ルハラの人達

 

 泊まった宿がロックの実家だった。


 なんとなく見覚えがあるな、と思ったんだが、宿泊手続きした後で泊まらない訳にもいかず、そのまま泊まった。ここにロックやベルはいないし、ディーン達に連絡が行くことも無かったから別にいいんだけど、自分の迂闊さにちょっとショックだ。


 もう泊ってしまったし、これ以上気にしても仕方がない。準備をしてから朝食を食べた。味は悪くない。ちなみに、筋肉が付くかもしれない飲み物、というものがサービスで提供されたが断った。


 げんなりしながら宿を出て、寮の方へ歩き出す。


 今日もいい天気だが、ちょっと暑い。まだ朝なんだけどな。


 ただ、朝なのに帝都は活気付いている。昨日はあまり気にしなかったが、よく見ると帝都は結構変わった気がするな。


 戦争が無くなったからだろうか?


 ウゲン共和国とも上手くやっているようだし、トランに関してはお互い不干渉だ。ズガルに関しても領地を返せなんて言わずに上手く付き合ってくれている。


 そう言うこともあってのびのび暮らせているのかも知れないな。


 そんなことを考えながら寮へ近づくと、入り口付近にかなりの人が集まっているのが見えた。ずいぶんと物々しい感じだ。


 ため息が出た。護衛と思われる兵士が数十人。それに王族が乗るような豪華な馬車が三台。だれが来ているかすぐに分かる。


 そういえば、スザンナが帰省することをクルに伝えておくとか言ってたな。多分、そこから情報が伝わってしまったのだろう。


 特に会う理由はないのだが、せっかく来た奴を追い返すのも悪い気がする。


 仕方ない。挨拶しておこう。


 近づくと兵士達が私に敬礼した。ちょっとだけ頭を下げて礼を返す。


 そのまま入り口の方へ向かうと、知った顔がこちらを笑顔で見ていた。


「久しぶりだな、ディーン……皇帝陛下ってつけた方がいいか?」


「ははは、フェルさんにそう言われたら寝込んでしまいます。ディーンで構いませんよ」


 ディーンは随分と大人になった。今は二十代前半だろう。背も伸びて百八十くらいか。頭一個分以上は背が高い。見上げなくてはいけない事にちょっとだけモヤっとする。


「えっと、勢ぞろいだな。クルから聞いたのか?」


 周囲には、ウル、ベル、クル、それにロックもいる。それにあれはルートかな。今は傭兵団の団長をしているとか。


「貴方ね、ルハラへ来るなら城へ来なさいよ。部屋くらい貸すのに」


「ウル。まだ傭兵時代の気分が抜けないのか? どこかの家じゃないんだぞ? 普通、城の部屋は貸さないからな?」


「当たり前でしょ。でもフェルは特別よ。ディーンもそうでしょ?」


「もちろんだよ。せっかくルハラへ来たフェルさんを歓待できないのは嫌だからね」


 それが嫌だから行かなかったんだけど。それをそのまま言うほど空気を読めない訳じゃない。適当に誤魔化そう。


「村長がアンリとスザンナにずっと会いたがってたから、早く会わせてやりたい。引き留められると困るから城へは行かなかったんだ。そういえば、傭兵団としてはアンリ達を連れ帰っても問題ないか?」


 その言葉にクルが頷いた。


「はい、昨日の夜にスザンナから聞きました。二人はずっとダンジョン攻略してたので休みが必要だなって思ってましたから、ちょうどいいです。しばらくはゆっくりさせてください。ルートもいいよね?」


