暴走後の状況

 

 目が覚めているような覚めていないような、もしくは二度寝を楽しみたいような中途半端な状態だ。


 体を動かすのが億劫な感じ、そしていつまでもシーツに包まっていたいような温かさ。起きているよりも、寝ているよりも、その中間が最も至福だ。


 ……シーツ? それに床じゃない?


 段々と意識がはっきりしてくる。私は暴走状態でアビスへ逃げ込んだ。この部屋に閉じ込められていたはずだ。その後、目が覚めても、そのまま床で寝たし、シーツなんてないはずだが……?


 目を開けると、「何もない部屋」だった。ベッドの上に寝ていて、一枚のシーツが掛かっていたようだ。おそらくアビスが対応してくれたのだろう。


 ベッドの上で上半身を起こす。体の節々が痛い。最初に目が覚めた時はほとんど動かせなかったから、それから考えると随分回復したのだろう。見た限り、服も汚れてはいない。状態保存の魔法を永続化していて本当によかった。


 眠気を覚ますために造水の魔法を使い、顔を洗う。そしてヴァイアの作ってくれたコップで水を作る。それを飲んだ。冷たい水が体の隅々まで起きろと言っているようだ。


 飲んでから気付いた。かなり喉が渇いている。気が済むまで飲もう。


 何杯か水を飲んだ後、大きく深呼吸をした。かなり落ち着いたと思う。どれくらい寝ていたのだろう。暴走自体は一週間程度だったはずだが、その後どうなったかはよく分からない。体の痛みから考えると、何日か寝ていたと思うのだが。


「アビス、聞こえるか?」


『もちろんです、フェル様。おはようございます』


「ああ、おはよう。状況を教えてくれないか? 私はどれくらい寝てた? 暴走してから何日経っている?」


『はい、フェル様は一週間暴走していました。その後に目を覚まされて、またお眠りに。それが二十二日前です』


 三週間近く寝ていたのか。体が痛いはずだ。それに、そう聞いたらお腹が減ってきた。腹が減っても死ぬことはないが、かなりつらい。リンゴは――しまった。またやってしまった。亜空間で腐ってる。これを食べると怒られるのでやめておこう。あとでどこかに埋めておかないとな。


「アビス、すまないが、何か食べ物を持ってないか? お腹がすいてかなりつらい」


『それでしたら、妖精王国へ頼んでおきましょう。フェル様が目を覚まされたことも伝えておかないといけませんので』


 目を覚ました、か。自身で体を動かせるから大丈夫だとは思うが、聞いてみるか。


「念のため確認したいのだが、私はもう暴走してないよな? 一週間だけで終わったんだよな?」


『それは間違いありません。ですが、しばらくここで検査してみましょう。それまでは面会謝絶と言う事にしておきます。まあ、二、三日、と言ったところです。ご不便をおかけしますが』


「いや、必要なことだ。せっかく被害を最小にしたのに、気を抜いたらとたんに被害が増えたじゃ報われない。それにこれまでの状況も確認しておきたいからな」


『分りました。それでは準備します。椅子や机も用意しておきましたので、寛いでいてください』


「ああ、ありがとう」


 とりあえずベッドから抜け出して立ち上がる。ちょっとふらつくな。一ヶ月近く自分の意思で動かしてなかったから結構違和感がある。料理が来るまでちょっと運動しておくか。


 ストレッチをしながら、これまでの事を考えた。


 あの後、どうなったのだろう。私のせいでダズマとノマを逃がしたと言っても過言ではない。もしかしたら、その探索を行っている可能性はあるな。


 それにしてもラーファの行動には驚いた。私を暴走させるために自害してしまうとは。ダズマのため、なのだろう。自分の息子のために命を使ったんだ。気に入らない奴ではあるが、その心意気だけは賞賛できるな。それだけ、だけど。


 そういえば、あの夢は何だったのだろう? 随分と現実的だった。それに夢のように記憶から薄れない。あれは私の本当の気持ちなのか? 私は自分を不幸だと思っている?


 完全には否定できないな。この十数年でああいう事を思わなかったかと問われれば、答えはいいえ、だ。皆と比較して自分は何をしているのだろうと、すべてが虚しくなる時がある。


 あのままアイツの手を取っていたらどうなっていたのだろうか。力のまま、思いのままに、すべてを破壊するような魔王になっていたのだろうか。分からないが、自分が怖い。ありえないとは思っても、私にはその選択ができる状態だ。今はそんなことはしないと胸を張って言える。


 でも、未来では?


 アイツは言った。私は永遠に孤独だと。皆はいつか、いなくなる。もしかしたらソドゴラという町も無くなるかもしれない。そうなった時、私は自分の弱さに負けて一番ダメな選択をしてしまうんじゃないだろうか。


『フェル様』


「おわ!」


『すみません。驚かせてしまいましたか』


 心臓が飛び出るかと思った。


「ちょっと考え事をしてたから、驚いてしまった。もう、大丈夫だ。で、なんだ?」


『はい、まず料理ですが、すぐにこちらへ持ってきてくれるようです。それと皆さんがフェル様に会いたいとおっしゃいましたが、それは断っておきました』


「そうか。料理は楽しみだ。それに面会の件も助かる。まだ本調子じゃないからな。それだけか?」


『はい。ですが、別件で一ついいでしょうか?』


「構わないけど、なんだ?」


『謝罪です。今回は申し訳ありませんでした』


 なんでアビスは謝っているのだろう。私に何かしたのか? それよりも私の暴走を押さえ込んでくれたのだから私の方は感謝しかないのだが。


「謝られる理由が分からないのだが?」


『フェル様をトランへ呼んだことの謝罪です。フェル様は暴走しないように戦争には参加しなかった。それをアンリ様のために無理やりな理由をつけて呼び出したのです。トラン国はゴーレム兵だけでしたが、ラーファは人族。その注意を怠ったのは私の怠慢です』


 ああ、そういう事か。


「謝る必要はない。私は私の意思でトランに行ったんだし、あんな方法で私を暴走させることができるなんて知らなかった。アビスも知らなかっただろう?」


『……いえ、知っておりました』


「私が知らないのに、アビスは知っているのか?」


『はい。魔王のシステムを閲覧できる権限があれば、すぐにわかります。これも謝ります。申し訳ありません。伝えておくべきでした』


 そうだったのか。


 魔王様がご存じなかったのは閲覧権限が無かったからなのか? なら殺意うんぬんの話って何なんだ?


「一つ確認させてくれ。殺意を持って人族を殺すと暴走するという仕組みはあるんだよな?」


『殺意? 殺す? いえ、そんな仕組みはありません。フェル様はどんな理由でも触れている人族が生命活動を停止すれば必ず暴走します』


「そう、なのか? 魔王様から殺意を持って殺さない限りは大丈夫だと聞いていたのだが」


『おそらく魔王様はイブに嘘を教わっていたのでしょう。魔王のシステムにそんなものはありません。そもそも殺意なんてものは調べることができませんので。それにフェル様が殺したかどうかも関係ありません。相手が寿命だったとしても、触れていれば暴走します』


 そう言われるとそうだな。暴走の条件がそんな曖昧なもので決まる訳がない。でもイブは何でそんなことをした? 私を暴走させやすくするため、か?


 いや、もうどうでもいいことだ。


「アビス、謝罪は要らないし、暴走の条件は私も知っていたと思っていたんだろう? なら仕方ない。それにアビスは私を部屋に閉じ込めて押さえてくれた。どちらかと言えば、私が感謝するほうだ。アビス、よく私を押さえてくれた。ありがとう」


『いえ、それでしたら、私だけの力ではありませんので、フェル様に感謝される理由はありません』


「アビスだけの力じゃない?」


『はい、フェル様の暴走は相当な物でした。溜め込んだ魔力を全部使ってもダンジョンの修復が間に合わない程だったのです。ですが、フェル様の知り合いに事情を説明したところ、皆さんがダンジョンの中に入って魔力を供給してくれました。そのおかげでギリギリ耐えられたのです』


「そうだったのか……なら助けてくれた全員に感謝をしないとな。もちろんアビスにもだぞ? 感謝される理由はないとか言うな」


『……はい、ありがとうございます』


 なんというか、今日のアビスはしおらしい感じだ。こう、しゅんとしている。怒られたワンコみたいだ。


「それじゃ、この件は終わりだ。次はトラン国の事を教えてくれ」


『はい、では説明します。まず、アンリ様がトラン王となりました。地下にいたトランの国民もすべて解放されています。今はまだ混乱していますが、徐々に落ち着くでしょう』


「アンリが王になったという事はダズマとノマを見つけたんだな? 逃げられたと思ったから心配してたんだ」


『逃げたと言うのが正しい表現なのかは分かりませんが、二人は王城からそう遠くない場所で発見されました』


 発見された? その表現はもしかして……。


「まさか、ダズマとノマは死んでいたのか?」


『ノマに関してはその通りです。ただ、ダズマに関しては、おそらくフェル様の考えている状況ではありません』


「なら、どんな状況なんだ?」


『ダズマの墓がありました。亡くなったのは十七年前です』

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