ラーファ
皆が見つめる中、アンリとダズマの戦いが再開された。
アンリは防御一辺倒だ。慌てず、冷静にダズマの攻撃を捌いている。アンリは攻撃をする必要がない。防御に専念するなら守りは堅くなるはずだ。
ダズマはそんなアンリを見ながら笑っている。
「姉上。防御するのはいいが、本当に魔力の供給が切れると思っているのか?」
「疑う理由はない。すでにカウントダウンは始まっている。後四分だけど、余裕をみせていてもいいの?」
「根拠のない自信は持たない方がいい。その方が絶望しないぞ?」
「それはそのまま貴方に返す。自信があるなら時間が経つまで攻撃しなければいい。貴方は不安に思っている。もしかしたらと言う気持ちがあるから、時間内に私を殺そうとしている」
ダズマの攻撃が急に荒くなった。
どうやら図星のようだな。そもそも魔力供給の仕組みを知らないのだろう。知らないから不安になる。アンリも知らないはずだが、アビスを信じているんだろうな。
むしろ、ノマの方はどう思っているのだろう。セキュリティは完璧だと言った。アビスにシステムへの介入はされないと思っているのだろうか。そもそもアビスが管理者並みの能力を持っているとは思っていないだけかもしれないな。
そっちはいいとして、不気味なのはラーファか。最初に怒ったきり、何もしていない。いつの間にか新しい扇子で口元を隠し、アンリとダズマの戦いを見ている。
「あと三分」
アンリがそう宣言する。
ダズマはバックステップをして距離を取った。そして深呼吸をする。
「仕方がない。ここからは本気でやらせてもらおう。時間を気にするほどではないが、これはゲームだからな。五分以内に倒せなければ私の負けになってしまう。『身体ブーストオメガ』『超高速演算起動』『虚空領域接続』『未来予知展開』『限定世界規則改変』」
普段聞くスキルじゃない。その上位か?
次の瞬間、ダズマはいままでの速度とは比べ物にならない程の速さでアンリに接近した。というか、ほぼ瞬間移動だ。そして剣で斬ると言うよりも殴りつけるような形で攻撃する。
アンリは剣で受けたようだが、衝撃で吹き飛ばされた。何とか立ったままの体勢を保てたようだが、かなり吹き飛ばされたな。
声を出しそうになったが、村長やスザンナを見てやめた。二人、いや全員が必死の形相でアンリを見ている。助けに行きたいのを我慢しているのだろう。一騎打ちだからな。手を出したくても出せないと言ったところか。
個人的には助けに行くべきだと思うんだが、ここは村長達と同じように手は出さない。でも、いつでも飛び出せるようにしておかないと。
「どうだ? 残り三分、いや二分か。たったそれだけの時間だが、私の攻撃に耐えられると?」
アンリは攻撃を受けた時に少し怪我をしたようだ。口元から血が流れている。それを舌でなめとり、口に含んでから床に「ぺっ」っと吐き出した。女性としてそれはどうだろう。私も昔やってたけど。
「それが本気ならやっぱり貴方は私に勝てない」
「フッ、それは負け惜しみか? 今の一撃が連打できないとでも?」
「連打でも同じ事。私をあの程度しか吹き飛ばせないなら、大して変わらない」
アンリは剣を構えた。そしてダズマを見据える。
「こちらも本気を出す。【天上天下】【唯我独尊】【三界皆苦】【吾当安此】」
あのユニークスキルか。魔眼で見た限りでは、爆発的に身体能力と魔力を増幅するスキルだ。
ダズマは先程と同じように高速でアンリに近づき、攻撃を放つ。
甲高いと言うよりも鈍い音が聞こえた。アンリがダズマの攻撃を受け止めた音だ。見た限り、アンリは一ミリも動いていない。
「馬鹿な! なぜ私の攻撃を受けられる!」
ダズマが驚愕する声をあげた。
「理由は分かっているはず。さあ、後一分。タイムリミットはすぐそこ。もっと本気を出すといい」
ダズマはなりふり構わず攻撃してきた。
