魔剣フェル・デレ
目の前にいるアンリが嬉しそうに剣で素振りをしている。
自身と同じくらいの大きさの剣。それを軽々しく振る姿はちょっと怖い。それに待ってほしい。それは刃が付いている剣だ。そんな物で攻撃されたら痛いのだが。
「アンリ、まさかとは思うが、その剣で攻撃してくる気か?」
「うん。まだまだ改良の余地はあるけど、ある程度使いこなせるようになった。その姿をフェル姉ちゃんに見せる。特等席で」
「できれば立見席がいいのだが。大体、下手に当たったら死ぬだろう? そんなのは嫌だぞ?」
「大丈夫。フェル姉ちゃんは死なない。だから全力で行く」
「お前、私を死なない的だとか思ってないだろうな?」
不老不死の事は言わない方がよかったかも。すっごい若作りだとか言った方がよかったかな。
何とかして戦わないように丸め込もうと考えていたら、目の前にいつの間にか水の階段ができていた。寮の窓から訓練場に降りられるようにできている。そこをスザンナが歩いて降りてきた。
「フェルちゃん、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな……アンリもそうだが、スザンナも大きくなったな。それに美人になった」
スザンナは少しだけ笑うと「そんなことない」と否定した。
スザンナはかなり背が高くなった。百七十くらいはあるだろうか。水色の髪が腰まで伸びている。相変わらず茶色っぽい革製の装備で身を固めているようだ。トレードマークのゴーグルは頭に乗せず、首にかけている。
そんなスザンナは素振りをしているアンリの方を見た。
「アンリ、フェルちゃんは忙しい。ワガママを言ってはいけない」
おお、スザンナが大人の対応をしている。もっと言ってやれ。
「スザンナ姉ちゃん、これはワガママじゃない。皆の仇討。皆も草葉の陰でそう願ってる」
「あの、アンリ様。誰も死んでませんけど」
アンリの言葉にレイヤがすかさずツッコミを入れた。あれはツッコミ慣れてる。アンリが言う事って本気か冗談か分からないところがあるからな。
「そっか。仇討ちなら仕方ない。それじゃ三本勝負じゃなくて一本勝負にしよう。仇討ちに二本目はないからね。アンリ、頑張って」
スザンナの言葉にアンリが力強く頷く。だが、その言葉に納得いかないのが、私とレイヤだ。
「スザンナ様? だから誰も死んでませんよ?」
「スザンナ。そこは止める流れだろ? なんで勝負になってる。大体、三本勝負だったのか?」
正直、こんな事をしている場合じゃない……いや、別にいいのか。どうせ明日まで転移門は使えない。ちょっとくらい相手をしてやるのも悪くないかも。どうせ戦うまでアンリは諦めない。なら最初からやってしまった方が早い。
一度ため息をついてからアンリを見た。
「仕方ないから一回だけ勝負してやる。勝っても負けても一回だけだぞ?」
「もちろん。敵は一撃で仕留める。二回目はオーバーキル」
「模擬戦だよな? 仕留めるなよ?」
練習場でアンリと対峙した。お互いの距離は五メートルくらいだ。まあ、アンリなら一瞬で距離を詰められるか。注意しよう。
スザンナが私とアンリの真ん中にやって来て右手をあげた。
「それじゃ私が審判をする。勝ち負けに関しては練習場の外にでるか、気絶すると負け。あと、致命的な攻撃を受けても負け。基本何してもいいけど、昔の事を暴露するとかいう精神攻撃は反則負けにする」
「そんなことするか」
「分かった。昔、フェル姉ちゃんが寝言で言ってた恥ずかしい言葉もバラさないから安心して」
「ちょっと待て。え? 私が寝言でなんと言ったんだ? ちょっと教えろ」
「ダメ。ルールに則ってそれは言えない」
気になる。これはすでに精神攻撃をされているのではないだろうか。本当なのか嘘なのか分からん。なんてセコイ手を使うんだ。
「皆! アンリ様を応援するわよ!」
私の殺気で倒れていた奴らも気絶から回復したようだ。そして事情を聞いてアンリの応援をしている。なんてアウェー。別に構わないけど、やりづらいな。
「始めるけど、二人とも大丈夫?」
「構わないぞ」
「こっちも構わない」
スザンナは一度頷いてから「始め」と言った。
直後に、ドン、と音が聞こえた。アンリが地面を蹴った音だろう。一瞬でアンリの剣が届く範囲に捕らえられてしまった。
アンリはほぼ自身と同じくらいの重さである魔剣を両手で振るう。なのにスピードが尋常じゃない。流石は勇者候補と言ったところか。
剣圧で風を切る音が聞こえる。当たれば痛いし、ふっ飛ばされるだろう。最小限の動きで躱しつつ、危険な攻撃は左手の小手で受けた。
周囲からは感嘆の声が上がっている。アンリの攻撃を称える声が大半だが、それを躱している私の方へも驚きの声が上がっているようだ。
アンリが攻撃を止めて、後ろに下がった。そして満面の笑みになる。
「さすがはフェル姉ちゃん。全然攻撃が当たらない」
「そうかもしれないが、以前よりも攻撃を左手で受けることが多くなったぞ? 確実に躱せる攻撃が減った。かなり剣の修行をしたようだな」
「うん。傭兵団の皆から教えてもらった。帝国流剣技」
帝国流剣技なんてものがあるのか。いままで村長がアンリに教えていたのはトラン国の剣技だと思うけど、強制的に直したのか?
