感謝と敬意
ジョゼは別れの挨拶に来たと言った。
私の従魔を辞めたいということなのだろう。
確かに最近の私は以前とは違う。主人として認めることができず、愛想が尽きたのかもしれない。だが、それなら問題はない。私との主従契約はなくなるが、どこか別の場所で元気に過ごしてくれるだけで十分だ。
それにジョゼ達と契約を結んでから随分と時が経った……そろそろ解放してやるべきだな。
「分かった。お前達との契約を解除しよう。好きな場所へ行き、自由に生きるといい」
ジョゼが首を横に振った。
「フェル様、そういう話ではないのです」
なら、どういう話なのだろう? それにどうしてそんなに悲しそうな顔をするんだ?
「私達はそろそろ寿命が尽きるのかもしれません」
寿命? 魔法生物であるスライムが?
「待て、何を言ってる? お前達はスライムだ。粘液の中心にある核さえ無事ならずっと生きていられるだろう? 粘液も魔力で細胞分裂を繰り返して常に新しい粘液になっている。人族や魔族のように老いるはずがない」
「はい、私達もそう思っていました。ですが、最近になって私達は眠るという行為をするようになってしまったのです」
眠る……? スライムが? そんな馬鹿な。
「意識をなくすと言ったほうがいいかもしれません。定期的に意識が途切れるようになったのですが、その間隔が徐々に伸びてきているのです。このまま行けば、あと数ヶ月で目覚めることはなくなるかと」
「……それが寿命ということなのか?」
お前達もそうなのか? お前達も私を置いていくのか?
これまでの従魔達、フェンリルに至ったナガルや、女王蜘蛛のルノス、ケルベロスのロス、他にもドッペルゲンガーやダンゴムシ、それにカブトムシだって私を置いて行った。
進化した魔物は、人族に比べたら長く生きる。だが、不老不死じゃない。皆、アビスの中で眠る様に死んでいった。残っている私の従魔はお前達だけだ。お前達は……お前達だけは私と一緒にいてくれると思っていたのに。
「これが死になるかどうかは、正直なところ分からないのです。アビス様に相談したところ、おそらく意識の部分が本能に押されているのではないかとのことでした」
「本能に押される?」
「はい、スライムがここまで生きた事例がないので、アビス様も憶測での回答でしたが、恐らくそうではないかとおっしゃってました。つまり、意識だけなくなり本能だけで生きるようになるそうです。話をすることもできず、ただ、近くの物を溶かしながら魔力を吸収するだけのスライムになる可能性が高い、と」
意思の疎通ができないスライムに成り下がるといっているのか?
話しかけても何も返さず、命令も理解できない。私と一緒にいた時の記憶を無くして、ただ、あるがままに生きる下位の魔物になると、そう言ってるのか?
「そんなこと……! そんなことを許せるわけがないだろうが! お前達がただのスライムになるだと! 何も考えず、ただ、本能のままに動くスライムになるなんて認められるか!」
そんなことは死ぬのと変わらない。いや、私と同じように死ぬことを冒涜しているような気さえする。絶対に認められない。
「フェル様……」
「アビス! お前の憶測は本当なのか!? 大体、前例がないのになぜそんなことが分かる!」
『……フェル様、落ち着いてください。私の憶測は状況から演算した結果です。その可能性が高いだけで実際にそうなるかは分かりません。ですが、ほぼ間違いないでしょう。数ヶ月もすればジョゼフィーヌ達は意識を保つことができず、ただのスライムのようになります』
「ふざけるな!」
怒りに任せて床を殴った。大きな音がして、床がこぶしの形でへこむ。
拳から血が出たが、痛みは感じない。不老不死の体のせいか、軽度な傷はあっという間に治ってしまった。痛みでも感じればもっと冷静になれただろうに。
何度か大きく深呼吸をしてから周囲を見渡した。
ジョゼ達が申し訳なさそうな顔をしている。お前達のせいじゃない。私のこれはただの八つ当たりだ。
私は主人としてどうなんだろうな。もしかしたら、今ので愛想を尽かされたかもしれない。
そして、体に力が入らない。立っているのも億劫になってきた。態度は悪いが、何も言わずに近くのベッドに腰かける。
なぜ? どうして? 皆、私を置いて行ってしまう。私はなぜこんな目に遭うのだろう。
私は魔王様の娘に似ていた、それだけの理由で魔王にされた可能性が高い。
どうすればよかったんだ? 誰かに似ているかなんて、私にどうこうできる話じゃないはずだ。いや、顔に怪我でもすれば良かったのか? それとも生まれてこなければ良かった? 父や母が悪いのか? それともセラに殺されるべきだったのか?
何が悪かったかなんていくら考えても分からない……いや、違うか。何も悪くないんだ。何も悪くはないけど、私はこんな目に遭う運命なのだろう。
……なんて理不尽な人生なんだ。
自分ではどうしようもないことで運命が狂ってる。切り開くことも回避することもできない。どうすればいいのか分からない。
楽しいことはあった。でも、その記憶が今の辛さをより引き立てる。皆がいたあの頃思い出すたびに胸が痛い。楽しい記憶のはずなのに、もうあの頃には戻れないと思うと、頭がおかしくなりそうだ。
「フェル様……」
ジョゼ達が私を見ている。
……そうだな。ジョゼ達だって自分ではどうしようもないことなんだ。理不尽だと思っているのは私だけじゃないはず。私が怒りのまま行動するのは間違ってる。
「話は分かった。おそらくジョゼ達でもどうしようもない事なのだろう。言いづらい時期に良く報告してくれた。何も言わずにそうなるよりは遥かにマシだ。最後に何の言葉も交わさずにジョゼ達がそんな風になっていたら後悔しただろうからな」
ジョゼ達とは誰よりも付き合いが長い。醜態をさらしてしまったが、せめて最後は良い主人である様に見せないと、ジョゼ達も安心できないだろう。
「遺跡の探索についてはもう終了でいい。残りの時間は自由に使え。もし、何か要望があれば聞こう。最後ぐらいは主人らしいことをしてやりたいからな」
「フェル様。主人らしいことをしてやりたいなんて言わないでください。フェル様は私達にとって最初から最後まで素晴らしい主人でした。フェル様の従魔になれたことを誇りに思っています」
全員が頭を下げた。演技ではないと思う。心からそう思ってくれているのだろう。
「そうか、ありがとう。でも、それは私も同じだ。お前達を魔界で見つけたことは、私にとって幸運な事だったと言える。お前達を私の最初の従魔にして良かった……長い間ご苦労だったな」
ジョゼ達は喜んでいるのだろう。なんか体がプルプルしてるし。
「一つ、お願いがあります。聞いていただけますでしょうか?」
「お願い? 無茶なことでなければ構わないぞ。もしかして魔界へ帰りたいとかか?」
「いえ、違います。私達は全員、このアビスの中に居たいと考えております。例え意識がなくなったとしても、フェル様をお守りしたいのです。フェル様はこのアビスを拠点にされていますので、アビスの中で冒険者の侵入を防ぐと言う事は、フェル様をお守りすることになるかと思いまして」
私を守りたい、か。昔からそんなことを言っていたな。ジョゼ達は私がイブに襲われた時の事をいまだに悔やんでいるのだろう。それがジョゼ達の心残りなのかもしれない。
ただ、この「何もない部屋」はどこの階層からも繋がっていない部屋だから、私を守ることにはならないのだが……いや、いつかこの部屋に他の階層からの階段でも付けてもらおう。そして私をジョゼ達に守って貰う事にすればいい。
「分かった。願いを聞き入れよう。その体が滅びるその日まで、アビスの中で私を守れ」
「ありがとうございます。命に代えても、その命令は守って見せます」
「そこまでしなくていい。危ないと思ったら逃げろ。まあ、お前達に勝てるような奴はセラやイブくらいだからな。アイツらが来たら素通りでいいぞ。その体が滅ぶのを早めることは許さない。未来永劫、私に仕えられるように体は大事にしろ」
「はい、フェル様に未来永劫仕えることをお約束します。意識を失くし本能だけになったとしてもそれだけは必ず」
全員が頭を下げて敬意を払ってくれている。
こうしてくれるのも意識がある間だけだろう。目に焼き付けておかないとな。私へ忠誠を誓ってくれているこの姿を。
「アビス、さっきは怒鳴って悪かった。謝る。すまないが、ジョゼ達に最高の部屋を用意してやってくれ」
『気にしておりません。部屋の件はお任せください。ジョゼ達には最高の部屋、いえ、最高の階層を用意しますので』
「ああ、よろしく頼む」
これでいいだろう。後はジョゼ達の意識がなくなる日まで話でもしよう。こんなことになるのが分かっていたならもっと話をしたんだけどな……そういえば、昔から聞きたいことがあった。今のうちに聞いておくか。
「ちょっと聞きたいんだが、なんでお前達って幼女の姿なんだ? 魔力を付与したときからその格好だよな?」
「この姿は命の恩人をモチーフにしております。私達に視力という物はありませんが、周囲の魔力をイメージで感じる事ができるのです。私達が初めてフェル様にお会いした時に感じた魔力のイメージをそのまま自分の姿にしてみました。感謝と敬意を込めて」
私が五歳の頃の話か。そうか、あの頃からジョゼ達は私に感謝をしてくれていたんだな。それに敬意も……もうちょっと態度で表してほしかったけど。
「ちなみに今のフェル様のイメージはこんな感じです」
「化け物だろうが」
あと数ヶ月で、こんなやり取りもできなくなると思うと胸が痛い。でも、希望はあるはずだ。
本能だけになる理由は分からない。でも、いつか意識を取り戻す可能性だってあるかもしれない。それを期待して待ち続けよう。私には時間だけはあるのだから。
あれから数ヶ月。アビスの予想通り、ジョゼ達はただのスライムになった。話しかけても反応はない。すでに本能だけ動いているのだろう。だからと言ってなりふり構わず暴れることはしないようだ。穏やかにもぞもぞと動いているだけの日々らしい。
ただ、一度だけ高ランク冒険者パーティがその階層に足を踏み入れたことがあった。その時は烈火のごとく冒険者に襲い掛かったそうだ。
その頃から、ジョゼ達のいるアビスの第四十二階層、その階層は「大罪の間」と呼ばれるようになった。命からがら逃げかえった冒険者パーティが迷宮都市でそう言いだしたらしい。
冒険者パーティの中に分析魔法か鑑定スキルを持っている者がいて、ジョゼ達を見た結果なのだろう。
それぞれが大罪の称号を持つスライム達。罪なき者にしか先に進むことは許されない、そんな噂が流れるようになった。
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