王位継承権
ジェイをアラクネの糸でぐるぐる巻きにした。芋虫のように横たわっている。
「私が何したって言うの!」
「人の名前を騙っておいて、何を言ってる? 逆に、なんで何もしてないって思ってんだ」
「えっと、ほら、リスペクト的な? フェルって最高だし?」
頭を結構強めに殴った。その反動で頭が取れる。ちょっとびっくりしたが、どうやら赤い髪と黒い角がついたカツラのようだ。カツラの下からはピンク色の髪が出てきた。カツラをするために地毛はアップにしていたようだな。
「いったいなー、もう! 殴ることないじゃん!」
「首が胴体から離れなかっただけありがたいと思え。殴る度に強くなっていくから気を付けろよ。さて、私の名前を使って何してる? さっきはアンリを呼び出そうとしていたよな?」
「仕方ないなぁ、内緒だよ? トランでアンリって子の暗殺依頼を受けたんだよね。ここにいるって話なんだけど、知り合いじゃないと呼び出してくれないんだよ。だから知り合いのフェルに変装して騙しちゃおうっていう作戦なんだ。やばい、天才すぎる。私の頭脳って怖くない?」
トランの依頼? ここ最近アンリを狙っているという奴がいるというのは、そのせいか?
アンリの事は十年前にトランへ伝えられているはずだ。ダンジョンから乳母であるティマの日記が見つかり、そこにはアンリが生き延びたという内容が書かれていた、そんな作り話を村長がトランへ流したはず。
ここ十年、トランはアンリを狙うことはせずに守りを固めていたはずだ。それがなんで今になって?
そもそもアンリがここにいる事や、私がアンリの知り合いであることはどうやって知ったんだ?
一つ一つ確認しておかないといけないな。
「暗殺依頼はいつ受けた?」
「最近だよ。私が受けたのは二週間前」
「なんで今になって暗殺依頼なんだ? いままで何してた?」
「いや、そんなこと言われても。それは依頼主に聞かないと分かんないよ」
それはそうだな。そんなことをジェイが知っている訳がない。他の事を質問しよう。
「なんでアンリがここにいることを知っている?」
「詳しくは知らないよ。トランは守りを固めていたけど、間者はどこの国にも放っていたからね。そこからの情報をくれたんだと思う」
そうか。トランは閉じこもったけど、国から誰も出ていない訳じゃない。主要国家で間者が情報収集をしていた可能性はある。
「次の質問だ。なぜ私がアンリの知り合いだと知ってる?」
「それも詳しくは知らないけど、色々調べたからじゃない? さっきも言ったけど、私はそういう情報を貰っただけで、どうやって知ったのかは知らないよ」
色々と答えてくれるのだが、結局何も分からないに等しいな。暗殺依頼が最近だと言うことくらいか。
情報が正しいか魔眼で確認しようと思ったけど、コイツは魔眼で見れる情報を遮断しているから、使っても意味はない。情報が正しいかどうかよく分からないのは困るな。
「ねえねえ、色々喋ったんだから解放してよ。もう帰りたいんだけど」
「いや、暗殺しにきた奴を帰すわけないだろ。情報がないなら、息の根を止めるけど、どんな方法がいい?」
「息の根を止めない方向で考えてください。っていうかさ! フェルを暗殺しに来たわけじゃないんだから私の息の根を止める必要ないよね?」
「それもそうだな」
「あれ? 分かってくれたんだ? よし! 解放して!」
「私はそれでもいいが、暗殺されそうだった本人に聞いてみる。アンリ、どうやら暗殺しに来たみたいだけど、どうする?」
アンリが亜空間から魔剣を取り出して構えた。
「返り討ちにしたことにする。安心して、痛みはない。一瞬で仕留める」
「あ、この子がアンリなんだ……あれ? 私ってピンチ? ちょ、タンマ! 話そう! 話せば分かる!」
「分かった。なら教えて。なんで私を暗殺するの?」
もっともな疑問だ。おそらくだが、アンリの出自が問題だからだ。それ以外考えられない。でも、アンリがトラン国の王位継承権を持っていることは本人も知らない。それは村長がアンリに教えることだ。
いかん、口止めしないと。
「え? それは――いだぁ! なんで殴るの!」
「アンリ、スザンナ、ちょっとここで待て。コイツと二人で話がしたい」
二人が首を傾げているのを無視して、ジェイの足を持ちアンリ達から距離を取った。
「あだ、あだだ! 引きずらないで! 地面に石があって痛い!」
ここまで離れれば大丈夫だろう。声は聞こえないはずだ。
「ジェイ、暗殺の理由をなんて言うつもりだった?」
「ええ? そりゃもちろん王位継承権を持ってるからって言うつもりだったけど? それが何なの――あ、もしかして、本人は知らなかったりする? あれ? でも止めたってことはフェルは知ってるんだ?」
鋭いな。私は知ってるけど、アンリは知らない。ここでジェイの口から伝えさせるのは避けたいな。アンリには村長から話を聞かせてやりたい。
