精霊の加護
練習場の端に魔剣が突き刺さっている。
剣は赤く輝いていて暖かい。アンリが剣に両手をかざしながら服を乾かしている。
アンリは水の壁に勢いよく突っ込んだからな。全身がずぶぬれだ。団員が持って来たタオルで体を拭いたけど、まだ寒いのだろう。寮に戻って着替えてくればいいと思うのだが、久しぶりに会った私とたくさん話がしたいからと言って、ここで服を乾かし始めた。
風邪をひくんじゃないかと心配したが、ルハラはソドゴラに比べて結構暑い。服もすぐに乾くだろう。
スザンナは昼食の用意をすると言って寮へ戻った。最近、料理を勉強しているらしい。とはいっても、サバイバル料理とか。傭兵をやるなら必須の技術だと言っていた。それを披露してくれるそうだ。
団員達は私に謝罪して、訓練を始めた。色々事情があったのだろう。許さない訳にもいかない。許した後、なぜか私に指導して欲しいとか言ってきたけど、そんな柄じゃないと断った。
なので今はアンリと二人きりだ。村長の手紙を渡すのは食事が終わってからでいいだろう。スザンナにも話をしないといけないからな。
アンリは魔剣で暖を取りながら、ニコニコしている。私に負けはしたが、褒められたのが嬉しかったらしい。魔剣の扱いがまだまだだが、使いこなせれば私にも負けないと豪語した。
「この子はちょっと気まぐれで扱いづらいけど、本当はいい子。たまに暴走するのも可愛い」
「それはこの魔剣の事なんだよな? 私の事じゃないよな?」
自分の名前が付いている剣にそう言う評価をされるのはちょっと嫌な感じだ。自分の事を言われている気がしてしまう。
それにしても、この剣は相当なものだ。魔力を通すとギミックが発動するというのは知っていたが、あんな感じになるのか。でも、あれって鍛冶で何とかできるものなのか?
形を変えるとかならともかく、炎が噴き出したぞ? 鍛冶とは関係ない部分のギミックだと思うが。
「アンリ、さっきのはなんだったんだ? 今も剣が赤いし結構な温度になっているよな?」
「この魔剣に精霊の加護がある。それを解放した」
「精霊の加護?」
「ウェンディ姉ちゃんにお願いして精霊を呼び出してもらってお願いした。剣に加護が欲しいって」
「……くれたのか?」
「うん。全部の精霊がくれた」
何してんだアイツら。精霊の加護ってそんな簡単にあげていいのだろうか。そんなことなら、だれもが欲しがると思うのだが。
「ウェンディが知り合いだったとは言え、よく精霊がくれたな?」
「勝負して勝ったらお願いを聞いてもらうことにしただけ。勝負に勝ったから剣に加護を貰った」
「精霊と勝負したのか? 危ないだろ?」
ウェンディと戦ったことがあるから分かる。はっきり言って人族が精霊に勝つなんて無理と言ってもいい。私だって制限を解除しないと結構危ない。
「危なくない。ダンス勝負だったし。完膚なきまでに叩きのめした」
「勝負ってダンスかよ」
詳しく聞くと、五年くらい前に精霊達を呼び出してもらってダンス勝負をしたそうだ。ちょうど私が遺跡探索に行っていた時期と被ったのだろう。そんな勝負があったなんてまったく知らなかった。
精霊の加護を受けた魔剣は、精霊の力を解放することができるようになったらしい。精霊の解放には色を指定するそうだ。赤なら火、青なら水。なるほど、たしかヴァイアの結婚式で精霊が色に対応しているとか聞いた気がする。
「いつか全色解放して、アルティメット・フェル・デレにするのが夢」
「私からすると悪夢なんだが」
念のため、この剣を魔眼で見てみよう。変な事になってないよな? そもそもこの剣の名前ってアンリが勝手に言っているだけで、普通の大剣だ。もしかしたら、精霊の剣とかになっているかもしれない。そうなっていたら教えてやろう。正式な名前の方がいいはず。
……聖剣フェル・デレ?
目を擦って見たけど、何度見ても同じだ。どうしよう、魔眼がおかしくなってる。
「フェル姉ちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもない。でも、ちょっと待ってくれ。心の整理がつかない」
「分かった。今、スザンナ姉ちゃんがお昼の用意をして持ってきてくれるから、それを食べて落ち着くといい。本当は寮に招待したいけど、団員以外は入れない規則」
そんなことはどうでもいい。重要なのは目の前にある魔剣と言う名の聖剣だ。なんでユニークアイテムになってる?
仕方ない、ちゃんと説明も見よう。
……『魔剣が精霊の加護と聖女の祝福を受けて聖剣となった。強い』
聖女の祝福……? 私の知っている聖女って一人だけなんだけど。
「アンリ、この剣をリエルに見てもらったことがあるのか? その、祝福してもらったとか」
「なんで知ってるの? 冒険者は旅に出る時に、そういうゲン担ぎをするってスザンナ姉ちゃんが言ってた。だからルハラに行く前にリエル姉ちゃんに剣を祝福してもらった。ルハラに格好いい男性がいたら紹介するって条件で」
余計な事をしやがって。
聖女って女神ウィンが任命していたようだから、聖女としてのシステムか何かがリエルに組み込まれているのだろうか。私の魔王のシステムみたいに、そういうのがあってもおかしくはないが。
まあ、もう仕方ないな。でも、聖剣になっていることはアンリに言わないでおこう。聖剣よりは魔剣の方がいい。魔族としてそれは譲れない。もしかして魔王である私が剣を呪えば魔剣に戻ってくれるだろうか。どうやって呪うのか知らないけど。
そんなことを考えていたら、スザンナがやって来た。
「お待たせ。ニアさんほどじゃないけど、それなりの料理になった、と思う」
スザンナが地面にゴザを敷いて、そこに作った料理を並べた。なるほど、サバイバル料理だ。固そうなパンと色々な野菜を煮込んだっぽいスープ、それに干し肉かな。
「スザンナ姉ちゃんの料理はすごくいい。こう、アゴが鍛えられる感じで」
「それ、固いってことだよね? でも、普段からこういうのに食べ慣れておかないといざと言う時大変だから我慢して。それにアンリもこれくらい作れないとダメだよ?」
スザンナがお姉さんしてる。今は傭兵団に所属しているが、スザンナも私に会うまでは一人で冒険者をやっていたはずだ。その頃の知識を教えているのだろう。なんとなく微笑ましい。
「相変わらず仲がいいな。でも、ここで食べていいのか? その、団員達が練習中なんだが」
周囲の団員がチラチラとこちらを見ている。食事がどうこう、というよりもアンリやスザンナを見ている感じではあるが。
スザンナが団員達の方へ一度視線を向けてから、改めてこちらを見た。
「寮の食堂で食べても似たような感じだから大丈夫。それに食事の時間は特に決まってないから、皆も食べたければ勝手に食べると思う」
「そうなのか。ならちょっと居心地が悪いけど食事にしよう。実はニアにお弁当を渡されてる。サバイバル料理も食べ慣れる必要はあるだろうが、久しぶりだろうからニアの料理も食べるといい」
お弁当を広げると、色々な具材が入ったサンドイッチだった。広げたとたんに争奪戦が始まる。
「おう、コラ。卵焼のサンドイッチは私のだと決まってるだろうが」
「この三年で理解した。ニア姉ちゃんの料理は最高。例えフェル姉ちゃんでもニア姉ちゃんの料理は譲れない。全部食べる」
「アンリに同意する。ここでそれを広げるのが悪い」
「いいだろう。魔族の力を見せてやる」
とはいっても、二人にとっては久々だろう。ちょっとくらい手加減してやるか。卵系は譲らないけどな。
食事が終わり、寛いでいるとアンリがこちらを見つめてきた。
「ところでフェル姉ちゃんはここへは何しに来たの? こっちのダンジョン調査? それなら一緒に連れてって欲しい」
「村長の依頼と言わなかったか? アンリとスザンナを連れ戻す依頼を村長から受けたんだ。理由は知らんが念話を届かないようにしてるだろ? だから直接来た。連れ戻す理由は村長に預かった手紙に書いてある。読んでくれ」
「おじいちゃんが? そうだった。念話のチャンネルを止めてたのを忘れてた」
「理由を聞いてもいいか?」
「最近、私に会いたいって人が多く来る。それにどこで知ったのか、私のチャンネルに直接念話を送ってくる人も居て、面倒だからチャンネルを閉じてた」
そんなことがあったのか。私も寮に来た時に疑われたのもそれが原因なのだろう。私の事をレイヤはアンリを狙う一味とか言ってたけど、命を狙われるような事があったのだろうか。ちょっと心配だな。
アンリが手紙を読み始めると、スザンナも横から手紙を覗いていた。
「大事な話があるって書かれているけど、フェル姉ちゃんは何の話か知ってる?」
「内容は知ってる。だが、それは私の口からは言えない。村長に直接聞いてくれ」
「そうなんだ。なら久しぶりに帰る。スザンナ姉ちゃんも来てほしいって書いてあるけど、大丈夫?」
「大丈夫。話の内容は想像できないけど、私にも聞いて欲しいって書いてあるから、一緒に帰るよ」
二人とも問題なく帰るようだ。良かった。簡単に終わりそうだな。
「なら、明日で平気か? 二人を転移門で送ってやる」
「うん、しばらくは訓練期間だから問題ない。一ヶ月ぐらい休暇を取る」
「私も平気。今日のうちに準備しておく。しばらく帰省することをクルに伝えておくから」
「分かった。それじゃ、明日の朝にでもまた来る。それまでに準備しておいてくれ」
話はまとまった。アンリの誕生日は大体二週間後だ。急いで帰ることはないが、久しぶりにソドゴラでゆっくりするのも悪くないと思う。
「それじゃ、そろそろお暇する。どこかの宿にチェックインしないといけないからな」
古城では寝泊まりしたくないし、ディーンのいる城に泊まるのもあり得ない。必然的にどこかの宿だ。まだ昼だから、どこでも部屋を取れるだろう。
二人は寮の門まで私を送ってくれるようだ。
結構暇なのかな。他の団員とは強さの次元が違うから色々免除されているとかなのだろうか。
まあ、そういったことは明日以降に聞けばいい。私もしばらくは休むつもりだし、話す時間は多く取れるだろう。
二人に案内されて、寮の門まで戻って来た。
なぜか受付の辺りが騒がしい。受付の女性が誰かと言い争っているようだ。
「だから! 私はフェルっていう魔族だって言ってるじゃん? アンリとは知り合いなんだから、呼んでくれない?」
フェルは私なんだけど。アイツはなんだ?
「ですから、それはあり得ないと言ってるじゃないですか! とっとと帰ってください!」
「なんであり得ないのよ! この赤い髪と、黒い角、そして執事服! どこからどう見てもフェルでしょ!」
受付の女性がため息をついてから、私を指した。
騒いでいる女が、その指の先にいる私を見る。数秒見つめ合った。
「うげ!」
「私の名前を騙るとはいい度胸だ。お前は一体――」
あれ? どこかで見た顔だな?
「あ、うん。ちょっとお腹痛いから帰る」
「お前、ジェイか? トランのアダマンタイトで死霊魔法を使える奴だったよな?」
髪の毛は赤くなってるし角も生えてる。それに執事服も着てるけど、顔立ちはジェイだ。
「いえ、違いますよ。そんなジェイなんていう美少女じゃありません。人違いですね。それじゃこれで――ぎゃー! 違う! 違うって! ワタシ、ムカンケイ!」
魔力を消費したくないが、転移してジェイを捕まえた。
私の名前を騙っておいて無関係が通る訳ない。さて、どうしてくれようか。
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