運命
アンリから殺気が無くなる。村長を刺した本人を破壊したから気が済んだのだろう。
それはともかく、アンリは確かに言った。弟にトラン国を任せられないと。あれは本気なのだろうか。
「アンリ、さっきの話だが本当にトラン国の王になるつもりか?」
できる、できないは置いておく。アンリの意思を確認しておきたい。あれはいわゆる売り言葉に買い言葉ということもあり得る。
私の質問にアンリは首を縦に振った。
「私を暗殺しようとするなんて器が小さすぎる。弟は王の器じゃない」
王の器か。アンリの弟を知らないけど、まあ、アンリの方が王の器だよな。
「だから、その人達を見逃す。弟に私の言葉を届けてもらう」
アンリがレオと五人の方を見る。
レオは折れたクラウ・ソナスを持ったまま立っていた。既にクラウ・ソナスは柄だけしかない。それも徐々に黒い粒子になって消滅しているようだ。
レオが消滅していくクラウ・ソナスを投げ捨てた。
「まさか、聖剣を破壊するとはな。俺ごと切れたはずだが、それをしなかったのはメッセンジャーになれということか」
「そう。弟に伝えて。数年でトラン国を落とせるだけ戦力を集めるから、それまで怯えて暮らせって」
「王はもう怯えることもないが……分かった。伝えておこう。ただ、一つだけ言っておく。暗殺依頼を出したのは、王の母親だ。王は関与していない」
母親。以前、摂政をしているとか聞いた。アンリは今日成人したばかりだ。なら弟の方はまだ成人していないということだな。まだ母親が摂政をしているのだろう。
それにしても母親が暗殺依頼か。自分の子供からみたら腹違いの姉になるはずなのだが、躊躇なく暗殺しようとするんだな……いや、姉だから暗殺するのか。それにアンリの母親も暗殺しているはず。いまさら躊躇なんてしないか。
アンリを見る。表情は変わっていないな。
「事情は分かったけど考えを改める気はない。例え成人してなくても、王として王位継承者への暗殺を知らないなんて許されない。弟だけでなく、その母親にもさっきの言葉を伝えておいて」
レオは「分かった」と言った後、私の方を見た。
「魔族の貴方と戦うために来たんだが、それどころではなくなったようだ。楽しみは次の機会に取っておく」
「楽しみにするんじゃない。そもそも次の機会なんてないと思うぞ?」
「いつかは分からないが、トラン国へ攻め込んでくるのだろう? なら戦う機会はあると思うが?」
「うん、フェル姉ちゃんには突撃隊長になって貰う」
アンリがにこやかにそんなことを言っている。いつの間にか隊長になってる?
そもそも私は戦争に手は貸さない。だからレオと戦う機会もない。でも、ここで否定しても色々面倒な事になりそうだ。曖昧な感じで話を終わらせておこう。
「アンリ、その話は後にしよう。ところでコイツらは逃がしていいんだな?」
「うん。弟に情報を届けて貰わないといけないから、このまま逃がしていい。おじいちゃんが危ない状態だったら許さなかったけど」
「だ、そうだ。今、結界を解くからとっととトラン国へ向かってくれ」
アビスに頼んで結界を解除してもらった。町を覆っていた薄い青色の膜が消える。これで町の外へ行けるはずだ。
「本当に逃がしてくれるとはな。ならちゃんとメッセンジャーとしての仕事を果たそう」
レオと五人は普通に出て行こうとしている。
ジェイの時も思ったんだが、コイツらってなんでトラン国に従っているのだろう。アンリの暗殺に失敗しているのに、特に改めて暗殺しようとは考えていないように思える。
ジェイの時はああいう性格だから、と納得したが、レオもそうだし、そっちに立っている五人も同じだ。手練れだとは思うのだが、全く任務を遂行しようと考えていない気がする。
「やっぱりちょっと待て。聞きたいのだが、お前達はトランに従っているんじゃないのか? なぜ死に物狂いでアンリを襲おうとしない? 襲って欲しいわけじゃないけど」
レオは顎に手を当てて考えるそぶりをした後、口を開いた。
「そもそも俺はトラン国に従っているわけじゃない。そこの五人も、クラウ・ソナスもそうだ。だから、自分のやれる範囲でやれることをするだけだ。ここで俺達が襲ったとしても返り討ちだろう? なら余計な事はしない」
「心配しているわけじゃないんだが、任務に失敗して帰ってもお咎めはないのか? 言ってはなんだが、お前達ってほぼ全部の任務に失敗しているよな? 主に私のせいで」
「俺達が外で任務をしているのはテストのようなものだからな。失敗しても小言を言われるだけさ」
テストってことは、任務を上手くこなせるかテストしているってことなのか?
レオやジェイのトランにおける立場ってよく分からない。任務に失敗しているのに全く気にしてない。調べてはいないが、トラン国の外で活動しているのはコイツらだけだよな?
「よく分からない、と言う顔だな?」
しまった。そんなに顔に出てたか。
「隠すことでもないから言っておくと、俺達やジェイに命令しているのは摂政じゃない。別の奴がいるんだ。『博士』って呼ばれている奴でな。ソイツが色々な技術や知識を持っていて、俺達やジェイにその技術を提供してくれているんだ」
ハカセ? 博士か?
「俺達が従っているのはその博士の方でな。摂政は博士に命令を出しているに過ぎない。俺達の失敗は、博士の失敗にしかならないんだよ。そして博士から俺達への最優先命令は『生きて帰ってこい』だ。まあ、今回、クラウ・ソナスが破壊されたから怒られるかもしれんが、それだけさ」
どうやら面倒くさい命令系統になっているようだ。それにしても、博士、ね。
「それじゃ俺達は帰る。そうそう、暗殺の実行はもうないと思うから安心しろ。ジェイも失敗したと聞いたし、俺達も失敗したから他の奴らでも無理だ。博士は余計な事をしない主義だから、これ以上部隊を送ることはないだろう」
「そんなことを鵜呑みにするわけないだろ。安心したところをグサッとやるかもしれないだろうが」
「それはそうだな。じゃあ、今言ったことは忘れてくれ」
レオは一旦言葉を区切ったあと、アンリの方を見た。
「余計なお世話かもしれないが、もし本当に王位を取り戻す気なら早めにやった方がいい」
レオの言葉に、アンリは首を傾げている。
「そのつもりだけど、理由を聞いてもいい?」
「今、トラン国の国民はあまり幸せじゃない。この十年間、ずっとな。俺は人じゃないからああいう事に関して何かを思うことはないが、同じ人族が見たら可哀想だと思うだろう」
国民が可哀想? 税金が高くて圧政を敷いてるとかだろうか。
「ああいう事ってなに?」
「それは自分の目で確かめてくれ。俺の口からは何ともいえん」
それなら最初から何も言わない方がいいと思うんだが。まあ、見逃すお礼に何かを言いたかったってところかな。ジェイも似たような感じだったし。
「それじゃあな。トラン国で会えることを楽しみにしている」
レオと五人はそう言って町を出てから、森へ入って行った。
トラン国で会う、か。私はいないけどな。
「フェル姉ちゃん、ここでやることは終わったから家に帰ろう。大丈夫だと思うけど、おじいちゃんがちょっと心配」
「リエルがいるなら平気だと思うが、確かに心配だな。よし、すぐに帰ろう」
アンリと一緒に村長の家に向かって歩き出した。
横目でアンリをチラリと見る。
アンリは王を目指すことになるのか。
なんとなくそうなる気がしていた。継承権を放棄すると言った時はちょっと嬉しかったんだけどな。王なんか目指さず、もっと自由に生きる方がアンリには似合っている気がする。
運命のイタズラというかなんというか。襲撃があと一週間も遅れれば、継承権放棄の誓約書を送り付けて全てが上手くいっただろうに。
念のため、もう一度だけアンリに確認するか。
「アンリ、本当に王を目指すのか? このまま継承権を放棄するという手もまだギリギリ可能だと思うが」
アンリが立ち止まり、下を向いた。しばらくそうした後、こちらを真っすぐ見つめてきた。
「あの男の人が言ってた。トラン国の国民は幸せじゃないって。それを聞いた以上、見逃せない。王は民の幸せを第一に考えなきゃいけない。私はおじいちゃんからそう教わった。教えてもらった時はこの町の事だと思っていたけど、トラン国の事だったんだと思う。だから私が王になって国民を幸せにする」
そこで言葉を区切った後、アンリは笑顔になった。
「それにフェル姉ちゃんは魔王だった。私も王になれば、フェル姉ちゃんの後を追える。そしていつか神になってフェル姉ちゃんと肩を並べる」
冗談も言っているが、アンリはやっぱり王を目指すことになるんだな。
アンリは私と違って普通の生活をする選択肢はあった。でも、色々な状況がそれを許さない。私に出会ったのもアンリが王となる運命の一つなのだろう。
私に会ってアンリの人生はどのように変わったのだろう。良くなったのだろうか、それとも悪くなったのだろうか。他の皆もそうだ。良くなったのか、悪くなったのかはもっと先にならないと分からない。
私はそれをこの目で見ることになるだろう。それは少し怖い。私との出会いが未来でより大きな不幸を呼び寄せていたら、私はどうすればいいのだろう。
「フェル姉ちゃん、どうしたの?」
いかん。最近ちょっとネガティブな気がする。もっとポジティブにいかないと。
「ちょっと考え事をな。そうか、アンリは王を目指すのか。まあ、頑張ってくれ。応援してる」
「うん。それじゃフェル姉ちゃんは突撃隊長ということでよろしくお願いします」
「私が言ったのは物理的な応援じゃなくて精神的な応援だぞ?」
戦争行為には手を貸せないことは早めに伝えておこう。戦力として数えられたら困る。下手したら私一人で特攻してきてとか言われそうだから断固として拒否しないとな。
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