にしていなかった。それにちゃんと上半身に服を着ていた。ちょっとだけ見直そう。あとは常に服を着ていてくれれば、何の文句もないのだが。


 用意された昼食はそれなりに美味しかったと思う。


 だが、ニアのレシピで作ったハーミアの料理とあまり大差がない様に思える。ハーミアって実は結構すごい料理人なのだろうか。ニアとヤトという天才達と比べてはいけなかったのかもしれない。


 昼食の食器は片付けられて、目の前にはパイナップルジュースが置かれている。パイナップルは確かウゲン共和国で採れるフルーツだったはず。どうやらルハラとウゲンはいまでもそれなりに交流があるようだ。


「さて、料理はどうだったかな? 昼食という事でそれほど豪華ではないが、悪くない出来だったと思うが?」


 ラーズは随分と興味深そうな顔をしている。不老不死の私に興味があるのかもしれない。


「美味しかったぞ。いくらでもおかわりできそうだ」


「言い伝えによると、フェルは美味い物を食べると笑顔になるらしいね。昼食ではそれほどでもなかったようだが、あまり好きな食事ではなかったかな?」


 なんでそんな話が伝わっているのだろう。もっと伝えるべきことがあると思うのだが。


「ピリ辛な食べ物は嫌いじゃない。笑顔がイマイチなのは、それ以上の料理を知っているからだな」


 思い出補正とかあるかもしれないが、ひいき目に見てもニアの料理より美味しいとは思わなかった。それでも悪くない味だったし、もてなしとしては十分だと思う。


「宮廷料理長の料理よりも美味しい物を食べたことがある、か。なるほど、五百年も生きていればそう言う事もあるのだろうね」


 最初に食べたのは十八の頃で、五百年経ってもそれ以上の料理はない。そう考えると、運が良かったのか悪かったのか分からないな。あれ以上の料理を楽しむ機会がなくなったと言える。子孫のハーミアに期待するとしよう。


 さて、それはもういいか。食事は終わったし、本格的にお願いしよう。


「そろそろ本題に入らせてもらおう。食事中に話したが、ペンダントは借りられるのか?」


「これの事だね?」


 ラーズが首から下げているペンダントをはずして、テーブルの上に置いた。


 間違いないな。以前借りたときの物と同じだ。あのペンダントがあればクリスタルタワーに入れる。そうすれば、図書館にもいけるはずだ。


「それだ。以前、ディーンに借りたことがある」


「そんな話は伝わっていないのだが、本当なのかな? そもそもあそこには数体のゴーレムしかいない。皇帝だけがこのペンダントで入れる場所というだけだし、他の用途として砦として使えるかもしれない、というだけだ」


 ゴーレム? ディーンにもそんなことを聞いた気がするけど、魔王様と行った時にはそんなものなかった気がするけど。


「ペンダントは貸してもいい。だが、理由を聞かせて貰えないかな?」


 ラーズがニコニコとこちらを見ている。好奇心旺盛という感じだな。


 昔、ディーンに理由を言ったことがあったが、それが伝わっていないのは誰にも言わないと言う私との約束を守ってくれたからだろう。律儀な奴だ。


 でも、どうするか。言ってもいいけど、信じるか分からないんだよな。あの時のディーンは私に惚れていたから信じたのだろうし。もしかしたら信じている振りだったかもしれないけど。


 まあ、いいか。皇帝なのだから神という管理者がいるという事を知っていても問題はないだろう。


「話してもいい。ただ、話すのはラーズだけだ。悪いが二人は席を外してくれないか。それとメイド達も」


「ふむ、面白そうだね。他の皆に聞かせたくないと言う事は、私も誰かに言ってはダメだということかな?」


「その通りだ。単にラーズの好奇心を満たしてやるだけのこと。情報は外に漏らさないでくれ」


 女神教みたいな宗教ができたら困る。大体イブを崇める不死教団とかもあるし、管理者って余計な事しかしないからな。


「面白そうだね。よし、君達、食堂の外で待機していてくれたまえ。フェルとの話が終わったら呼び戻すから」


「陛下、いけません。せめて護衛として私とダルムを置いてくださいませんと」


「君達の事は信頼しているが、フェルさんが私を襲ったとして二人が守れるのかい?」


「うぐ……」


 エインがちょっと涙目だ。そういうのは思っても言っちゃいけないと思う。


「嫌な言い方だったね。でも、そういう事なんだよ。君達二人がいようといまいと危険度は変わらないさ」


 そもそもそんな事しないのに、なんで危険がある前提で話が進んでいるのだろうか。例え話なのは理解できるが、そういうのは私のいないところでやって欲しい。まあ、私がいきなりラーズにしか話さないと言ったことが原因なんだけど。


「エイン、こうなったラーズを説得できるわけないだろ、とっとと食堂をでようぜ」


「ダルム! いつもラーズ皇帝陛下と言えと言っているだろうが!」


 ラーズを呼び捨てにしたダルムにエインが怒っているようだ。確かに不敬な感じではあるが、呼び捨てにしてもいいくらいの仲なんだろう。ディーンとロックも似たような感じだった……なんだか懐かしいな。


「二人にならラーズと呼び捨てでも構わないよ。公の場で私を立ててくれるなら問題ないさ」


「し、しかし! ……え? わ、私もいいのですか……!?」


 エインは顔が真っ赤になり、呼吸が荒くなった。過呼吸というやつだろうか。この反応から考えて、もしかしてエインはラーズを……?


