ダズマ

 

 アンリのトラン王宣言にラーファが怒りをあらわにしている。


 それとは対照に玉座に座るダズマは冷静だ。いや、冷静と言うよりも興味がなさそうな顔をしている。玉座のひじ掛けに右ひじを置き、手を握った形で頬杖をしていた。


 そして博士はなぜかアンリではなく私を見ている。それに少し口角を上げている感じだ。


 アンリが一歩前に出た。


「どうしたの? トラン王の御前なのだから、早く頭を下げて」


 ラーファから奥歯がこすれるような音がした。怒りで奥歯をかみしめたのだろう。王族の女性として、いや女性としてそれはどうなんだ?


「あの女! いつまでも邪魔をしおって! 死んでからはその娘が邪魔をするか!」


 ラーファは手に持っていた扇子を床に叩きつけた。


 それを見たアンリはため息をついた。


「無知な貴方に教えてあげる。邪魔をしているのは貴方のほう。そもそも私が継ぐはずだった王位を暗殺などと言う汚い真似をして手に入れたのを理解して。それと貴方の息子は王を名乗っているけど、勝手に言ってるだけ。自称の王なんて何の意味もない」


 アンリが饒舌だ。まあ、ラーファには母親と父親を殺されているんだ。言いたい事なんてもっとあるだろう。この程度で済んでいるのはアンリが冷静だからだろうな。


 いきなりダズマが「フッ」っと鼻で笑った。そして笑い出す。楽しくて仕方がないという笑いだ。それが落ち着くと、一度深呼吸をしてからアンリを見た。


「汚い真似といったのか? 戦いに汚いも綺麗もない。姉上には力が無かったからトラン国を追われた。トラン国にいないのにトラン王を名乗るとは片腹痛い」


「その通り。当時の私には力が無かった。だから力を付けて取り返しに来た」


「力を付けた、か。人族が力を付けてもたかが知れている。私は人族を超越した存在だ。王位を取り返せるかな?」


「愚問。弟だから話をしてあげただけで、本当なら既に貴方を数回は殺せていた。いつまで無防備に座っているのかは分からないけど、もう殺していい?」


 アンリの言う通りだ。ダズマは無防備すぎる。魔素化した体を過信しているのか? アンリの攻撃なら間違いなく切断できる。アンリが本気を出さなくてもそれくらいはできるだろう。その辺りの情報はゴーレム兵を使って集めていたはずなんだがな。


「ハハハ! そうだったか。姉上も無防備だったのでまだ戦わないと思っていた。こっちも数回は姉上を殺せていたのだが、私の方も殺してよかったのか?」


 そう言いながらダズマは立ち上がった。そして肩にかけていたマントを玉座に脱ぎ捨てる。


「姉上、話は簡単だ。一騎打ちで姉上か私、強い方がトラン王となる。たかが二週間生まれた日が違うだけで、全てを奪われるのは納得できん。私にもチャンスはあっていいはずだ」


「すべてを奪ったのは貴方のほう。それにチャンスがあってもいい? 残念だけど、そのチャンスは三年前に無くなった。大人しくしていれば、トラン国なんてくれてやったのに、わざわざ私を怒らせた。貴方にはもうチャンスはない」


 アンリが聖剣を構える。


 それに呼応するようにダズマも亜空間から剣を取り出し構えた。禍々しい感じの剣だ。おそらく魔剣だろう。


 一騎打ちと言うことで皆は手を出さないようだが、いざとなったら手を出すつもりだ。私は魔族。人族のルールには縛られない。


 お互いが飛び出した。そして一合。甲高い音が響き、お互いの剣が弾かれた。だが、二人とも気にせずにさらに攻撃を加える。


 剣がぶつかる度にお互いが弾かれた様に姿勢を崩す。どちらも同じくらいの威力なのだろう。拮抗していると言っていい。何度か打ち合った後、鍔迫り合いになった。


「フフフ、姉上。人族にしては中々強い。私とここまで戦える人族に会ったのは初めてだ」


「貴方は魔素の体を持っている割に弱い。その程度なら人族にもたくさんいる」


 アンリはそう言うと、右足でダズマを蹴った。


 少しだけ距離が開いたところで、アンリがさらに攻撃を放つ。


「【紫電一閃】」


 アンリの横薙ぎによる紫電一閃。私には効かないが、ダズマには効くだろう。終わったか?