「おじいちゃんから教わった剣技と帝国流剣技が合わさって、アンリ流剣技になった。もう誰にも負けない」
「アンリが開祖なのかよ。まあいい。その剣技を負かした最初の魔族になってやる。こっちからも行くぞ」
残念ながら転移は無しだ。姿勢を低くしてアンリへ近づく。
アンリは横薙ぎをして私を近づけないようにしたが、その横薙ぎを躱しつつアンリの懐へ飛び込む。ちょっと痛いが我慢しろよ。
屈みながら、左フックでアンリの腹部を狙った。
魔剣では受けられないと思ったんだが、柄の部分で受けられた。鈍い音が周囲に響き渡る。
アンリが体勢を崩したところへ左ジャブ。これも剣の腹部分で受けられた。
さらにもう一発と思ったところで、踏み込んだ左足に痛みが走った。
何だと思ってちらっと左足を見る。
アンリの右足で踏まれてた。まさかの踏みつけ。いつの間にこんな技を。さらにアンリは剣を盾のようにして、そのまま体当たりをしてきた。それを両手でガードしながら後方へ飛びのく。
以前のアンリは剣技しかなかったけど、体術も織り交ぜるようになったか……遊んでたわけじゃないんだな。ちゃんと成長している。なんだか嬉しくなってきた。
「アンリ、すごいじゃないか。以前よりも手ごわくなった」
「うん。この剣で超接近戦もできるように鍛えた。今の私には死角がない。パーフェクトアンリと言って欲しい」
「そうは言わないけど、なかなか強いな。驚いたぞ」
そう言うと、アンリはニヤリと笑った。
「これだけだと思われたら困る。フェル姉ちゃんには奥の手を見せる。魔剣フェル・デレの力に恐れおののくがいい」
奥の手? そんなものがあるのか? というか剣の名前を聞くだけでちょっとへこむのだが。これも精神攻撃か?
アンリが剣を両手で正面に構える。なんだ? 剣に魔力を通した?
「【一色解放】【赤】」
なんだ? アンリの魔剣が赤く染まって……? いや、違うな、もしかして剣が燃えてる?
「焼き尽くせ。【炎波】」
アンリはそう言いながら剣を横薙ぎした。巨大な炎の波が襲って来る。おいおい。
「【造水】」
目の前の炎を水で消した。魔力を消費するのは嫌だが、燃えるのはもっと嫌だ。
「あのな、アンリ。模擬戦と言うことを忘れてないか? 防げなかったら燃えるじゃないか」
「フェル姉ちゃんがこの程度でやられる訳がないって信じてた」
「そういう信頼はされても困るんだけど」
それにしてもあれは何なのだろう? あの剣のギミックなのか? ドワーフのおっさんと相談しながら作った剣ではあるんだけど、あんなことができるなんて驚きだ。
それに周囲にいた団員達も驚いている。一気に盛り上がった。どうやら初めて披露したようだな。
「フェル姉ちゃん。これで驚くのはまだ早い」
「まだなにかあるのか?」
「魔剣フェル・デレの力はこんなものじゃない。もっとすごいのを見せる」
名前はアレだが、ちょっと楽しみではある。何をする気だろう?
アンリは改めて剣を構えた。そしてまた剣に魔力を流す。
「【二色解放】【赤】【緑】」
「アンリ、それはダメ」
なんだ? スザンナがアンリを止めようとしている。
だが、スザンナが止める前に、アンリの剣が上下に赤と緑、半々の色になる。
そう思った瞬間、アンリが剣を持ったまま後方に吹っ飛んだ。なんだ?
「【水壁】」
スザンナが魔法を使ってアンリの吹っ飛んだ方向へ水の壁を作った。かなり大きい水の塊だ。そこへアンリが飛び込む。おそらくだが水で吹っ飛んだ勢いを殺したのだろう。あのままだったら、アンリが何かにぶつかって怪我をしたかもしれない。いい判断だと思う。
そんないい判断をしたスザンナが近寄って来て私の右手をあげた。
「フェルちゃんの勝ち」
「なにがなんだか分からないのだが?」
「アンリは場外に飛び出た。だからフェルちゃんの勝ち」
「えっと、アンリは何で吹っ飛んだんだ?」
あれがよく分からない。いきなり吹っ飛んだのはどういう事だろう。
「アンリの魔剣に火と風の属性が付与された。でも、アンリの体重が軽くて、魔剣から出力された風に踏ん張れなかった」
そういうことか。私に向けて風を出そうとしたけど、逆にアンリがふっ飛ばされたんだな。
「えっと、アンリは大丈夫なのか?」
「大丈夫。いつもの事だから。未完成だったけど、フェルちゃんの前だから良い所を見せたかったんだと思う」
「結果的に格好悪いところを見せてるけどな」
最後はちょっとアレだが、とりあえず模擬戦は終わった。アンリも無事のようだし問題はないだろう。
さて、次は私の方の用件を終わらせるか。これ以上、面倒な事が起きる前にな。
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