「私は知ってる。だが、それはどうでもいい。ジェイ、取引だ。アンリに何も言わずトランへ帰ると言うなら見逃してやる。なにか言うなら殺す」
「帰ります。口を開かないのは得意中の得意」
「そこまで嘘をつけるのもすごいな。お前の言った通り、アンリは自分に王位継承権があることを知らない。それはこれから知ることだ。お前の口からそんなことを言われたら色々と台無しだからな」
そう言うとジェイがニヤリと笑った。殴りたくなるような笑みだ。
「おっとぉ? 私にそんな情報を渡していいのかなぁ? もしかして私の方が有利な状況になっちゃった?」
「お前の口を封じるのに一番簡単な方法を取ってもいいんだぞ? 例えば体内の魔石を破壊する、とか」
「生意気言ってすみませんでした。まあ正直、私はトランの国王が誰かなんて興味ないからね。暗殺が成功しても失敗しても別に構わないからその条件を飲むよ。もうトランへ帰って寝る」
コイツ、よく分からないんだよな。トランに忠誠を誓っているわけじゃないと思うんだが。その割には依頼を遂行しようとはするし……まあいいか。考えてもどうせ分からない。
「それじゃ、お前を帝都の外へ放り出しておく。後は勝手に帰ってくれ」
「えー、またそれ? ……あれ? フェルってあの頃と変わってない? あれから十年は経ってるよね? なんでそんなに若いの? どんなアンチエイジング?」
アンチエイジングってなんだ? どうやら私が不老不死である事は知らないようだな。まあ特に言う必要もないか。
「若作りでな。いまだにピチピチだ」
「へー、私も魔素の体だからいつまでもピチピチだけど」
なんで対抗してきたのだろう。まあいいや、帝都の外へ捨ててこよう。
ジェイを担いでアンリ達のところへ戻って来た。
「暗殺の理由は知らないらしい。コイツは帝都の外へ捨ててくるから二人は寮に戻っておくといい。明日には出発するから準備をよろしくな」
「トドメは刺さなくていいの?」
アンリが素振りをしながらそんなことを言った。
トドメを刺した方がいいとは思うが、そんな事したら死ぬ前に色々言いふらしそうだから、それは止めておきたい。適当に追い返す方が安全だ。
「コイツは大丈夫だろ。また帝都で見かけたらその時は容赦しないけど」
「もう帰るから安心だよ! 他の部隊がまだ帝都にいるけど、私が撤退したら皆も撤退すると思うから二重に安心だね!」
そんなことになってるのか。怪しい奴を見かけたらソイツらは殴ろう。
「それじゃ、コイツは私に任せろ。二人とも、また明日な」
アンリとスザンナは納得していない顔だが寮へ戻った。私を信用してくれたのだろう。
さあ、ジェイを捨てて来よう。
ジェイを担いだまま城壁の上に転移した。
「ちょ、まさかここから落とすとか言わないよね?!」
「ちゃんと地面に置いてやるから安心しろ」
城壁の上から外側の地面に転移した。結構魔力を消費してしまったな。今日はもう魔力を使わない方がいいだろう。
ジェイを肩から降ろして、アラクネの糸を切ってやる。
「それじゃもう来るなよ」
そう言って帰ろうとしたらジェイに止められた。
「お礼じゃないんだけど、ちょっとだけ情報をあげるよ。信じるかどうかはそっち次第だけどね」
情報? 何の情報だろう?
「アンリって子を殺そうとしているのは、私だけじゃないんだよね。レオもそう。もしかしたら襲って来るかも」
「そうなのか。まあ、情報には感謝しよう」
「ついでに教えるけど、レオも私と同じでトランに忠誠を誓ってるわけじゃないんだよね。でも、レオは魔族に対して執着があるみたい。以前負けたのが相当悔しかったみたいだよ。めっちゃ修行してたから結構強くなってるはず。アンリって子をそっちのけでフェルを襲って来るかも」
以前負けた……? ああ、レモの事か? レモに剣技で戦うのが悪いんだが、そんなこと言っても分からないよな。あの頃よりも強くなっているとだけ理解しておけばいいか。
「それじゃーね。もう会いたくないけど、また会ったらお手柔らかにねー」
そう言うと、ジェイは南の方へ歩いていった。
相変わらず分からん奴だ。元はインテリジェンス系のアイテムだったから、そもそも国や人には興味がないのかもしれない。言われたことをやっているだけ、か?
それはともかく、アンリは村長の話を聞いたらどうするんだろうな。アンリが継承権を放棄するとか言えば、暗殺とかも無くなるのだろうか。
私が言う事じゃないかもしれないが、王なんてやるものじゃない。ああいうのは、ちゃんとそういう教育を受けた奴がやるべきだ。村長はそれを知っていたからアンリに色々と教育していたのだろう。下地はあると思うが、アンリはどう考えるかな。
まあ、アンリの誕生日になれば分かるか。
よし、宿を探そう。私も明日の準備をしないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます