魔剣(聖剣)対聖剣

 

 レオはこれでもかと言うくらいの怒りだ。酷い形相をしている。三流の剣と言われたのがよほど頭に来ているのだろう。


 でも、コイツっていわゆる思考プログラムなんだよな? アビスが以前、プログラムは感情を持たないとか言っていたが、そんなことはなさそうだ。


「テメェらは手を出すんじゃねぇぞ! このガキは俺がやる!」


 レオの他にもトランの奴らが五人ほどいる。全員フードを深く被って顔は見えない。だが、おそらく手練れだろう。レオとアンリとの戦いに手を出す気はなさそうだが、念のため警戒しておくか。


 まあ、アンリが放っている殺気の中で動けるかどうか分からないけど。


 そのアンリは背中に背負っていた魔剣を右手だけで真横に振った。魔剣が畑にめり込む。


「この剣は、魔剣フェル・デレ。貴方を壊す剣。冥途の土産に覚えておくといい」


「デカけりゃいいってもんじゃねぇんだよ! その剣ごと叩き切ってやる!」


「出来ないことは言わない方がいい。滑稽だから」


 その言葉に反応するように、レオが飛び出した。一瞬でアンリとの距離を無くす。


 甲高い音が響いた。


 レオの横薙ぎをアンリが魔剣で受け止めている。あの魔剣は幅が広い。二十センチはあるだろう。長さも一メートル半くらいある。ちょっと細い盾と言ってもいいくらいだ。


「その程度?」


 アンリは受けた剣を弾き返してから、攻撃に移った。私との戦いで見せた剣技というよりも、もっとお手本のような剣技だ。確かトラン流の剣技だっただろうか。アビスの中でアンリに教えてもらったことがある。


 レオも同じ型だ。剣の種類は違えども、ほとんど同じ攻撃や防御。お互い、どこに何が来るか分かっているような戦いだ。


 だが、パワーはアンリの方が上か? 筋力と言うよりも、剣の大きさによる衝撃が強いようだ。レオが大きく体勢を崩したところへ、アンリが剣を横薙ぎにした。


 レオは辛うじて剣を受けるが、反動でかなり吹き飛ばされた。アンリとレオの距離が開く。


「ほう、大口を叩くだけはあるじゃねぇか」


「そう? 貴方は大口を叩けるほどでもない」


「おいおい、今のやり取りだけで本気でやってると思ってないよな?」


「思ってない。こっちも手加減してるのに、負けそうにないから驚いていただけ」


「減らず口を……聖剣であるこの俺にその魔剣で勝てるつもりかよ?」


「貴方が聖剣? 聖剣なのに三流なのは可哀想。同情する」


 もう、レオは挑発は止めた方がいいと思う。さっきから全部アンリに言い負かされている。正直見てて辛くなってきた。


 レオは怒りの形相でアンリを睨んだ。睨みだけで人が殺せそうな鋭い目。でも、レオは大きく深呼吸をして、落ち着いたようだ。プログラムなのに深呼吸で落ち着けるのは疑問だが。


「そういえば、その剣の名は魔剣フェル・デレだったか? 礼儀として俺も名乗っておこう。聖剣クラウ・ソナスだ。そっちも冥途の土産に覚えておきな」


「私は冥途にお土産なんか持って行かない。冥途でお土産を貰う方。だから貴方の名前なんかどうでもいい。さっきも言ったけど、墓を建てるつもりはないから、貴方の名前は今日で歴史から途切れる。私じゃなくて他の人に覚えてもらうといい」


 レオ、というかクラウ・ソナスはまた怒りの形相になった。


「死ぬ準備はできているようだな。ならもう手加減はしねぇ。無様に死んでいきな」


「ようやく本気を出してくれるんだ? この後、ケーキを食べないといけないから早くして。小出しじゃなくて最初から全力でお願い。あと、変身できるなら最初からしておいて」


 アンリと本気で戦ったらあんな風に煽られるのだろうか。自分の事じゃないのに心が痛い。共感性なんとかってヤツだろうか。


「『身体ブースト』『痛覚遮断』『限界突破』」


 あれは旧世界のスキルか。アビスの話では、魔素の肉体を持たないと使えないとか。身体能力を上げる効果と、痛みを感じない体、そして肉体のリミッター解除。そもそもレオは人じゃないが、それ以上の能力を使ってくるようだ。


