心の声

 

 ここはどこだろう? 何もない黒い場所だ。現実なのだろうか。


『なんでお前がそんな目に合うんだ?』


 知っているような、知らないような声が聞こえた。そんな目ってなんだ?


『魔王様の娘に似ている、ただそれだけで望んでもいない魔王にされたそうだな?』


 なんでコイツはそれを知っているのだろう?


 イブの本当の狙いはまだ分からない。だが、その可能性は高いはずだ。それから考えられる事は唯一つ。私である必要はまったくなかったということだ。容姿が似ている奴なら誰でも良かったのだろう。


『お前が魔王になる過程で両親は殺された。両親はなぜお前を守らなかったんだ?』


 何を言ってる? 両親は私を守るために戦ってくれた。後で聞いた状況から考えてもそれは間違いない。


『本当に?』


 なに?


『お前がそう思いたいだけじゃないのか? 本当はイブに差し出されたんじゃないのか? その後、イブの気まぐれで殺された。それを都合よく置き換えているんじゃないのか?』


 違う! イブも言っていた! 抵抗したから殺したと! 両親は私を守って死んだんだ!


『お前を守って死んだと言っていない。抵抗したから殺したと言ったんだ。何の抵抗だ? 本当はお前から魔王の因子を奪おうとしたんじゃないのか?』


 なんだと?


『お前は違うが、魔族なら誰もが魔王になりたいものだ。すべての魔族を従える王。その因子が目の前でお前に埋め込まれようとしていた。それを自分の物にしようとしたのではないか? だからイブに殺された』


 違う! そんな訳はない! 父や母は不器用な魔族だったが、私を愛していた! イブに襲われたのを守ってくれたんだ!


『だが、お前は覚えていないはずだ。イブの顔は見た。だが、次の瞬間には致命傷を食らって気絶しただろう? その後の事などお前に分かるはずがない』


 確かに見てはいない! だが、確信している! 両親は私を……!


『真相はイブにしか分からない。だからお前自身はどうとでも言える。都合の悪いことも、自分に都合のいいように改変できる。そもそも、だ。お前は本当に両親に愛されていたのか? 戦いよりも本が好きな魔族を親が愛すると? お前の勘違いじゃないのか?』


 そんな……事は……ない。


『歯切れが悪いぞ? それに人族もそうだ。ヴァイア達は本当にお前を親友だと?』


 あ、当たり前だ! アイツらは私の大事な親友だ!


『お前がそう思っているだけだろう? お前は魔族。簡単に人族を殺せるほどの力を持っている。敵対していいことなど何もない。だが、お前と良い関係を結べば利益がある』


 利益だと?


『そうだ、利益だ。お前は強い。それは人族にとって利用価値がある。だから仲のいい振りをしているんだ。お前は、使える、からな』


 アイツらがそんなことを思うわけないだろうが!


『お前は相手の頭の中でも見たのか? よく思い出せ、お前を見る目は怯えてなかったか? お前を利用しようとする欲望にまみれた目ではなかったか? お前は自分が慕われていると、ありもしない妄想をしているんじゃないのか?』


 違う! アイツらは私を……!


『哀れだな。お前は自分の都合の良い様に思い込んでいるだけだ。現実と妄想、その違いも分かっていない』


 ち……ちが……!


『だが、私は同情してやろう。お前にはそうなってしまうだけの理由があることは知っている』


 な、なに?


『お前を救ってやろう。お前を救えるのは魔王様じゃない。私だ』


 私を……救う……? 救えるのは魔王様じゃない……?


『こんな状況になっている原因は何だ? 事情を知っていれば誰にでもわかる。魔王様だ。全ての元凶であり、お前の人生を台無しにした張本人だ』


 私の、人生を、台無し……?


『気付いていないのか? イブに狙われ、望みもしない魔王にされ、いつかは友人達に置いて行かれる不老不死となった。お前は永遠に孤独だ。その原因を作ったのは誰だ?』


 ……魔王、様?


『そうだ。魔王様のせいでお前の人生は不幸なものになったと言っていい。ヴァイアを見ろ。愛する伴侶を得て、子供も生まれた。これから先も順風満帆だろう。だが、お前はどうだ? 同い年なのに、明らかに人生の幸福度が違う。友人達が幸せを得ている裏で、お前は生きているかどうかも分からない魔王様を探して放浪している。もう十数年そうしていただろう? それがあと何年続く? さらに十年か? 違うな、あと数百年だ。お前はずっと魔王様を探して彷徨い続ける。友人達の幸せを目にしながらな』


 私……は……。


『理不尽だろう? お前は何もしていないのに。何もしなかったという話ではないぞ? お前は頑張った。だが、その頑張った結果がこれだ。単に魔王様の娘に似て生まれた。お前の意思ではどうにもできない理由ですべてが台無しだ。お前にだって愛する人を見つけ、子を産み、幸せな家庭を作れる未来があったはずだ』


 幸せな、未来……?


『自分の人生を客観的に見てみろ。辛いだろう? 苦しいだろう? すべてが憎いだろう? なんでお前がそんな目に合わなくてはいけない? 理不尽な事は誰にだってある。だが、これほど理不尽を受け、不幸を背負っているのは間違いなくお前だけだ』


 私は、不幸……?