「もちろんだ。二人は紅蓮にとってかなりの稼ぎ頭だが、頼り過ぎていた面もある。二人がいないことで団員達も身が引き締まるだろう」


 クルの問いかけにルートも賛同した。どうやら問題ないようだな。


「分かった。なら二人を連れ帰る。一か月後には戻って来れると思うので、それまで待っててくれ」


 でも、アンリが村長の話を聞いた後、どうなるかは分からない。


 アンリが王を目指すことになったら傭兵団を抜けることになると思う。まあ、その辺りはアンリが決める事か。


 周囲を見たがまだアンリは来ていないようだ。早く来すぎたのかもしれないな。


「フェル、ちょっといいか?」


 いきなりロックに話し掛けられた。相変わらず上半身が裸だ。それに随分と笑顔だが、何の話だろう。


「別に構わないが何か用か?」


「おう、俺、ベルと結婚したんだよ」


 知ってる。アンリとスザンナ経由で聞いた。でも、知らない風を装うか。驚いて欲しい感じが伝わってくる。


「そうか、驚いた。おめでとう」


 ベルの方を見るとすまし顔だが耳がちょっと赤い。どうやら照れているようだ。


「二人は結構仲が悪いかと思ってたんだが、よく結婚したな?」


「まあなぁ、おれもベルに『結婚する?』って聞かれた時はびっくりしたけど」


「ベルから求婚したのかよ」


 聞いていた話と違うから余計に驚いた。ふと、ベルの方に視線を移動させると、また耳が赤くなってる。


「筋肉も悪くない」


 何があった。


 あれほど嫌っていたのに。洗脳じゃないよな? いや、なんか怖いからこれ以上は聞かない方がいいかもしれない。アンリ、スザンナ、早く来てくれ。


「あ、あの、フェルさん、ちょっといいかな?」


 今度はクルに話し掛けられた。別にいいけど、なんで皆は私に話し掛けてくるのだろう。


「えっと、なんだ?」


「あ、うん、ちょっとこっち」


 皆とすこし距離を取った場所へ連れてこられた。さらにクルは周囲に防音の空間を作る。


「リエルさんが言ってたんだけど、は、裸エプロンって、その、どうなのかな? 効果あったりする? 私もそろそろ勝負の時期だと思ってるんだけど……」


 アンリ、スザンナ。本当に早く来てくれ。あと、リエルは帰ったら説教だ。




 その後も色々と皆から相談された。正直、なんで私に聞くんだ、と言う内容ばかりだったけど。


 そうしていたら、アンリとスザンナがやって来た。


「フェル姉ちゃん、お待たせ――なんで涙目なの?」


 嬉しいからだ。もう、ディーン達の相手をするのが辛い。よく来てくれた。


「結構時間が掛かったようだが、大丈夫か? 忘れ物とかあって戻ってくるにしても明日以降になるぞ?」


「大丈夫。必要な物は全部亜空間に入れた」


「私も問題ない。そもそも荷物は少ないから」


「そうなのか? なら、何で来るのが遅いんだ?」


 アンリが視線を動かした。そちらを見ると、レイヤを含む団員達がビシッと並んでいた。アンリ達と一緒に来たんだけど、何かしていたのだろうか。


「皆に帰省の無事を祈ってもらったんだけど、一人一人だったから時間が掛かった」


「私も同じ。結構時間が掛かるお祈りだから、皆にしてもらったら遅くなった」


 お祈りか。まあ、二人とも団員に慕われているようだから、時間をかけてやってくれたのだろう。昨日のうちにやっておいてほしかったけど。


「それじゃアンリ達を連れ帰るぞ」


 クルやルートに向かってそう言うと、ディーンが思案顔になった。


「あの、フェルさん。カブトムシさんは城壁の外にいるのですか? よろしければ、馬車を用意しますよ? スレイプニルほどではありませんが、それなりに速い馬です」


 そうか。転移門の事は言ってなかったな。


「ありがたい申し出だが大丈夫だ。転移門と言う魔法が使えるから、一瞬でソドゴラへ帰れる」


「……は?」


 ディーンが、何をいっているのか分からない、という顔になった。いや、ディーンだけじゃなく全員だな。


 その中でも、アンリとスザンナだけは嬉しそうな顔をしている。


「転移門を通るのって初めてだからちょっと楽しみ」


「私も使えたらいいんだけど、消費魔力が大きすぎて無理だった。だからアンリと同じように楽しみにしてた」


「そうか? 言っておくが門が開いている時間は十分だ。その間に通れよ? ちなみに他の奴らは触ったりするなよ? 危険かも知れないからな」


 そう忠告してから魔法を使った。


「【転移門】」


 空間が歪み、高さ三メートル、幅二メートルくらいの両開きの扉が目の前に現れた。それが音もなく開く。


「アンリ、スザンナ、先に行け」


「うん。それじゃ皆、行ってきます」


 アンリがそう言うと門の中へ入って行った。


 スザンナは右手を軽く上げてから「それじゃ行ってくる」と団員達に言った後、アンリの後を追った。


「それじゃあな」


 私もそう言ってから門を通ろうとしたが、ディーンに捕まった。


「ちょ、ちょっと待ってください! フェルさん! これは何ですか!」


「だから転移門と言う別の場所へ転移するための門だ。悪いがどういう仕組みの術式なのかは私もよく知らん。これはヴァイアが作った術式で動いているからな。どういう術式か知りたいなら、ヴァイア、もしくは魔術師ギルドに問い合わせてくれ」


「こ、こんなものが……」


 皆、放心しているけど、大丈夫だよな?


「この門はすぐになくなるから安心してくれ。ただ、さっきも言ったが、門が閉じるまで何もするなよ? 危険だからな?」


 私も門を通ると、すぐに景色が変わり、無事にアビスの中へ転移できたことが分かった。


 先に来ていたアンリ達がはしゃいでいる。


「すごい。本当にアビスの中だ」


「うん。すごいね。でも術式を考えたヴァイアちゃんはちょっとおかしいと思う」


 私もそれには同意する。何をどう考えたらこんな魔法を思いつくのだろう。


 まあ、それはどうでもいい。まずはアンリ達を村長に会わせないと。昨日の夜に念話で連絡しておいたから色々と用意して待っているはずだ。アンリに本当の事を話すのはもっと先だけど、会うのは久々なはず。美味しい料理とか準備しているはずだ。


「よし、アンリ。まずは村長のところへ行こう。首を長くして待ってるだろうからな」


「うん、おじいちゃんに成長した姿を見せる。怒られるかもしれないけど、それはスザンナ姉ちゃんのせいにする」


「昨日の夜にそれは話し合って、クルのせいにするって決まったよね?」


「……はやく意識合わせしておけ。矛盾があると二人とも怒られるぞ?」


 アンリとスザンナが色々と話し合っている。大丈夫だろうか。


「あ、あの……」


 背後から声が聞こえたので振り向くと、レイヤが立っていた。そしてちょうど転移門が閉まる。


 えっと、どういうことかな?

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