 すこしだけ私も警戒しておこう。アンリが切られたりしたらまずい。


 レオが動いた。瞬間移動とも言うほどの速さでアンリに接近する。アンリも驚いているようだ。


 連続で剣がぶつかる音が聞こえる。しかもかなり速い。音と音の間隔がほとんどない。


「オラオラ、どうしたぁ!」


 レオがアンリの左右に高速で動き、剣を振るっている。アンリは防御一辺倒だ。でも、アンリは冷静に剣筋を見ている。必要最低限の行動で致命傷にならないように躱したり、受けたりしているようだ。


「ハッハー! 恐怖に怯えやがれ!」


 だめだな。アンリに攻撃が当たってはいるが、致命傷じゃない。服が少し切れている程度だ。アンリにはまだ余力がある。いまはスピードに慣れようとしているだけだ。


 正直なところ、レオはアンリに勝てないだろう。アンリがスピードに慣れた時点で終わりだ。最初、アンリの方が弱いと思っていたが、そんなことはなかったな。


 予想通り、徐々に攻撃が当たらなくなってきた。アンリの反応速度も速くなっている。そしてアンリの方が速くなってきた。


「テ、テメェ、一体……!」


 アンリは勇者候補だ。普通の人族よりははるかに強い。もしかしたら、聖人教の勇者であるバルトスくらいの強さがあるかもしれない。


 とうとうアンリの方が攻撃を始めた。剣同士がぶつかる音の間隔が徐々に短くなる。レオが攻撃していた時よりも間隔が短い。今やアンリは防御をしておらず攻撃のみになった。


「クソが! なんで! なんで俺より速く動ける! テメェ! 何をしやがった!」


 その問いにアンリは何も答えない。ただ、何度も剣で攻撃するだけ。相手を吹き飛ばすような大振りはしない。吹き飛ばして距離を取らせるつもりもないようだ。基本通りの攻撃を高速で何度も何度も続けている。


 よく見ると、アンリはレオ本体を攻撃していないようだ。剣だけを集中して攻撃している。


 だが、流石に聖剣。刃こぼれしていない。このまま攻撃しても聖剣は壊れないと思う。


 そう思った直後、一際大きな音が鳴った。


 アンリが剣を大きく振り、レオを吹き飛ばした。このままでも勝てたと思うが、どうしたのだろう?


「どうやら俺を狙っていたようだなぁ? だが、俺は聖剣。絶対に壊れねぇよ。俺を壊すのは不可能って事さ」


「三流でも聖剣。見誤った」


 常に煽ると言うのも凄いな。


「チッ! だが、これで分かったろ? お前じゃ俺を殺せねぇよ!」


「そんなことはない。少しだけ本気を出す。一応慈悲として時間をあげる。周囲の人に別れを言っておいて」


「俺を殺すのは無理だって言ってるだろうが!」


「そう。なら時間切れ。【一色解放】【黒】」


 アンリがそう言うと、フェル・デレが黒く染まる。そしてアンリはその剣を右肩に担ぎ、腰を落として低く構えた。


「ハッ! そんなハッタリで俺を殺そうってのか? いいだろう、受けて立ってやるぜ!」


「【天上天下】」


 アンリが何かしらのスキルを使った。ユニークスキルか?


「【唯我独尊】」


 二つ目? アンリはユニークスキルを二つ持ってる?


「【三界皆苦】」


 おいおい、三つ目か?


「【吾当安此】」


 ちょっと待て。四つ目? ユニークスキルを四つ? そんなの本物の勇者であるセラだって持ってないはずだぞ?


 ユニークスキルを使った後、アンリが超高速で相手に迫った。レオは剣を真横に構えて、防御しようとしている。


「【絶壊】」


 あれはバルトスが使っていた技? 確か、魔素を分子レベルで破壊する技だったような。


 アンリの強力な一撃をレオは聖剣で受けた。鈍い音が響く。


 聖剣が真っ二つに折れた。


 剣は真っ二つだが、レオに当たる直前でアンリは剣を止めたようだ。


「ば、馬鹿な……この俺が……」


 聖剣の折れた場所から、黒い粒子が広がっている。剣が徐々に消えているようだ。


「お、俺が消える……? いやだ! 消えたくない! 死にたくない!」


「私の大事な人を傷つけた時点で貴方の運命は決まっている。恨むなら貴方に私の暗殺を依頼した弟を恨んで」


 アンリはレオ、というかクラウ・ソナスにそう言ってから私の方へ歩いて来た。


 いつの間にかアンリはこんなに強くなっていたんだな。効果は分かってないが、さっきのユニークスキルを使われたら私でも危なそうなんだけど。


 うん、アンリを怒らせないようにしよう。

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