「ああ、面倒くせぇな。コイツは俺が連れてくから、終わったら呼んでくれ。扉のすぐ外にいるから」


 ダルムはエインを肩に担ぐとそのまま食堂を後にした。ここには私とラーズの二人だけだ。


「二人とも子供のころから一緒なのだから、公の場以外では普通にしてもらいたいのだがね。どんな時でも一線を引かれると悲しい物があるよ」


「そうか」


 多分、エインはああいう風にしないと、歯止めが効かなくなるのだろう。身分の違う恋とかいうアレだ。リエルから教わったあらゆるパターンを想定した技の数々が頭に入っているけど、使いたくないし、教えたくない。自称、恋愛の達人の技はすべて封印だ。被害が大きいし。


「さて、では聞かせてもらえるかな? あそこに行く理由は何だい?」


 変なことを考えていたらラーズに理由を促された。よし、ある程度までは全部話そう。


「簡単に言うと、あそこには無神ユニがいる。そのユニが眠っているので起こしに行くんだ」


 ラーズは笑顔のまま固まって動かない。なにか反応して欲しいのだが。


「おい、大丈夫か?」


「……いや、驚いたね。なるほど、皇族しか知らないはずの神の名を知っているのか。そして、あの遺跡にはユニがいて、しかも目覚めさせる、ね。信じていいかどうか微妙なところだよ」


「信じなくてもいいが、私は本当の事を言っているからな?」


「そうなのだろうね。嘘をつくなら、もっとそれらしい事を言うものだ。それにフェルの目を見ていたが、嘘をついているとは思えなかった。だが、本当だとしても信じがたい気持ちが大きいね」


 嘘をつくと目が揺れるとか言うからな。私が嘘をつくかどうかを目で判断していたのだろう。


 まあいい、理由はちゃんと説明した。後は約束通りペンダントを貸してもらわないと。


「約束は守ってもらうぞ? ペンダントを貸してもらおう」


「気が早いね。でもまだだ。ユニを目覚めさせる理由を聞きたい。今の話だと遺跡でやりたいことであって、やる理由ではないだろう? 説明が足りないね」


 面倒くさいな。


「色々と端折るが私には倒さなくてはいけない敵がいる。その敵を倒すには、無神ユニの力が必要なんだ……これでいいか?」


「端折り過ぎだが、神に力を借りて何を倒す気だい? 相手も神なのかな?」


「察しがいいな。その通りだ。神というよりも、神の原型と言われている奴でな。アイツをベースに他の神が作られたらしい。そしてアイツがいると私や私の知り合い達が酷い目に遭う。だから倒す」


 ラーズが口を開けたままにしている。皇帝としてそれはどうなのだろう。


「おい、だらしないぞ?」


「……それだけ驚かせる話を聞いたからね。でも、そうか、フェルは神を倒そうとしているのか」


「まあそうなるな。で、どうだ。もうこれ以上は説明しないぞ。これ以上はお前が知る必要がないことだからな」


 イブに関して普通の奴らがどうにかできるとは思えない。これは私がやるべきことだ。そしてイブとの因縁に決着をつけてみせる。


「これ以上の好奇心は満たせないか……いや、しかし面白い話を聞かせてもらったよ。このペンダントはフェルに貸そう」


 よし、これで図書館へ行ける。


「すまないな。ペンダントは必ず返すから」


「それはお願いするよ。ただ貸すこと自体は気にしないでいい。それを貸すぐらいは大した話でもないからね。でも、一つだけお願いがある」


「お願い? なんだ? ペンダントを借りる以上、私にできる事ならやらせてもらうが」


「それは良かった。夕食も一緒にどうかな? まだまだ話を聞きたいからね。神の話は無理だろうが、祖先の事はもっと聞かせてもらってもいいのだろう? ……ちなみに言い伝えでは、フェルが魔性の女だという話なんだが、本当のことなのかな?」


「そんな風に言われたことは一度もない。人違いだ」


「さっきと違って嘘をついているのがまるわかりだ。目が泳ぎ過ぎだよ?」


 くそ、誰だ……そうか、ウルだな。私がディーンに惚れられていたことを根に持っていたか。ユニを目覚めさせたらペンダントだけおいてとっとと帰りたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る