悪夢
夢を見るようになった。
あの頃の夢だ。
ソドゴラがまだ村で、周囲を囲む壁もなく、住人は百にも満たない頃。色々な事が不便だし、村は貧乏だ。でも、そこには皆がいる。
ヴァイアがいて、ディアがいて、リエルがいて、メノウがいて、アンリやスザンナもいる。村の皆が全員いるんだ。
そして魔王様もいる。
魔王様は相変わらず無茶ぶりをするし、従魔達はアンリをボスにして私を蔑ろにするし、村の皆はいつも問題を発生させて私を振り回す。
そんな幸せな夢を見るようになった。
今の私はそれだけが楽しみだと言ってもいい。寝る前に昨日見た夢を思い出す。そして今日はどんな展開を迎えるのかを想像する。寝る前の私はにやけているだろう。
でも、それくらいしてもいいはずだ。普段はイブと戦うために体を鍛えたり、旧世界の資料を読み漁ったりしていて疲れている。
遺跡に関してはアビスに丸投げだ。今の私には命令できる従魔がいない。アビスが人型になって色々な場所へ向かってくれるようになったが、効率は悪いのだろう。報告にあがる遺跡の数は極端に減った。
問題はない。私には時間がある。いくら時間が掛かっても構わない。
でも、私が一人になってどれくらい経ったのだろうか。数年かもしれないし、数十年かもしれない。その間、私はアビスにずっと引きこもっている。
そもそも出る必要がない。人界は平和だ。私が何かをする必要はない。
私はここで皆の事を思い出しながら、イブへの対策を練っていればいい。
でも、イブを倒したとしても、その後はどうすればいいのだろう。
魔王様を探すと言う目的はあるが、魔王様はいつか私のところへ来ると言った。無理に探す必要はないのかもしれない。ただ、待てばいい。魔王様が目を覚ますその時まで、私はただ待っているだけでいい気がする。
もう、なにもかもが面倒になってきた。私が何かをしてもしなくても結果は変わらない。そんな風に思えてくる。
眠くはないけど、もう寝よう。何かすることはあるかもしれないが、明日でいい。ずっと明日は来るんだ。一日くらい夢に浸っていてもいいはずだ。
今日はヴァイアがノストとデートする予定だ。悪趣味だとは思うが、ディアとリエルが隠れて付いていこうと言っていた。二人が暴走するかもしれないからお目付け役をしてやらないとな。
悪夢を見るようになった。
何もない白い部屋で、私が一人だけの夢だ。
ここには何もない。村の皆も、従魔も、そして魔王様もいない。私が一人だけだ。
ここは嫌だ。
ここは寒い、ここは辛い、ここは苦しい、ここは――寂しい。
それにここでは、ずっと頭の中に二人の声が聞こえる。
一人は私に暴れろと言う。魔王として自由に生きろと何度も言ってくる。私は暴れないし、壊さない。そんなことを言わないでくれ。あの村は私の全てなんだ。それを壊すわけがない。
もう一人は私に意識をしっかり持てと言う。これは夢だ。意識をしっかり持つことで悪夢から逃げられるのだろうか。そんなことはやっている、やっているんだ。でも、目が覚めないんだ。
どっちの言葉もよく分からない。もう消えてくれ。二人の声は耳障りだ。
ああ、早く終わってくれ。早く目を覚ましてくれ。今日はアンリの誕生日なんだ。プレゼントを皆で買いに行く予定だ。それにサプライズの準備もしないといけない。皆でアンリを驚かせて、楽しい時間を過ごすんだ。
誰でもいい。早く私を起こしてくれ。
悪夢が終わらない。
頭に響く雑音が激しくなってきた。気持ちが悪い。
なんで、なんで誰も助けてくれないんだ。私は悪夢の中で一人、こんなに苦しい思いをしているのに。
魔王様……どうして魔王様は私を助けてくれないのですか?
いつだって魔王様は私を助けてくれたではありませんか。
勇者から、そして管理者から。私が苦しい思いをしている時は、いつだって魔王様が助けてくれた。
どうして、どうして、助けてくれないのです?
私にはもう助ける価値がないのですか?
それとも私が苦しい思いをするのが魔王様の望みなのですか?