 予想通り、アンリの剣がダズマの胴体を切り裂いた。血が出ないからそれ程でもないが、上半身と下半身が切れているので、それなりにグロい。


「他愛ない」


 そう言ってアンリはこちらの方へ歩き出した。油断し過ぎだ。


「アンリ! まだ終わってないぞ!」


 アンリが驚きながらも剣を構えてダズマの方へ振り返った。ダズマの上段切りを聖剣で受ける。


「魔族に感謝するんだな」


「……どうして? 貴方を真っ二つにしたはず」


 ダズマの方を見ていて良かった。いきなり動き出したからな。でも、あれは何だ? ダズマの魔力が膨れ上がってあっという間に上半身と下半身がくっ付いた。


 あれは治癒魔法の一種だろうか。リエルも切断された手足をくっつける事ができるとは言っていたが、相当時間が掛かるとも言っていた。あんな一瞬でできる治癒魔法なんてないはずだ。


「手品と言うのはタネを明かさないから面白いのだ。タネを知っていたら面白くないだろう?」


 ダズマはお返しとばかりにアンリを蹴り飛ばした。


 そして二人の距離が離れる。アンリにダメージを入れるほどの蹴りではなかったようだな。


 ダズマがアンリの方へ詰め寄った。アンリは迷っているのか、防御だけだ。おそらく攻撃が効かないかもしれないと消極的になっているのだろう。


 それとも演技か? アンリならそれくらいの演技ができるはず。アンリはいつだって前向きだ。ワザと隙を見せているのかもしれない。


「姉上、どうした? 先程から防御ばかりだ。これでは私が勝つぞ?」


 アンリが悔しそうな顔をしている。演技っぽい。フェイクのようだな。


 そして受けた攻撃でわざとらしいくらいにのけ反った。


「終わりだ。【紫電一閃】」


 ダズマが放った縦切りをアンリは躱した。


「【一色解放】【赤】【炎波】」


 流れるように術式を完成させて、ダズマを斬りつけながら炎の波で燃やす。切るだけでなく燃やしてきたか。なるほど、これなら手品のタネが分かるかもしれない。


 ダズマは全身が燃えながら後退する。だが、しばらくすると炎が消えてしまった。炎を吸収した? いや、魔力を吸収したのか?


 そしてダズマの魔力がまた跳ね上がる。すると、ヤケドが跡形もなく治った。


「なかなか面白い剣だ。そんなことができるとはな。姉上を倒したら私のコレクションとして持っておこう」


「貴方にこの剣は使いこなせない。持ってるだけ無駄。剣もそう言ってる」


 私が剣だったらそう言うだろうな。アンリ以外に使って欲しくない。


 そんなことを考えていたら、アンリとダズマがまた戦い始めた。


 しかし、ダズマは不老不死じゃあるまいし、どうしてあれほどの治癒能力があるのだろう。それに魔力を取り込んだのか? 一体どんな事をしているのだろう?


『フェル様、よろしいですか?』


 いきなりアビスから念話が来た。


『どうした? いま大事なところなんだが』


『すみません。すぐに終わらせます。そちらで何か膨大な魔力を使いませんでしたか? それも二回』


 二回? ダズマが致命的な攻撃を受けた時、体から膨大な魔力を感じて体が治ったようだが、もしかしてそれか?


『心当たりはある。でも、なんで分かった?』


『今、地下にいるのですが、トラン国の民を見つけたのです。効率的に魔力を吸収するようにカプセル内に寝かされているのですが、先程から魔力を大幅に吸い上げられて命の危険があります。状況は分かりませんが、魔力を使わないようにしてください』


「なんだと?」


 しまった。驚いて声を出してしまった。アンリとダズマ以外が私の方を見ている。


 アンリとダズマもお互いの大振りを剣で弾いた後、距離を取った。


 アンリが私に視線を向けて、何があったのかを問いかけている。言うよりも、聞くべきだな。


「ダズマに聞きたい」


「ほう? 魔族が私に何の用だ?」


「お前、その魔力はどこから来ている? お前の魔力ではないだろう?」


 ダズマは驚いた顔になった後、ニヤニヤと笑い出した。


「なるほど、カラクリに気付いたのか? なら説明してやるか――いや、説明してやれ、ノマ」


 ダズマは博士に向かってそう言った。名前はノマというのか。


 腕を背中側で組んだままこちらを見る。いや、ずっと私を見ているようだが、一体なんだ?