『だが、その中でも一つだけ幸福な事がある。それは魔王の力だ。お前自身は望まなかったが、魔王の力を得た。この力を使って憂さを晴らせばいい。お前だけが不幸である必要はない。周囲にも不幸を振りまきたくないか? 自分と同じ不幸を誰かに与えたいだろう? お前にはそれができるだけの力があるんだぞ?』


 自分と同じ、不幸……?


『私が手を貸してやる。なぜなら私は――』


 何もない黒い空間から私の姿が浮き彫りになってくる。


『――お前だからな』


 目の前に私がいる。いつもの執事服を着て、私の方へ手を差し伸べている。その顔は笑顔だ。


『さあ、手を取れ。私と一緒に人族へ不幸を振りまこう。皆が不幸なら、お前は不幸じゃない。そうだろう? 怒りのまま、本能のまま、大きな力を振るうのは気持ちがいいぞ? 何かを破壊するというのはすべてを忘れさせてくれる。お前にはそれをやるだけの、力も、権利も、理由もある』


 私には理由がある……? 誰かを不幸にする理由が……?


『まずはソドゴラを潰そう。お前は嫉妬していただろう? 誰もがお前のおかげで幸せになった。だが、お前はどうだ? 誰がお前を幸せにしてくれる? お前がいくら他人のために頑張っても、お前だけは幸せになれない。そんな奴らがいる町なんかいらないだろう?』


 潰す……? ソドゴラの町を……?


『そうだ、好きに暴れて生きればいい! お前を止められる奴なんていない! それはお前が魔王だからだ!』


 魔王……そうか。私は魔王だったな。何をしてもいいんだ。


『そのとおりだ! さあ、私の手を――ごはっ!』


 目の前の私にボディブローを炸裂させた。背景が黒一色なのでよく分からないが、かなりふっ飛ばした気がする。


「そうだな、私は魔王だ。お前の指図など受けん」


『お前……! なぜ!』


「ソドゴラを潰す? そんな事するわけないだろう? あそこには私の大事な人達がいる。例えお前の言葉が私の奥底にある本音の言葉だったとしても、あの村を潰すのは許されない」


『馬鹿め! お前が大事に思っていても、相手はお前を大事になど思ってはいないぞ!』


「かもしれん。ヴィロー商会のラスナなんかは私を利用することしか考えていないだろう」


『なら、そんな奴がいる町なんて潰しても――』


「利用されていたとして、何だというんだ?」


『な……に?』


「イラッとするときはある。自分が他と比べて不幸だと思ったこともある。だが、あの町はそれ以上の幸福を与えてくれた」


 地面に倒れ込んだ私の方へゆっくりと歩み寄った。


「お前の着ている執事服はディアが作ってくれたもので私のお気に入りだ。ベルトと靴は同じ素材でガープに作って貰って、執事服との調和が最高になっている。状態保存の魔法は使っているが、服や靴をブラッシングするのは私のお気に入りの時間だ。それに妖精王国の料理は最高だろう? あれが食べられなくなると思うだけで絶望する。そうそう、リエルの子供達に私の絵も描いてもらった。それは亜空間に大事に入れてある。あとは割愛するが、あの町を潰さない理由などいくらでも出せるぞ?」


『お前はそうかもしれんが、相手はどうだ? お前に色々してくれるのは、お前に怯えての事だぞ? お前の気持ちは常に一方通行だ』


「違うな。アイツらの目を見て話しているから知っている。私に対して怯えてなどいない。一瞬でもそうかもしれないと思ってしまった自分が情けないくらいだ。お前の言っていることは全部的外れ。それにお前が私だと? ありえないな。私の方がもっと美人だ」


『強がりもそこまで行けば表彰ものだな。すべてが虚栄だ。お前は今、心が不安で埋め尽くされている。私の言葉に思い当たることはあるだろう? それを必死に隠そうと強がりを言っているだけに過ぎない。私には弱みを見せてもいいのだぞ? 私はお前なのだから』


「私が弱みを見せるのは魔王様だけだ。お前じゃない。さて、そろそろおしゃべりは終わりだ。悪いが消えてもらうぞ」


『私はお前だ。お前がいる限り、私は――があっ!』


 近寄って有無を言わさずに殴った。


「なかなかの精神攻撃だったが、私にはもう効かない。だが、お前は物理攻撃に弱そうだな。消えてなくなるまでお前を殴ろう――私の心の弱さを消すようにな」




 そんな夢を見た。あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。


 目を覚ますと壁や床がボロボロになった状態の部屋に大の字で寝っ転がっていた。


 目を覚ましたが、体が痛くて動かせない。それにまだ眠い。すぐに意識がなくなりそうだ。だが、そうなる前にアビスに話をしておこう。この状態を見た限り、アビスが頑張って私をここに留めておいてくれたようだからな。


「アビス、聞こえるか?」


 喉がガラガラだ。寝ている間に何があったのだろう? というか、飲まず食わずか?


『フェル様! お目覚めになりましたか!』


「ああ、ありがとうな。ずっとここに閉じ込めてくれたんだろう? まさかとは思うが、誰かが犠牲になったという事はないよな?」


『はい、ございません』


「そうか。では、すまないが、またこのまま寝る。体中が痛くて動かせないし、まだ眠いんだ」


『そうですか。ベッドを用意しますか?』


「いや、まだ動けないんだ。このままでいい。では、またよろしく頼むな。おやすみ」


『はい、おやすみなさいませ。いい夢を』


 いい夢。そうだな。さっきまで見てたのは悪い夢だ。今度はいい夢がいい。魔王様とか出て来てくれないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る