何でもいい。答えてください。
魔王様が死ねと言うなら死にます。苦しめというなら苦しみます。だから、一目私の前に現れて言葉をかけてください。そうすれば私はどんなことにでも耐えて見せます。
だから、だから、お願いです。私に言葉を――
ここはどこだろう? 私は何をしているのだろう?
何かをするはずだったのに、頭にモヤが掛かった感じで何も思い出せない。
ここには何もない。もしかするとここは私の心を表しているのだろうか。
私には何もない。過去も、未来も、そして現在も。
ほんのわずかに思い出せることはある。それも夢だったのだろうか。いや、これも夢なのか?
そもそも私という存在はあったのだろうか?
……考えるのが億劫だ。もう何も考えずに眠ってしまえばいい。そして次に目を覚ます必要はないだろう。
だって、何もないのだから。
今なら分かる。寒い、苦しい、辛い、寂しい。全てが無くなればそんなことも思わない。
なにか大事な事を忘れているような気がするが、それすらも忘れてしまえばいい。さあ、寝よう。もう疲れた。
『もしもし? どなたかいらっしゃいますか?』
眠っていたのか起きていたのか分からないが、頭の中に声が聞こえた。初めて聞く声だ。でも、少しだけ懐かしい声のようにも聞こえる。
『えっと、フェル、さんはいらっしゃいますか?』
フェル……? 誰の事だ?
『やっぱり昔のチャンネルだからいるわけないか。ヴァイア様のメモ帳なんて五百年前の物だし』
ヴァイア……? その名前は――
『仕方ないわね。やっぱり誰かに頼るんじゃなくて私がしっかりしないと!』
『待て』
『ぎょわっ! え? うそ? このチャンネルってまだ使えるの!?』
『お前は誰だ?』
『え、えっと、フェルさん、ですか? わ、私は魔術師ギルドのグランドマスターをやっているレヴィアと申します』
レヴィア……初めて聞く名だ、と思う。記憶が曖昧で思い出せない。それよりもどうやって私に?
『これは念話だな? なんで私のチャンネルを知っている?』
『えーとですね、ヴァイア様の遺品がいくつか見つかりまして、その中の一つにメモ帳があったのですが、困ったことがあったら書いてあるチャンネルに念話を送れとあったんです』
ヴァイアの遺品……メモ帳……念話を送れ……?
『そこにはフェルと言う魔族の方がいらっしゃって、相談に乗ってくれるはずだ、と』
ヴァイア……ヴァイアは、そうだ。私の親友だ。私を置いて亡くなってしまった私の親友。
そして私は――
『えっと、フェルさん、でいいんですよね?』
『……ああ、そうだ。そうだった。私はフェルだ』
『は? え、えっと、それでどうでしょうか? 不躾で申し訳ないのですが、相談に乗って欲しいことがあるのです』
『その前に聞かせてくれ。ヴァイアとお前の関係は?』
『初代魔女ヴァイア様は私のご先祖様ですね。今は私が魔女の称号を受け継いでいます』
ヴァイアの子孫という事か……そういえば、ヴァイアに頼まれていたな。子供達の事を気に掛けてくれと。子孫なら子供のようなものだろう。
『わかった。相談に乗ってやる。どこへ行けばいい?』
『あ、ありがとうございます! 魔導都市エルリガまで来ていただくことは可能ですか? その近くの高台にヴァイア様が住んでいた家があるのですが、私達は代々そこに住んでいるのです』
『ああ、すぐに行く――あ、いや、ちょっとだけ待ってくれ。色々用意してから向かうから』
『え? ええ、もちろんです。どこにいらっしゃるかは分かりませんが、それなりに遠くにいらっしゃるでしょうし、相談と言っても急ぎではありませんので、ゆっくりいらしてください』
念話が切れた。
ベッドからのっそりと立ち上がる。どれくらいの月日が流れたのだろう。
髪や爪が酷いことになっている。それにシャワーも浴びないと。人前に出れるような姿じゃないからな。
『フェル様! 目を覚まされたのですか!?』
『えっと、たしか、アビス、だったよな? 少し寝すぎたようで記憶が曖昧だ。だが、それはいい。ちょっと行くところができた。浴室とか使えるよな?』
『それは大丈夫ですが、なぜ、どうやってあの状態から!?』
何を驚いているのか分からないが、それは後だ。まずはレヴィアの相談とやらを受けてやらないとな。
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