人質
久しぶりに見る城はあの頃とあまり変わりがない。ここでは多くの兵士達に敬礼されたものだが、それもいい思い出だな。二度と御免だが。
でも、随分と物々しい感じがする。ちょっと騒がしいというかなんというか。普段からこんな感じなのか?
そして門番の兵士がダルムを見つけると慌てて近寄って来た。
「ダ、ダルム様! まさかとは思いますが、フェル様に怪我とかはさせていませんよね!?」
ダルムって結構偉いと思うのだが、敬意がない感じで詰め寄られている。不敬とかにならないのだろうか。
「お、おい、どうした? 何をそんなに慌ててる?」
「慌てるもなにもありません! い、今、城の中では大変な事に! 急いで玉座の間にお向かいください!」
「だから、一体どうした? 何があったかちゃんと言え」
「クーデターです! クーデターが起きました!」
クーデター? 誰かが皇帝を倒すとか、帝位そのものに異を唱えているのだろうか。ディーンの子孫だからそれなりにいい皇帝だと思ったのだが、あまり慕われていないという可能性もあるな。
それとも、また帝位を簒奪するとか言い出した兄弟がいるのか? どういう状況なのかは分からないが、ディーンの子孫だし、特定の誰かに肩入れはしたくはないのだが。
面倒な時に来てしまった。そっちはどうでもいいから、どさくさに紛れてペンダントだけ借りられないかな。
「クーデター? おい、何を言ってる? そんなことをする勢力が一体どこに……まさか不死教団か!?」
なるほど、そういう可能性があるのか。
もしかして、それを私が収めれば話が早いのかもしれない。継承権とかの肩入れはしたくないが、そういうのなら専門だし、身の潔白を証明できるだろう。
「おい、ダルム。不死教団なら私も手を貸そう。それで疑いは晴れるな?」
「あ、ああ、それはそうなんだが……おい、なんでそんな微妙な顔をしている?」
ダルムが門番の兵士を見て不思議そうにしている。確かに微妙な顔をしているが、どうしたのだろう?
「相手は不死教団ではありません。そんな奴らを城に入れたりしませんよ」
門番はそう言うと、私の方を見た。
なんでそんな残念そうな顔と言うか、私に非があるみたいな顔をしているのだろうか。
「もしかして私に何かあるのか? それならちゃんと言ってくれ」
「……実はメイドギルドの方達が『フェル様に容疑をかけるとは何事だ』と言って、玉座の間を占領し、皇帝陛下が人質に……フェル様の釈放を要求しています」
「……やっぱり牢屋に行こうか? 一週間くらい自主的に入ってもいい」
「そんなことしたらもっとヤバい状況になるだろうが。あくまで状況確認しただけだと話を合わせてくれ。あと、アンタを殴ってない事にしてもらえると助かる」
「もちろんだ。私達は仲良し。そういう形でメイド達に説明しよう」
「では、申し訳ありませんが玉座の間へ向かってください。今のところ城の中だけの話で、外には漏れていませんから、できるだけ穏便に済ませてもらえると助かります」
門番の兵士が合図すると、城門が開き始めた。ダルムと一緒に城へ入る。
「その、なんだ。不死教団じゃなくてよかったな。大事にはなってない」
「皇帝が人質にされているのが大事な事じゃないなら、なにが大事な事なのか俺に教えて欲しいもんだな。もしかして不死教団よりもメイドギルドのほうが過激なんじゃないのか?」
「否定はしない」
「してくれ、頼むから」
いや、実際、メイドギルドは過激だと思う。なんか私の事になるとそうなる。普段はいい奴らなんだけど。あれだな、メノウの意思が受け継がれていると言うかなんというか。なんで受け継いでほしくないことが受け継がれているのだろうか。
もしかしてこれも洗脳じゃないのか? 女神教並みに酷いような気がする。
「でも、これでアンタの身の潔白は証明されたようなものか」
ダルムが変な事を言い出した。なんでそうなるのだろう。
「何を思ったらそういう状況になるんだ? 私としてはありがたい話だが、具体的に理由を教えてくれ」
「いや、不死教団よりも過激なメイドギルドが味方してくれてるのに、不死教団の教祖をやる必要はないだろ? それに聞いてるぜ。シシュティ商会からメイド達が撤退したってな。不死教団とシシュティ商会は懇意にしているって話は聞いてる。メイドギルドがシシュティ商会と敵対したってことは、不死教団とも敵対したわけだからな」