「はじめてお目にかかります。科学者のノマと申します。お見知りおきを」


 カガクシャ? 科学者か? 旧世界の本にそんな言葉があった気がする。


「さすがはフェル殿ですな。ダズマ様の魔力、その出所を疑うとは」


「早く答えろ」


「せっかちですな。では答えましょう。トラン国民が地下に閉じ込めてあるのはご存知ですな? 簡単に言えば、そこからダズマ様に魔力を供給しているのです」


 魔力を供給している?


「不老不死を実現するためにはどうしても膨大な魔力が必要なのですよ。残念ながら魔力高炉への接続許可がありませんのでな、別の形で再現してみました。なかなか良い出来だと思うのですが、フェル殿から見てどうでしょう? 是非とも意見を伺いたい」


 魔力高炉の代わりに、トラン国民から魔力を吸い上げているのか? なんてことを。


「ふざけるな! そんなことをしたらトラン国民の魔力が枯渇して死んでしまうだろう!」


「何を怒っているのです? 貴方が使っている魔力高炉も似たような物でしょう? あれはこのエデンにいる生物から微力な魔力を常に吸い上げて溜めているのですから、原理は変わりませんよ」


 そうなのか? いや、例えそうだとしても人を殺してしまう可能性はないはずだ。常に少しずつ溜め込んでいるだけで、一気に奪うような事はしていない。


「それにダズマ様は王なのです。王のために民が死ぬのは仕方のない事では?」


 王のために民が死ぬ? 馬鹿な。そんな考えをする奴がいる訳……まさか。


「アンリ、ダズマ、お前達はどう思ってる? 民は王のためなら死ぬべきか?」


 ダズマが不思議そうな顔をしてこちらを見つめる。


「当然であろう。民は王のためにいるのだ。王が命令したら民はそれに従うべきだ。それが例え死ねという命令でもな」


 その言葉にアンリは首を横に振った。


「違う。民のために王がいる。もちろん理不尽な命令をするときもある。でもそれは、民のため、国のためにすること。王は民のために働くべき。必要なら王は民のために命だって差し出さなくてはいけない」


「そうか。私もアンリと同じ意見だ」


 ならアンリに言うべきことは一つだ。


「アンリ、ダズマに致命傷を与えると、地下にいるトラン国民の魔力が急激に減り、ダズマに供給されるらしい。魔力の少ない奴は死んでしまうかもしれない。攻撃はしてはダメだ」


 それを聞いたアンリがダズマを睨みつけた。


「怖いな。姉上、せっかくの美人が台無しだぞ? その魔族の言う通り、私に致命傷を与えると、自動的に魔力が供給され体を治すのだ。つまり私を殺そうとすれば、代わりにトラン国民が死ぬことになる。トラン国民が全員死んで魔力が供給されなくなれば私を殺せるが、試すか?」


「……外道」


「これが強さというものだ。姉上がどれだけ強くなっても意味はなかったようだな。まあ、安心しろ。姉上が死ねば、国民は助かる。王として民のために命を差し出したらどうだ?」


 アンリが私の方へ視線を向けた。助けて欲しいと言う意味だろう。


「アンリ、そんな顔をするな。助けるに決まっているだろう。まあ、やるのは私じゃないけどな」


 アビスへ念話を送る。


『アビス、アンリがピンチだ。その魔力の供給を断つことはできるか?』


『時間をください。十分、いえ、五分で対処して見せます』


『分かった。アンリに五分だけ耐えるように言っておく』


 返事はなかった。既に作業を始めているのだろう。


「アンリ、五分だけ耐えろ。アビスが何とかしてくれる。できるよな?」


 アンリが少し驚いた顔になった後、笑みを浮かべた。


「当然。一時間だって耐えて見せる」


 それを聞いたダズマが、少し顔をしかめてからノマの方を見た。


「ノマ、大丈夫なんだろうな?」


「セキュリティは完璧です。問題はありませんな」


「ならば良い。では姉上。戦おうか。私の一方的な攻撃になるだろうが、少しは楽しませてくれ」


「ならゲームをしよう。五分以内に私を殺せるかどうかのゲーム。それ以上時間を掛けたら貴方が死ぬ。弟だからって手加減はしないから本気で来た方がいい」


 アンリとダズマは改めて剣を構えた。


 五分だ、アンリ。頑張って耐えろよ。

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