魔王の呪い
村長の家に戻ってきた。
村長は現在眠っている。リエルがずっとそばで治癒魔法をかけてくれていたようだ。リエル曰く「寝てた方が早く治るんだよ」らしい。治癒魔法で傷は治せるけど、すぐに傷口が開く可能性もある。そうならないように安静にしておくべきだ、とのことだ。
スザンナやアーシャ、ウォルフも攻撃を受けて怪我をしていたが、かすり傷程度だった。リエルの治癒魔法でそれも治癒済みだ。
問題はレイヤ。糸を解いたら自害する勢いだ。
話を聞いたところでは、冒険者ギルドで知らない奴に声を掛けられたらしい。持っている武器の話になって、お互い見せ合おうと言う話になった。当然警戒したが、先に剣を渡されて受け取ってしまった。
たったそれだけでクラウ・ソナスに操られた。まあ、剣がそういう物だと知らなければ、簡単に操られてしまうだろう。
レオに聞いてはいないが、この数日間、アンリに近づけて、武器を渡しても怪しまれない奴を探していたと思う。
私には顔がバレている。スザンナの武器は水で、剣は持っていない。村長やアーシャ、ウォルフが一人きりになることもほとんどないし、いつも剣を持っているわけじゃない。となると、必然的にレイヤになる。
アンリはずっとレイヤのせいじゃないと言っている。時間はかかるだろうがなんとか説得できるだろう。
それにしてもとんでもない誕生日になったな。アンリは継承権を放棄して、旨い物食べて終わるはずだったのに。それが今では、アンリは王を目指すことになった。トラン国も余計な事をしたもんだ。
そんなことを考えていたら、部屋の扉が開いた。
「村長が目を覚ましたぜ。傷も塞がってるから安心だ。でも、まだ安静にさせろよ?」
リエルがそう言いながら部屋に入ってきた。その代わりにアンリが部屋を飛び出して行く。村長のいる部屋へ行ったのだろう。アーシャとウォルフも同じように部屋を出て行った。
今、この部屋には私とリエル、スザンナとレイヤとルノスの五人だけだ。
なお、私が来る前にメノウがいたらしい。ただ、メノウは部屋の掃除をしてからすぐに帰ったそうだ。村長の血の跡とか全くなくなってる。メイドって凄いな。
とりあえず、椅子に座った。今、アンリは村長に王になることを伝えているのだろう。村長はどんな反応をするだろうか。喜ぶか、それとも嘆くか、それともそれ以外か。
村長は喜びそうだけど、アーシャとかウォルフはどうだろうな。ここで話を聞いた時は驚いていた感じだったが……まあ、間違いなくアンリの王位簒奪を手伝うのだろう。
そしてスザンナを見た。スザンナも当然手伝うだろうな。
「さっき、アンリがトラン国の王になるって言ってた。それは本当なの?」
「私が聞いた時は本気だったな。おそらく村長達とそのことを話していると思う。アンリが本気で王になろうとしているなら、スザンナはどうする?」
スザンナは不思議そうな顔をした。
「どうするも何もアンリを手伝うよ。私はアンリのお姉ちゃんだからね」
「そうか……まあ、そうだな」
「あ、あの! すみません! アンリ様が王になろうとしているってなんでしょうか!」
レイヤが芋虫状態で問いかけてきた。糸を切ってやってもいいが、自害されたら困るな。まだ、このままで話そうか。
「アンリはトラン国の王位継承権を持ってる。昔、トラン国の摂政に命を狙われてから逃げていたんだ。今日、村長からアンリにその話をしたんだよ」
「し、死んだとされるトラン国の王女様ですか!」
「私は知らないが、意外と有名な話なのか?」
「そ、それはもう有名です! 十年前ですが、その王女が生きているって話が出まして、ルハラにいるんじゃないかって話でもちきりだったんですよ! そ、それがアンリ様だったんですか!」
レイヤの興奮を見て、スザンナがうるさそうにした。
「そのアンリをレイヤが殺そうとしたんだからね? アンリも私もレイヤに非がないと思ってるけど、ちょっと迂闊すぎるのは注意して」
「う……は、はい。すみませんでした……」
レイヤも結構強いし、ルハラの貴族の三女だか四女だからしいが、アンリとスザンナの前では普通の子だな。
そうこうしていると、アンリが戻って来た。それに村長も。ウォルフに肩を借りて歩いて来たようだ。
「村長、歩いて大丈夫なのか?」
「すみません。ですが、アンリの話を聞いて、いてもたってもいられなくなりまして」
村長ならそういう反応になるよな。娘さんの仇を孫が取ってくれる。嬉しいはずだ。
でも、実際どうするのだろう。王位を取り返すと言っても簡単にできるわけじゃない。
それに私は手を貸せないんだ。それを最初にはっきりさせておこう。
「アンリ、本当にトランを攻めるんだな。そして王位を取り返す。間違いないか?」