「そういう事か。まあ、何にせよ、身の潔白が証明できたのはありがたいな」
「不死教団の教祖ではないのは証明されたが、メイドギルドに介入して皇帝に脅しをかけた容疑が新たに発生したけどな」
「そんなことはしていないが、皇帝に謝った方がいいか?」
「謝って済む話だといいな?」
なんだろう。ダルムの声がちょっと冷たい。怒っているのだろうか? まあ、普通なら怒るだろうけど、私のせいじゃないよな。百歩どころか千歩くらい譲っても私のせいじゃないと思う。
途中、誰にも会わずに、玉座の間に通じる扉の前までやって来た。扉の前には多くの兵士達が疲れた感じで立っている。よく見ると、扉の一番近くには女性がいるようだ。
その女性がこちらに気付くと、「ダルム!」と言って近づいてきた。
ショートカットの金髪でパンツルックの女性だ。そこそこ派手な服で、腰には剣を差している。貴族、というよりは騎士とかなのだろうか。
「お前! フェルさんに怪我とかさせてないだろうな!」
「エイン、落ち着け。フェルに怪我なんてさせてない。連れて来てるからよく見ろ……話を聞いただけで戦ってないから安心してくれ」
エインと呼ばれた女性が私の方を見る。一瞬でオーガのような形相がにこやかな顔になり、頭を下げてきた。
「フェル様、ここまでご足労いただきありがとうございます。私は皇帝陛下を護衛するインペリアルガード『紅蓮』の一人、エインと申します。ダルムが何か失礼な事をしませんでしたでしょうか?」
紅蓮? 傭兵団の名前だけど何か関係があるのだろうか。まあ、それは後でいいか。
「魔族のフェルだ。大丈夫、話をしただけで失礼な事はされていないし、戦ってもいないから怪我もないぞ……私達は仲良しだ」
多分、怪我とかしてたらメイド達が更に暴走するからだろうな。話をしただけで戦ってないことにしないと大変な事になる。私もそれは望まない。
「そうでしたか、仲良しでしたか。それはともかく、申し訳ないのですが、玉座の間にいるメイド達を説得してもらえないでしょうか。フェル様に敵対するつもりはないと言っているのですが、聞いてくれないようでして」
メイドに追い出される護衛って何なのだろうか。いや、メイドは強い。仕方ない。
「分かった。でも、これは私がやったことじゃないからな? それにメイド達の事も許してやって欲しいのだが」
「それは皇帝陛下の判断ですね。さすがに陛下に怪我があるようですと、全面戦争も辞さない感じになりますが」
祈ろう。祈るしかない。そうでないことを誰かに祈ろう。ここは魔王様だな。どうか皇帝が無事でありますように。
ひとしきり祈ってから扉を叩いた。
「魔族のフェルだ。ここを開けてくれ」
中から何か音がした。扉の近くにいるのだろうか。
「質問です。フェル様にお仕えしたことがあるメイドの名前を言ってみてください」
なんでそんな質問をされないといけないのだろうか。
いや、そうか。私の声を知らないんだな。本当に私が来たか質問して確かめようとしているのだろう。私に仕えたことがあるメイドはメノウだけだ。一日だけだが。
「メノウ」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
メイドと思われる相手がそう言うと、扉の鍵が開く音がした。
色々ツッコミたい。私はここに帰って来たわけじゃない。それに私はご主人様じゃない。なんというか、着々と私が主人であるという状況が整っていく。ここはちゃんと否定しないとな。
「私は主人では――」
「皆! 開いたぞ! 皇帝陛下をお助けしろ!」
急にエインが声を張り上げた。そしてエインと兵士達が玉座の間になだれ込む。
「……皇帝、陛下?」
だが、エイン達は途中で止まってしまったようだ。人が多くて見えないが、皇帝になにかあったのか?
「フェルを連れてきてくれたようだね。君達、フェルの姿が見えるように道を開けてくれ」
誰かの声がした。まさかとは思うが、皇帝か?
兵士達は困惑しながらも、入り口で左右に分かれて道を開けてくれた。仕方がないので、開いた場所を歩いて玉座の間に入る。
玉座に座っているのが皇帝なのだろう。歳は三十よりも若いくらいか? 金髪で顔立ちはディーンよりもウルに似ている気がする。男性だとは思うのだが、中性的な顔立ちだ。
「私はルハラの皇帝、ラーズだ。フェルには先祖が色々と世話になったようだね」
ちょっと理解が追い付かない。メイド達に人質にされていたのではないのか?
