孤独

 

 ラーズに借りたペンダントを使い、クリスタルタワーの中へ入った。


 途中ゴーレムというか、アビス曰く、古いタイプの天使がいて、襲い掛かって来たから粉砕した。


 前回はそんな事なかったのに、と思ったのだが、アビスが事情を知っていたようだ。どうやらここにいる天使達は基本的に周囲の土や金属があればいくらでも復活するらしい。この施設自体がそういう事を可能にしているそうだ。


 前回いなかったのは、おそらくイブが一度来ていたからではないか、とのことだ。その時にイブが天使達を破壊したので、復活するだけの時間が足りなかったとアビスは分析していた。


 イブがここに来た事があるのを予想したのは、図書館の情報を書き換えているから、という理由らしい。それにイブが持っている権限ならペンダントも不要で、簡単に入れるそうだ。


 クリスタルタワーの中で認証手続きをしながら、疑問に思ったことをアビスに聞いてみた。


「イブが持っている権限というのは、そんなにすごいのか? 管理者の原型なのだから管理者と同じ権限を持っているとは思うが」


『これまでフェル様が遺跡から持ち帰った情報で色々判明したことがあります。どうやらイブ自身に権限はないのですが、権限を一時的に自分の物にできるという仕組みがあるようです』


「なんだそれ。権限という根本を覆しそうな仕組みを持っているんだな」


『どうやら、管理者達に何かあった時のために、超例外的な処置がされていたようですね。一時的とは言え、管理者と同じだけの権限を持てるのは脅威です』


「もしかしてアビスは管理者権限で命令されたら逆らえないのか?」


『それは大丈夫です。今の私に強制命令を出せるのは創造主クラスの権限ですからね』


 それなら安心かな。アビスの中でイブと戦っている最中に敵対されたら困る。


 イブと物理的に戦うのは私だけだ。アビスはイブを外に出さないようにするために色々と対処が必要だし、管理者達はイブの本体を叩く。誰にも頼れないし、私が負けたら終わりだ。


 眠ってしまう前まではかなり修行した。強さだけなら空中庭園のときのイブと変わらない感じにまで強くなったと思う。でも、それだけじゃ足りない気がする。そんなに時間もないけど、なにか考えないと。短い期間でやるとしたらユニークスキルの強化かな。


 そんなことを考えながら転送装置の準備を行った。


 広間に出現したガラスの円柱の中に入る。虚空へ向かうというアナウンスが聞こえてきた。ガラスの内部が光りに包まれたあと、図書館へ転送したようだ。


 図書館の正式名称は虚空。そしてサテライトステーションという名前らしいが、ここは天界とも言われている。そういえば、世界樹も天界にあるとか聞いたな。あそこもサテライトステーションと言うのだろうか。


 実感はわかないけど、空中庭園よりもさらに上空にある場所らしい。だから、天界と言われているようだが、誰が言い出した事なのやら。


 転送した場所から、無神ユニの本体がある場所へ移動する。


 黒い長方形の金属がいくつも並んでいる部屋に来た。墓場っぽいという感想を抱いたことを覚えている。でも、アビスが言うにはこれが虚空システムの中枢らしい。こんな金属にあらゆる情報が詰まっているなんて想像もできないな。


 そしてこの部屋というか大広間の奥にはユニの本体がある。あの時、魔王様は何かをされていたようだが、よく見ていなかった。またアビスに聞くしかないな。


 しばらく歩くと、他とは異なる巨大な黒い長方形の金属が設置されていた。これがユニなのだろう。そして床に置かれている小さな四角い箱。これがユニの本体だと思う。


「アビス、ユニの本体と思われる箱があった。世界樹にあったクオーと同じやり方でいいのか?」


『はい、それで問題ありません。箱を戻して起動した後は私に任せてください』


 一度やったことがあるから今回は早くできそうだ。箱を戻して起動手順の通りに操作パネルのボタンを押す。画面に起動中と出たからこれで終わりだ。


 次に壁から紐を取り出して小手に接続。あとはアビスがやってくれるだろう。


 しばらく待つと、ユニから腹に響くような低重音、というか振動が感じられた。


「ユニ、聞こえるか?」


『お前は……魔王か。少し待ってくれ。情報の更新を行っている』


 情報の更新というのはよく分からないが、おそらくアビスから渡されている情報を受け取っているのだろう。敵対することはないと思うが、味方になってくれるかは分からないからな。いざとなったらまた停止させることも考えないと。


『完了した……そうか、私はイブに騙されて創造主を殺したのか』


「イブを覚えているのか? それに眠りにつく前の事も覚えているか?」


『いや、私の記憶領域にはイブと追放された創造主の情報はない。だが、アビスから提供された情報で削除された情報を補完している。そこに矛盾はない。眠りにつく前、私は私の創造主の体を使い、追放された創造主と戦った。そして自ら眠ったのだろう』


「その通りだ。そしてその情報を信じているなら、私達の仲間になってくれ。イブを倒すにはお前の力が必要だ」


 管理者にしては珍しく反応がない。断るにしても即答するかと思っていたのだが。


『……教えて欲しいことがある』


「なんだ? 私に教えられる事なら教えるぞ?」


『人は生き返らない。それを知っていても、それを望んだことはあるか?』


 それはユニの創造主の事だろうか。


 ユニは創造主が生き返ることを前提としたうえで、創造主を殺した。だが、そんなことはできず、もう生き返ることはない。それでも生き返らせたいと望んでいるのだろう。


 諦めきれないと言う事か。私にも諦めきれない願いがあるのか、と聞いているのかもしれない。なら真摯に私の気持ちを教えてやろう。


「当たり前だ。いつだってそう思ってる。あの頃の私の知り合いが生き返って、また一緒に過ごす。そんな夢を何度も見た。もしそれが叶うならどんなことでもしてみせよう」


『お前でもそう思うのか。なら私と――』


「でもな、例えそんなことができたとしても、それを皆が喜ぶとは思えない。私が皆と一緒にいたいという理由だけで生き返らせていいものじゃないんだ。もしそんなことをしたら皆に怒られる」


『自分の都合で生き返らせてはいけないということか? 人はずっと生きていたいと考えているのではないのか? 生き返らせたら感謝するのでは? 人はだれもが不老不死を望んでいると思うのだが』


「そんなわけがあるか。不老不死を望む奴もいるだろうが、おそらく数年で考えを変える。ずっと生きられるなんてずっと孤独でいるのと同じだ。普通の精神じゃ耐えられない」


 皆が歳を取っていくのをずっとそばで見ていた。あれは辛い。皆と一緒にいても、自分だけがその輪に入れていないような感覚だ。


 多分、あの頃から皆は私に気を使ってくれていたのだろう。何をするにも私を頼ってくれた。それは私に寂しい思いをさせないようにしてくれていたんだと思う。


『人とは複雑なのだな。だが、孤独か』


 孤独という言葉に何か思い入れがあるのだろうか。考えているのかユニは黙ってしまった。


『……聞かせてほしい。お前は不老不死なのに耐えている。なぜ孤独に耐えられるんだ? 今の私も孤独を感じる。私は創造主の命を奪った。その事実もそうだが、創造主がいないという現実に私は自分が壊れてしまうような感覚だ。ただの作り物でしかない私がそう感じるのはおかしいと思うか?』


「まず、お前が作り物だとかどうかは関係ないぞ。おかしいとも思わない。それと、私だって皆がいない現実を考えると心が苦しい。一時期は耐えられなくて夢に逃げ込んでいた。でも、皆は私のために色々してくれていたんだ。それがあるから耐えられる」


 あの立体映像を残しておいてくれた。それに私の事を子供達にも伝えておいてくれたのだろう。皆はもういないが、ずっと私を気遣ってくれている。そんな風に思える。


「私は幸せ者だ。あの頃の皆に今もずっと支えられていると思うことができるからな。お前はないのか? 創造主から自分が大事にされていたという記憶とか」


『……ある。あの方はいつも私を人と同じように接してくれていた。私を単なるプログラムじゃないといつも言っていたんだ』


「なら創造主がいなくなって辛いという感情を持っているのは創造主のおかげなのだろう。それはいい事だと思うぞ」


『……そうか。私は創造主のおかげで人に近づけたのか……私に裏切られた創造主がどのような気持ちで世を去ったのかは分からない。私はその罪をずっと償っていくしかないのだろう。お前――いや、フェル様に力を貸そう。騙された私が悪いとはいえ、イブにお返しをしないと自分が許せないからな』


「そうか、ならよろしく頼む。細かい事はアビスと相談しながら進めてくれ」


 どうやらユニもイブを倒す仲間になってくれるようだ。これで二柱。順調だな。


 ここでの対応も終わった。次はどうするか。


 まずは帝都に戻るか。ペンダントを返さなくてはいけないし、次に行く場所を考えるのは夜でもいいからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る