だが、アンリはそれを最初と同じように捌いていく。単なる作業のようだ。
「貴方と違って未来予知はできないけれど、どんな風に見えているの? 私が倒れている未来は見える? それとも貴方が倒れている未来が見える?」
「くそ! くそ! くそ!」
「王族の言葉として相応しくない。恥を晒さないで」
これはアンリの勝ちだな。
だが、アビスの方は実際どうなったのだろう。流石にできませんでしたって事にはならないと思うが。
『フェル様、魔力の供給システムを遮断しました。これで魔力が供給される心配はありません』
いいタイミングでアビスから連絡が来た。
『五分よりもちょっとだけ早いな?』
『頑張りました』
まあ、アンリが絡んでいるからな。相当本気でやったのだろう。
「アンリ、アビスから連絡があった。もうダズマへ魔力は供給されない」
アンリが笑顔になる。
対照的にダズマは驚愕の顔になった。そしてノマの方を見る。
「ノマ! どういうことだ!」
「どうやら相手の方が優秀だったようですな。一日は掛かると思っていましたが、まさか本当に五分で終わらせるとは」
「馬鹿な……! いや、嘘だ! コイツらはハッタリを言っているだけだ!」
ダズマはそう言ってからアンリの方を見る。
「フフフ、ハハハ! 姉上! あの魔族は嘘を言っている! 私を殺そうとすれば国民が死ぬぞ!」
「私は信じているけど、貴方がそう言うなら試してあげる」
「試すだと? 試して国民が死ぬかもしれんのだぞ!」
「【劣化・紫電一閃】」
アンリが下から上にアッパー気味の剣技を放つ。
ダズマの持つ魔剣を切り裂き、顔の右頬に薄皮一枚くらいの傷がついた。もともと魔素の体なので血は出ない。その傷がいつまで経っても治らなかった。
「馬鹿な! 馬鹿な! なぜ治らない! なぜ魔力が供給されない!」
顔の傷に触れながら騒いでいるダズマにアンリがゆっくり歩み寄っている。ダズマはそれに気づき、後ずさった。
「これで分かった? 貴方に魔力は供給されない。ゲームは終わり。五分以内に私を殺せなかった貴方の負け。ルールに則って貴方を殺す」
「お、おのれ……!」
「止めよ」
急にラーファが口を開いた。扇子を閉じて、懐にしまいながらアンリとダズマの間に割って入ってくる。
「アンリ、そしてシャスラ。マユラの暗殺を命じたのは妾じゃ。この者は関係ない」
シャスラ……ああ、村長のことか。マユラはアンリの本当の母親の事だな。しかし、ダズマを「この者」呼ばわりするのか? 息子なのでは?
「復讐するなら妾にじゃろう?」
「貴方にも復讐するけど、貴方の息子も生かしておくつもりはない」
「怖いの。じゃが、できるかの?」
そう言った瞬間に、ラーファの背後から大量の鎖が出てきてアンリを襲った。
アンリはすぐに後方へ飛びのく。
鎖は意志を持つように動き出した。何本もの鎖が無造作に広がっていく。
「ノマ、その者を連れて逃げよ。妾は奥の手を使おう」
「……よろしいのですか?」
「構わぬ。良い夢を見た。夢はいつか覚めるものよ。だが、夢の果てに多くの者を道連れにするつもりじゃ。巻き込まれる前にお主の拠点へ逃げるが良い……いままで大義であった」
「勿体なきお言葉。では、いつかまたお会いしましょう」
「……そうじゃな。いつかまた会おう」
ラーファとノマは何を言っているのだろう? 奥の手なんてものがあるのか?
ノマがダズマに近づくが、ダズマはノマを見ていないようだ。ずっとラーファを見ている。
「は、母上! 何をおっしゃっているのですか! 奥の手ですって? ノマ、何のことだ!」
ラーファは何も答えない。
ノマはダズマの背中辺りに手を置いた。直後にダズマは意識をなくしたように倒れ込んでしまった。それをノマが肩に担ぐ。そしてチラリと私の方を見た。
だが、見ただけで何も言わない。一体なんだ?
ダズマを担いだノマが透き通る様に薄くなった。まさか転移魔法か?
こちらも転移して捕まえようとしたが、ラーファの鎖がそれを邪魔する。一瞬だけ視界が遮られたから転移できなかった。
「お主ら全員、妾が相手をしよう」
ラーファがそう言うと、大量の鎖がこの場所にいる皆に襲い掛かった。
特にアンリが多い。すべて聖剣で弾いているが、大丈夫だろうか。こっちにも鎖が伸びてきて手助けはできそうにないんだが。
鎖の中心にいるラーシャはアンリの方を見つめている。
「アンリ。神に愛されし、全てを持つ者よ。持たぬ者から見たらお前は眩しすぎる」
「何の話?」
「嫉妬の話じゃ。最初はお主の母、マユラじゃ。誰からも愛され、誰をも分け隔てなく愛した。この妾でさえもな。だが、それが妾の心を嫉妬で蝕む。女として、人として何一つ勝てない。勝てない者の気持ちなど、お主には分かるまい」
「私にだって勝てない人はいる。気持ちは分かる」
「分からぬよ。お主はそれを憧れや羨望に変えることができる。さらに追いつくこともできるだろう。妾は違う。妬み、嫉妬。どす黒い気持ちしか生まれぬ。追いつくことも叶わぬ」
ラーシャが自虐的な笑みを浮かべた。
「お主とダズマが生まれたことで決定的じゃった。お主は祝福されているというほどのスキルを持って生まれ、ダズマは体に疾患を抱えて生まれた。その時に思ったのじゃ。妾はマユラに何一つ勝てないが、我が子をお主に勝たせてやると」
「そんな理由で娘を殺したのか!」
村長が叫ぶ。ラーファは村長を見た。
「そんな理由? ならどんな理由があればいいのじゃ? 一生、マユラに劣等感を抱えたまま生きろと? アンリとダズマを比較しながら、さらには息子にもそんな気持ちを抱かせながら生きろと?」
ラーファは大きくため息をついた。
「そんな人生なら死んだほうがマシじゃ。だが、それではタダの負け犬。だから殺してやった。王も殺した。我が子の邪魔になりそうな奴は全員殺してやったわ」
ラーファは狂ったように笑い出した。
「そして! お前達も! 殺してやる! 邪魔をする奴は皆殺しじゃ!」
ラーファの感情に反応するようにさらに鎖が増量された。
徐々に押され始めた。くそ、どうする? 私が接近して一撃入れるか? でも、ラーファは一般人のような気がする。殴った瞬間に死んでしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、村長が鎖に捕まってしまった。
「おじいちゃん!」
アンリがその鎖を斬る。だが、その隙を狙ってアンリに鎖が集まった。
「アンリ!」
アンリのそばに転移して突き飛ばす。鎖の攻撃を食らったが、アンリは無事のようだ。
「捕まえたぞ!」
ラーファの声が聞こえたと思ったら、大量の鎖が私を覆った。しまった。転移する前に視界を塞がれた。そして両手、両足、そして体全体に鎖が絡みついてくる。かなりの強度だ。引きちぎるとしても時間が掛かりそうだな。
でも、なぜだ? なぜ私を捕まえる?
「ようこそ、我が鎖の結界へ」
ラーファの声が聞こえた。周囲が鎖だらけで良く見えないが、近くにいるのか?
「なぜ私を捕まえる?」
「それはお主が妾の切り札だからじゃ」
切り札? 私が?
「何を言っている?」
「なに、アンリを殺すのに一番いい手段ということじゃよ」
「なんだと?」
次の瞬間、何かが私の背後から抱きついてきた。良く見えないが、もしかしてラーファか? 何をしているんだ?
「ゴハッ」
なんだ? ラーファの声? 何をしたんだ?
「ま、魔王フェル……!」
私が魔王だと知っている?
「ノ、ノマから、き、聞いておる……ま、魔王は人族を殺すと、ぼ、暴走するのじゃろう……?」
ノマが何でそんなことを知っている? それに、それが何だ?
「せ、正確には、し、死にゆく人族に、ふ、触れているだけで、ぼ、暴走、する、とか……」
「なに?」
「は、はは! ほ、本人も、し、知らぬか……ノ、ノマが言うには神の情報に、あった、そうじゃぞ?」
死にゆく人族に触れているだけで暴走する? 殺意を持って人族を殺すのではなく? いや、待て。まさかラーファは!
「暴走させる気か!」
「き、気付いたところで、も、もう遅い……こ、この鎖の結界からは、わ、妾が死ぬまで、ぬ、抜け出せぬ! 魔王フェルよ! 妾に代わり、アンリを殺せ!」
まずい! 話が本当なら抜け出さないと!
「あ、ああ、ダズマ……私もようやく――」
ラーファの声が聞こえなくなった。どうなんだ? 私は暴走するのか……?
直後に心臓が大きく跳ねた。
『条件を満たしました。五分後にリミッターを解除します。解除時間は百六十八時間です』
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