「うん、間違いない。だからフェル姉ちゃんにも――」
「悪いが私は手を貸せない」
多分アンリは「手伝って欲しい」と繋げるつもりだったと思う。だが、それを遮って否定した。
アンリは驚いた顔になっている。
「言っておくが、直接は手を貸せないという意味だ。私の従魔達を貸そう。だから頑張って王位を取り戻してくれ」
「フェル姉ちゃん、理由を聞かせて。どうしてフェル姉ちゃん自身が手伝ってくれないの?」
「アンリに言ったことはなかったかもしれないが、私は人族を殺すと暴走して周囲を敵味方関係なく襲うんだ。私はそれを、魔王の呪い、と言っている。だから戦争のような行為は手伝えない」
アンリが更に驚いたような顔になる。
何も言えないアンリの代わりに、リエルが口を挟んできた。
「でもよ、ディーンの時は手伝ってやったじゃねぇか。あの時だって誰も殺さなかっただろ? 今回も大丈夫なんじゃねぇか?」
「そうだな。だが、あの時は私の意識が足りなかった。正直、いつ暴走してもおかしくなかっただろう」
私のユニークスキルで誰かが死んでいたかもしれない。誰も死ななかったのはタダの運。今回もうまくいくなんて話はない。それに今は状況が違う。
「あの頃は魔王様がいた。もし私が暴走しても何とかしてもらえる可能性があったんだ。だが、今、魔王様はいない。私が暴走したら誰にも止められないんだ」
勇者であるセラも封印中だしな。
「アンリ、お前は私の親友だ。だが、私が手伝うことはリスクが高すぎる。だから手伝わない」
「……一緒にいてもくれないの? 戦ってくれなくてもいい」
「それもダメだ。お前は王になるんだろう? なら王位を奪還するまでに王の器を見せろ。お前は弟のことを器が小さいと言ったが、アンリの器だって大きいかどうかは分からないんだ。だから、自分自身の力で頼りになる仲間を探せ」
アンリは黙って聞いてくれている。よしちょっとだけ昔の話をしよう。
「私は十年前、ディーンの手助けをした。だが、そのせいでディーンには不名誉な二つ名が付いた。知っているか?」
アンリは考えるそぶりをしてからこちらを見た。
「……傀儡の皇帝?」
「そうだ。ディーンは帝位を簒奪した。だが、それは全て魔族のおかげという事になっている。皇帝が変わった時は前皇帝のヴァーレが酷かったせいもあってディーンは民から好意的に認められた。だが、簒奪の実情が分かってくると、ディーンは何もせずに魔族の力だけで皇帝になったと言われるようになった」
魔族が味方してくれると言うのは、それはそれでディーンの人望でもあるのだが、全ての事情を知っている奴なんてほとんどいないからな。民からは、何の力もない、魔族のいいなりになっているだけの皇帝と思われてしまったようだ。
「ディーンはその評判を覆そうと相当頑張ったのだろう。十年かけてようやくそれを払拭できたわけだな」
「うん。今は傀儡の皇帝なんて言う人はいない」
「そうだ。そしてそんな辛い十年間、ディーンを支えたのが傭兵団の『紅蓮』だ。おそらくディーンと『紅蓮』との間に強固な信頼関係が無かったら、ディーンはいまだに傀儡の皇帝と言われていただろう」
一度言葉を区切り、改めてアンリを見つめる。どうやら私が言いたいことを分かってくれたようだ。
「アンリも信頼できる仲間をちゃんと作れ。お前を王と認めて、お前がどんなに落ちぶれても支えてくれるような仲間だ。一人二人じゃないぞ? それこそ何千、何万人だ。それくらい集められなければ、アンリも王の器じゃない」
おそらくアンリなら大丈夫だ。アンリは誰からも好かれるカリスマ的なものがある。
私の場合は魔王の覇気があった。これにより魔族は皆私の言うことを聞いてくれた。それは私の力じゃない。魔王の力だ。おそらく私自身にはそういうカリスマ的な物はないだろう。どう考えても王の器としてはアンリの方が上だ。
「アンリ、私は直接手を貸せないが、間接的にならいくらでも力を貸してやる。だから、頑張れよ。アンリが王になるところを私に見せてくれ」
アンリは決意した顔で大きく頷いた。
「分かった。フェル姉ちゃんに私が最高の王であることを見せる」
これで大丈夫だろう。私が心配するまでもない。アンリには村長やアーシャやウォルフ、それにスザンナもいるんだ。王になるまでも、そして王になってからも色々な事を教えてもらえるはず。私はそれをちょっと手伝うだけだ。
「ああ、期待してる。遥か何百年後まで、お前が最高の王だったと思わせてくれよ?」
本当にそうあってほしいな。
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