そのメイド達は普通に壁際に立っていて、皇帝を人質に取っている様には見えない。まさかとは思うが謀られたか?
「一つ聞きたいのだが、人質にされていたという話は嘘か?」
「理解が早いね。その通りだ。私からメイド達にお願いしたんだ。彼女達は嬉々として手伝ってくれたよ。素晴らしい手際だ。ギルドを通さずに直接雇いたいくらいだね」
「それは好きにしていいが、なんでそんな真似を?」
「こうでもしないとフェルに会えなかったからね。この城にいる皆は過保護すぎるのだよ。フェルは不死教団とつながりがあるかもしれない、そんな理由で私には会わせないとか言う始末だ。私の先祖が世話になったと言うのにね」
「そ、それは皇帝陛下に何かあったらルハラが大変な事になるからです! 安全だと分かるまで会わせないのは当然の事です!」
「エイン、そんなことを言っていたら私は誰にも会えないだろう? それに今回は、あのフェルだぞ? フェルがいなければ私はいまここに存在していなかった可能性だってあるんだ。いわば命の恩人と言ってもいい」
どうやらメイド達がクーデターを起こしたと言うのは、私をここへ連れてくるための虚言だったようだな。エインやダルム、それに兵士達は知らされてなかったようだけど。
「私を心配してくれるのは嬉しく思うが、フェルに限っては問題ない。不死教団とつながりがあると言うのもあり得ないだろう。さっきまでメイドの皆からフェルの素晴らしいところを聞かされていたからね」
メイド達は目を瞑って誇らしげにしている。変な事を吹き込んでいないよな?
「さて、色々と迷惑を掛けてしまったようだ。昼食を用意させるので、食事をしながら話をしよう。帝都へ来た理由や先祖たちの話を聞かせて貰えないか?」
「そうか。なら言葉に甘えよう。えっと、メイド達はお咎めなしなんだよな?」
「もちろんだ。これは私が依頼したことだからね……ただ、エイン」
「は、はい! 何でしょうか!」
「私の護衛であるのに、メイド達に負けるとはどういうことかな?」
「う……!」
いや、メイドって強いぞ。だって、メイドだし。
「それにダルム」
「いや、俺はその場にいなかったぜ? いたら負けねぇよ」
「そうか、なら大丈夫だろう。メイド達がダルムに話があるそうだ。フェルと戦った件でな」
「う……!」
エインとダルムの二人がすがるような目をして私を見ている。これはどうすればいいのだろう? とりあえず、私が悪い事にすればこの場は収まるだろうか。
「えっと、今回の騒動は私が来たことで起きたと思う。全ての原因は私にあると言ってもいいだろう。だから、この二人はお咎めなしにしてもらえないか?」
なんで今日初めて会った奴のためにお願いしているのだろうか。しかも全部自分のせいにして。せめて二人が私に感謝して、ペンダントを借りる時に協力してもらわないとわりに合わないぞ。
「フ……フフ……!」
なんだ? ラーズが笑い出した?
「メイド達から聞いた通りだ。フェルならそう言うだろうと言っていたよ。賭けは私の負けだな」
メイド達の顔が更に誇らしげになった。
「メイド達に依頼したのは私だ。ということは、今回の騒動に関する全ての責任は私にある。二人を咎めたりはしないし、メイド達にも責任はない。フェルにも色々と迷惑を掛けた。これは私が頭を下げるべきところだろう。皆、いらぬ騒動を起こしてすまなかった」
玉座に座ったままだが、ラーズが少しだけ頭を下げた。皇帝として頭を下げるのはどうかと思うが、誠実な感じには思えるな。
ダルムやメイド達は特に何でもないようだが、エインは恐縮しているというか、慌てて「頭を上げてください!」とか言ってる。エインの反応が普通だと思う。
「フェルはどうかな? 許してもらえるか?」
「ここで許さないと言えるほど空気が読めない訳じゃない。それに私は特に被害を受けていないからな。ただ、許す代わりにお願いを聞いて欲しいとは思ってる」
「お願い? それが帝都へ来た理由かい? 私にどんな願いなのか大変興味があるね。なら、早速食事にしようじゃないか。話はそこで聞こう」
どうやら何とかなりそうだな。それにしても、本当にクーデターじゃなくてよかった。
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